●友達とトラブル・ショッピング 【IF】 リワールド・フロンティア 2巻 TOブックスオンラインストア 特典SS アナザーver |
ヘラクレスとの戦いで負った傷が癒え、カレルさんから『蒼き紅炎の騎士団(ノーブル・プロミネンス・ナイツ)』への入団の話を【なかったこと】にされた僕は、この日、ハヌと一緒に中央区西の露店街へと足を運んでいた。 「おお……相変わらずの人出じゃのう」 「だねぇ……あ、はぐれないように手つなごっか、ハヌ」 「うむ。そうじゃの」 そう狭くもないはずの大通りを、けれど向こう側の景色が見通せないほどの人混みが埋め尽くしている。人いきれでむせてしまいそうなほどだ。 「して、ラト。今日は何を買うのじゃ?」 「えっとね……」 僕を見上げて聞いてくるハヌは、いつもの外套姿ではなく、先日購入した変装用の服を着ている。ただ今日はバレッタを使わず、綺麗な銀髪をストレートに下ろしていた。 別に、今となっては変装する必要なんてもうないと思うのだけど、いつぞやのスカウトの嵐は、僕にとってもハヌにとっても小さくないトラウマとなっている。故に、念には念を入れてハヌが〝小竜姫〟だとわからないようにしたのだ。 伊達眼鏡をかけたハヌの質問に、僕は空を見上げ、今日の買い物で必要なものを指折り数える。 「そうだね、まずは……攻撃術式(アタックアプリ)かな? 初級のならそんなに高くないし、扱いも簡単だから、練習にはもってこいだと思う。あと、何かいい遠隔武器でもあればいいんだけど……」 ちなみに、僕もいつもの格好ではない。愛用の戦闘ジャケットを脱いで、今はハヌと同じブランドの服を着用している。ついさっき、デパートに寄って購入してきたのだ。 青のロングパーカー、焦げ茶の長袖カットソー、白のスリムパンツ。選んでくれた店員さん曰く――基本のインナーはハヌと色合いを合わせて、でも赤い眼鏡のかわりに、青いアウターで違いを出しましょう――とか何とか言っていた気がする。正直よくわからなかったのだけど、 『ああいいですねぇ、お似合いですよ。ペアルック度高い感じで! とっても仲良しに見えます!』 という店員さんの褒め言葉に、何故かハヌがえらくご満悦になった。〝仲良しに見える〟のあたりが気に入ったらしい。 また念には念を入れて、僕も黒縁の伊達眼鏡――色はハヌが選んでくれた――をかけることにした。すると、 『ラトっ、ラトっ、これでますますペアルック度が高まったのう!』 とハヌが嬉しそうに笑っていたので、我ながらよい買い物をしたものだと自負している。 「――ふむ。まず術式(アプリ)じゃな。では行くぞ、ラト。店の場所は知っておるな?」 「あ、うん。何度か足を運んだことがあるから。こっちだよ」 僕はハヌの手を引いて、人混みの中を縫うように歩き出した。ゆっくりと、慎重に。ハヌが誰かとぶつかったりしないよう気を付けながら。 「大丈夫、ハヌ? 疲れたら言ってね?」 「うむ。苦しゅうないぞ」 四方八方に気を配って緊張している僕とは正反対に、ハヌの返事は実にのんびりとしたものである。まぁ、いつものことだけど。 さて、術式を購入すると言っても、選択肢はたくさんある。なにせ術式の種類は千差万別。色んなメーカーが作っているから、似たような効果で違う名前のものがたくさんあったりするのだ。 「そういえば、ハヌはどんな術式がいい? 何か希望はあったりする?」 「ほ? 希望とな?」 「例えば……術式名は短い方がいいとか。属性は火炎系がいいとか、冷凍系がいいとか。種類も色々とあるし」 「ほほう。ならば、妾はあれじゃな。風じゃ」 「風?」 「さよう。これでも風を司っておったからのう、妾は」 なるほど、そういうフィーリングはありかもしれない。 詰まる所、攻撃術式というのは物質に依らないもう一つの〝武器〟である。であれば、当人が使いやすい形を選ぶのが一番であろうこと、想像に難くない。 ハヌの場合、〈天龍現臨・塵界招〉も風の術式なのだし、やはりそちら系の術式が扱いやすいだろう。 「それじゃ、気流操作系に絞って探してみよっか?」 「うむ。それがよかろう」 ハヌと相談しつつ歩みを進めていくと、やがて目指していたお店に辿り着いた。 術式(アプリ)ストア『林檎農園』。ここいらでは最大手の術式専門店である。 「おお……これは……!」 店内に足を踏み入れると、そこはめくるめくARディスプレイの海。色取り取りの立体オブジェクトが宙に浮かび、目に見えない什器に陳列されていた。 「なんと面妖な……!」 ハヌの口から驚きの吐息が漏れる。 術式はいわばデータの塊だ。武器や防具のように手に取って眺めることなど出来ない。故に、こうして架空のオブジェクトを並べて商品を展示しているのだ。 「ええと、攻撃術式は……あ、あっちの方だよ、ハヌ」 「う、うむ――のぉををっ!? ラ、ラト!? ぶ、ぶつかるぞ!? ぶつかってしまうぞ!?」 「え?」 目的の棚へ移動しようとしたところ、何故かハヌが急激な抵抗を始めた。僕の腕をぎゅーっと引っ張って、それ以上は行かせまいと足を突っ張らせる。 「えっと……どうしたの、ハヌ?」 わけがわからなくて首を傾げて聞くと、ハヌは一生懸命な感じで訴えてきた。 「ど、どうしたもこうしたもなかろう! 妾はラトが危ないと思うて――!」 「え? あ、コレのこと?」 ハヌの必死な表情から察して、僕は近くにあるARディスプレイに軽く手を突っ込んでみた。無論、拡張現実(オーグメント・リアリティ)でしかないそれは、実際には存在しないものだから、僕の腕はすんなりと素通りしてしまう。 「ほっ?」 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、変な声をこぼすハヌ。どうやらARディスプレイを本物だと思っていたらしい。 「大丈夫だよ、これは幻覚みたいなものだから。このお店は、棚をすり抜けて好きな場所に行けるんだよ」 「……お、おお……そ、そうであったか……い、いや、知っておったぞ? 妾とてその程度のことは知っておったぞ? 今のはあれじゃ、ラトを試したのじゃ。ラトこそよく知っておったの。やるではないか」 呆けたように頷いた後、ハヌは急に取り澄まして、すぐに嘘だとばれるようなことを言った。内心かなり恥ずかしかったのだろう。 「そ、そうなんだ……」 気持ちがわかるだけに僕も深くは追及しない。すると、顔や首辺りをほんのり紅潮させたハヌが、今度は逆方向に僕の手を引っ張った。 「ほ、ほれ、あちらへ行くのじゃろう? ついて参れ、妾が案内(あない)してやる」 「う、うん」 照れ隠しに歩き出したハヌについて行こうとした瞬間だった。 「あっ――!? ハヌ待っ」 「ん?」 慌てて僕が止める暇もあればこそ。 ごいん、と鈍い音が店内に響き渡った。 太めの柱とハヌのおでこが【ごっつんこ】したのだ。 「ぴぎゃ……」 激突の衝撃に、ハヌの口から怪獣の子供みたいな声が漏れ出た。ぐらっ、と後ろへ倒れる。 「ハ、ハヌッ!? 大丈夫!?」 僕は反射的にその背中を抱き止めた。衝突の威力に一瞬だけ意識を飛ばしていたハヌは、けれどすぐに我を取り戻し、ばっ、と赤くなった額を両手で押さえる。 「――……う、うう~っ……! い、痛いのじゃぁ……!」 ぶわっ、と蒼と金のヘテロクロミアに涙が滲んだ。ちっちゃな桜色の唇が、鈍痛にぶるぶると震える。だけど幸い、ぶつけたのは額だけだったらしく、顔にかけていた伊達眼鏡の方は無事だった。 「な、何故じゃ……? ここにあるのはみな幻ではなかったのか……?」 ぐすんぐすん、と鼻を鳴らしながら問うハヌに、僕は彼女の頭を優しく撫でながら、回復術式〈ヒール〉を発動させる。 「いや、確かに棚のほとんどはARなんだけど、建物の柱とかは流石に本物だから……」 ARかそうでないかはよく見れば見分けがつくのだけど、慣れてないハヌには難しかったようだ。ハヌは涙目で『うー』と唸りながら、恨みがましい目線を柱に送る。 「ご、ごめんね、僕の説明が足りなかったから……」 「……いや、今のは妾の不注意じゃ。ラトのせいではない……」 〈ヒール〉のおかげで痛みが引いたのか、ハヌはしょんぼりとした雰囲気を漂わせながら体勢を立て直す。 「…………」 そして無言のまま、僕の手をとり、くいくい、と軽く引っ張った。その行動から『やはりラトが案内してたもれ』という声ならぬ声を受け取った僕は、やっぱり何も言わず――というか、何も言えず――ハヌを目的の棚へ連れて行くのだった。 「えーと……どれがいいのかなぁ……?」 「――のう、ラト? これは、どこをどう見れば各々の違いがわかるのじゃ?」 いわゆる風系攻撃術式を見比べていると、ハヌがもっともと言えばもっともな質問を出した。そうだ、ハヌは初心者なのだから、そのあたりから説明しないと。 「あ、えと……じゃあ、習うより慣れろ、かな? ハヌ、適当に好きなのをタップしてみてくれる?」 「タップ? こ、こうか?」 少々気後れしつつも、ハヌが慣れない手付きで目の前にあるARオブジェクトに触れた。すると、 『〈ウィンドブレード〉』 機械的な合成音声が流れたかと思うと、ハヌのタップしたあたりに風が集まり、次の瞬間、凄まじい勢いで凝縮した。圧縮された固体空気が、一瞬で三日月型の刃と化す。 「ほ?」 何が起こったのか理解できないハヌの口から間抜けな声がこぼれた刹那、三日月型の刃が勢いよく射出された。 「にょわっ!?」 ハヌが驚いて身を仰け反らせる。 高速で発射された風の刃は店内にいた人々の肉体を切り裂き、色とりどりの血を辺り一面に散りばめさせ――たりなどは当然しない。 無論、今のもAR映像である。 「こんな風にね、どんな術式かわかるようにデモンストレーション映像が再生されるんだ。基本、触った人にしか見えないから、他の人の目は気にしなくていいし、わかりやすくて便利なんだよ」 ちなみに僕にもAR映像が見えていたのは、僕とハヌの〝SEAL〟がスイッチで繋がっているからである。 「……ラト、ちこうよれ」 しばし上半身を仰け反らせて固まっていたハヌが、やおら僕に向かってチョイチョイと手招きをした。 「? どうしたの?」 と腰を屈めて顔を近付けると、実に自然な手付きでハヌの両手が僕のほっぺたを挟み込んだ。あれ? これってもしかして―― 「……そ・れ・を・さ・き・に・言・う・の・じゃぁぁぁぁ……!」 むにぃぃぃ、と怒れるハヌが僕の頬を力一杯つね上げる。 「ひはいひはいほへんなはいほへんなはいぃぃぃぃぃ!」 ちょっとハヌを驚かせてあげよう、という気持ちがまったくなかったとは言えば嘘になるだけに、無抵抗で頬を引っ張られるしかない僕なのであった。 ■ 「ほほう? これは……武器、なのか?」 僕にここまで連れてこられたハヌは、異色と言えば異色の品揃えに、怪訝そうに眉根を寄せて首を傾げる。 さもありなん。僕とてそうと知らなければ、この光景がまさか武器屋のものとは思うまい。 場所は変わって、露店街最大の武器防具販売店『テンモクイッコ』。 最終的に『林檎農園』で攻撃術式〈エアリッパー〉を購入した僕達は、続けてハヌの武器を探しにここまでやって来たのだ。 今、僕達の前に陳列している武器のカテゴリは『スレイブ・サーヴァント・ウェポン』――いわゆる遠隔操作武器である。 使用者と武器の間にリンクを形成することで、手に触れずとも操作でき、場合によっては自動で敵を攻撃させることも出来るサポート型武具。それがSSW(スレイブ・サーヴァント・ウェポン)だ。 小柄で幼いハヌに普通の武器は合わない。だけどこれなら体力や筋力は関係ないし、それどころか、ハヌの長所である術力の強さを存分に生かせる。まさしく一石二鳥の装備だった。 「珍妙なものばかり並んでおるのう……」 SSWはその特性上、形状が多岐にわたる。ベーシックなもので言えば、野球ボールにも似た球形のオーブ型。野獣の牙よろしくのファング型。漏斗状のファンネル型などなど。際物となると、柄が極端に短いナイフ型とか、タロットカード型とか、最たるものには熊のぬいぐるみ型なんてのもある。 さらに、複数あるそれらを操作するリモートコントローラーがあるのだが、これがまた多種多様だ。杖状のもの、手甲型のもの、パイプ、万年筆、キーホルダー、エトセトラエトセトラ――枚挙にいとまがない。 しかも、杖状のもの一つとっても種々様々で、木の枝っぽいものや、アニメキャラ持っていそうなステッキ、鈴が沢山ついたものなどがあったりする。 それらがズラリと並べられている光景というのは、やはりどう贔屓目に見ても雑貨屋の一角としか思えず、ハヌが『これは本当に武器なのか?』と疑問を呈するのも無理からぬことであった。 「あ、あはは……やっぱりそう思うよねぇ……」 ハヌの感想が至極まっとうなだけに、僕も肯定するしかない。 「ふむ。じゃがこれを使えば、妾も化生共と戦えるというわけじゃな?」 「うん、基本的に必要なのは術力だけだから、体力も筋力もいらないし、自動防御機能がついているやつなら特にハヌにピッタリだと思う。これさえあれば、僕がいない状況でも詠唱に集中することができるよ」 「なるほどのう。しかし……」 僕の解説に頷いてはみたものの、ハヌの反応は芳しくない。むすっとした顔でSSWの売り場を見つめている。 「? どうしたの、ハヌ?」 「気に喰わぬ」 「えっ?」 「どれも色形が気に喰わぬ。もっと優雅なものはないのか?」 どうやら店頭にあるものでは、デザインが気に入らないらしい。そういえばハヌは極東の出身だ。やはりそっち系のものが欲しいのだろうか。 「あ、ああ……じゃあ、色々と見て回ってみる? 広い売り場だし、もしかしたらハヌの気に入るものがどこかにあるかも」 「うむ。では、妾はあちらから見るからの、ラトは向こうから探してたもれ」 僕とハヌはいったん互いの手を離し、手分けして彼女の好きそうなデザインを探すことにした。ハヌは右側から、僕は左側から。売り場を挟み撃ちにして総当たりする形である。 「えーと……」 ――ハヌの好きそうなデザイン……普段着ている着物みたいな柄とか? 色もフォトン・ブラッドに似た紫やピンクが好きみたいだから、そっち系かな……? などと考えながら棚を眺めていた時だった。 「――ラト! ラト、こっちへ来るのじゃ!」 「え、ハヌ? どこ?」 僕を呼ぶ声に、頭を振って視線を巡らせる。ハヌはちっちゃいので、すぐ棚の陰に隠れてしまうのだ。 「こっちじゃ、こっち!」 またハヌが大きな声を出した。僕は声の聞こえてきた方角にあたりをつけ、棚の間を縫うように移動する。 果たして、ハヌは壁際のショーケース前にしゃがみこんでいた。 「どうしたの、ハヌ?」 「ラト、これじゃ! 妾はこれがよい!」 一生懸命こちらを手招きしながら、ハヌがショーケースの中を指差す。どれどれ、と覗いてみると、 「――扇子?」 「うむっ! これはなかなかの逸品と見た! 買うのならばこいつじゃ!」 見たところ、いわゆる『鉄扇』に類するものだろう。小さいながらも金属製の黒い扇が、開かれた状態でショーケース内に飾られている。周囲に転がっているのは、僕の握り拳と同じぐらいの大きさの水晶球。十二個あるそれらの中央部には、それぞれ不思議な紋様の刻まれた護符が内包されている。 「えっと……〝正対化霊天真坤元霊符(せいたいかれいてんしんこんげんれいふ)〟……?」 見た目も名前も、いかにも極東っぽい雰囲気が漂っている。ハヌが気に入る道理だ。 「え、もうこれに決めちゃっていいの? まだ他にも……」 「いや、構わぬ。妾はこれが気に入った。ちょうど扇子が欲しいと思っておったところじゃ。渡りに船とはこのことよ」 ショーケースに両手を当てて正対化なんちゃら霊符を見つめるハヌの両眼は、星屑のようにキラキラと輝いている。どうやら一目惚れのようだ。 だけど、どことなく嫌な予感がして、僕はこっそり値段を確認してみた。 「――ッ!?」 思わず息を呑む。目玉が飛び出すかと思った。 めちゃくちゃ高価い。 綺麗なショーケースに飾られているからもしやと思ったのだけれど、案の定である。文字通り、桁違いの値段だった。 「ハ、ハヌ……?」 思わず声が震えた。 「え、えと、その……い、いや、買えなくもないとは思うんだけど、これはちょっと高すぎると言うか……うん、高すぎると思うんだけど、僕……」 引き攣った笑みを浮かべる僕に、ハヌはちょっと不機嫌そうに首を傾げる。 「? 買えるのか、買えんのか、どっちなのじゃ?」 「い、いや……一応、買える……と、思う……うん、ギリギリ……多分、買えると、思う……」 頭の中で計算するのは、海竜のコンポーネントを換金した際の報酬だ。あれは二人で山分けにしたけど、ハヌの取り分からおおよその生活費を引いた額を考えると、多分―― 「……駄目、なのか……?」 どうしたものかと悩んでいたら、やけに切ない声が足元から聞こえてきた。驚いて目を向けると、そこには悲しげな顔をしたハヌ。 「えぅっ……!」 ずるい。そんな表情は卑怯だ。いかにも物悲しそうな視線を向けられたら、どうにかしてあげたくなってしまうではないか。 「う、うーん……」 スペックを確認したところ、幸いというか何というか、お値段相当の性能は有しているらしい。となれば、ハヌの術力ならきっと十全以上に使いこなせるだろうし、先行投資と考えれば決して高くはない……のかも? いや、うん、そうだ。きっとそうに違いない。そういうことにしよう――! 思案の果てに、僕はハヌに笑顔を向ける。 「……うん、大丈夫だよ、ハヌ。折角だから、これ買おっか。ちょっと高いけど、いいものみたいだし」 「まことかっ!?」 ぱぁっ、とハヌが表情を明るくした。 「――よし、そこな店員! ちとこちらへ来るのじゃ!」 ハヌが早速、近くを通りかかった店員さんを呼びつけた。その場で精算を済ませ、ショーケースから正対化霊天――ええと、長いからもう『正天霊符』と略そう――を取り出してもらう。 「うむうむ。少々重いが、その分頑丈そうじゃ。これなら長く愛用できそうじゃの」 嬉しそうに扇子型リモコンを開いたり閉じたりするハヌ。まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供みたいだ。 「気に入るものがあってよかったね、ハヌ」 「うむ!」 満面の笑みで頷くハヌに、僕も購入を決断してよかったと再確認する。 「ラト、次はどうするのじゃ?」 「そうだね、攻撃術式も武器も買えたし、時間も時間だから、どこかでお昼にする?」 そう提案すると、ハヌが神速の反応を見せた。 「! ラト、妾は甘いものを所望するぞ!」 「あはは、ハヌはいつもそれだね」 猫だったら耳と尻尾をピーンと立てていただろうか。食事前のいつものやりとりをしつつ、お店を出ようとした――その時だった。 「あの、もしかして〝勇者ベオウルフ〟ですか?」 いきなり横合いからかけられた声に、ビクンッ、と両肩が跳ねた。 「――えっ……!?」 思わず裏返った声をこぼしながら振り返ると、そこにはエクスプローラーと思しき若い男性が一人。 「あ、よかったー、もしかしたらって思ったんですよ。映像で見たのと背格好が似ていたので。あ、ということは、こちらが〝小竜姫〟ですか? いやー、会えて光栄ですー!」 ――バ、バレてるーっ!? せっかく変装したのに、なんで!? 「あ、え、えっと……そのっ……!?」 僕はどうにか誤魔化そうとして、あたふたとする。だけど焦りすぎて上手く言葉が出てこない。 すると、 「……おにいちゃん? このひと、だぁれ? おともだち?」 「へっ……!?」 ちょっと信じられないことが起こった。ハヌが――【あの】ハヌが、舌っ足らずの声で、らしくもない台詞を言い放ったのである。この時の気持ちをわかってもらえるだろうか。 落雷の直撃でも受けたかのような衝撃を覚えつつ、しかし僕の思考回路は全力で稼働した。ハヌの謎の言動に意味がないはずがない。これは即ち――! 「……ううん、知らない人だよ。ちょっと誤解があるみたいだねー」 にっこり、と微笑み、僕も全力で【演技】を始めた。声が震えなかったのは我ながら上出来だと思う。満面に笑みを浮かべたまま若い男性に向き合って、軽く会釈。 「すみません、人違いでは?」 「えっ? でも……」 なおも疑惑の目を向けてくる男性。チラ、と目線が動いたのは、〝SEAL〟で再生しているAR映像と僕達とを見比べているからか。そこへ、 「ねーねーおにいちゃん、あたしおなかすいたー! クレープたべたいー!」 「はははしょうがないなぁ、じゃあ食べにいこっか? すみません、そういうことですので――失礼しますっ!」 「ますっ!」 「あっ、ちょ――!?」 ハヌの助け舟に乗って半ば強引に話を切り上げると、僕らは足早に逃亡した。そそくさと店を出て、歩兵の行進みたいな歩き方ですぐ近くの小道へ滑り込み、無言のままある程度を進むと、ピタリ、と足を止め―― 一拍。 「――ハヌなに今のなに今のぉぉぉ!? 〝おにいちゃん〟!? 〝あたし〟!? っていうかあのものすごく可愛い声、何!?」 「だ、黙れ黙れ黙れぇ――――――――っ!? 可愛いとか言うでないわっ! 妾とて恥ずかしかったのじゃ! 必死だったのじゃ! 思い出させるでないっ!」 僕も真っ赤でハヌも真っ赤だった。僕達はしゃがみ込み、至近距離で向かい合って、先程の即興劇について小声で喚き合う。 「し、仕方なかったのじゃ……! ああでもせねば妾達の正体がバレておった……それに妾とラトの身長差であれば、兄妹のふりをした方が説得力があろう?」 「そ、それはそうなんだけどっ! なんだけどっ……!」 あまりの破壊力だっただけに僕の興奮は収まらない。『おにいちゃん』である。ハヌの口から『おにいちゃん』である。何だろう、僕の中で今、新たな扉が開きかけている気がする……! うおっほん! とハヌが大袈裟に咳払いをして場を仕切り直した。ぴとり、と僕の頬に小さな両手を添え、恥ずかしそうに、 「聞け、ラト。今日はせっかくの買い物じゃ。妾は前のように、見知らぬ奴に邪魔されとうない。故にじゃ。今後、先程と同じようなことがあった時は、妾とおぬしは兄妹という体で誤魔化すのじゃ。よいな?」 「わ、わかったっ……!」 真剣な金銀妖瞳(ヘテロクロミア)に、僕は真面目に頷く。 「さよう、なにせ妾とラトは唯一無二の大親友じゃからの。仲の良い兄妹ということにでもせねば説明がつかぬ。ただしその際、妾は先と同じ演技をするからの。ラトも上手く合わせるのじゃ」 「う、うん、頑張るっ……!」 というわけで、以降、通りすがりの人に正体が露見しそうになった場合のみ、僕達の〝兄妹モード〟が発動することとなった。 そして不思議なことに、その発生率は時が経つほど上昇していったのである。 「あ、すみません、人違いです……」 「ねーねーおにいちゃん、あっちのハンバーガーたべたいー」 「ごめんなさい、人違いですよ」 「あ、おにいちゃん! あそこにフランクフルトがー!」 「申し訳ないですけど、人違いですねー?」 「おにいちゃんアレなに? たこやきっておいしい?」 「あはは、すみません人違いですからー」 「ケバブ? あれは肉か? おにいちゃん?」 「だから人違いですってー!」 「おお、あっちに焼き鳥があるのじゃ!」 「あっはっはっ、人違いですよー!」 「ゆくぞおにいちゃん! あの焼きそばは実に良い匂いがするのじゃ!」 来るわ来るわ、わらわらと来るわ。サインやら握手やらスカウトやらが目的の人々がわんさかわんさか。その度に僕らは兄妹モードで誤魔化しては逃げるのだけど、気のせいか機に乗じて食べたいものばっかりねだってない、ハヌ? というか、最後の方はほとんど地が出ているし……まぁ、素直に買ってあげる僕も僕なのだけど。 とにもかくにも、露店街を抜けるまでに軽く二桁の回数は兄妹モードに入り、もはやハヌの「おにいちゃん」も聞き飽きてしまうほどだった。 「つ、疲れたのじゃ……」 「僕も……笑顔をキープするのがこんなに大変だなんて……」 ようやく人混みを抜け出した僕達は、すっかりグロッキーになっていた。なんだかんだの買い食いで昼食を済ませていたのだけど、たまたま見つけたファミレスへ逃げるように飛び込み、休憩と相成ったのである。 「というか、ハヌの演技、途中までは回を重ねる毎に真に迫ってきてたよね……」 「何を言う、ラトこそ、取り澄ますのがえらく板についておったではないか。思いがけずよい精神鍛練になったのではないか?」 二人して、だらーん、とテーブルに顎を乗っけていた僕達はそう言い合うと、一拍置いてから、 「――ぷっ……くふっ、くはっはっはっ!」 「あは、あはは、はははははっ!」 何がおかしいのか自分達でもよくわからないのだけど、何故かお互いに大笑いしてしまった。 「――それにしても、おかしな話じゃのう。妾達はこうして変装をしておるというのに、行く先々で見破られてしまうのは何故じゃ?」 ひとしきり笑った後、ふと冷静になったハヌがそんな疑問を呈した。これには僕も首を捻るしかない。 「うーん、僕もそれが気になってたんだよねぇ……そういえば、最初に声をかけてきた人は、背格好がどうとか言っていたけど……」 ちゅー、とストローでメロンソーダを飲んだハヌが、然り、と頷く。 「確かに背格好だけならば、妾とラトは高低差があろう。しかし、それだけでここまで気付かれるものなのか?」 その問いに、僕もブラックコーヒーを一口啜ってから答えた。 「そうなんだよねぇ……実際、兄妹ってことで誤魔化せているし、街中には他にも親子連れとかもいたわけだし。ピンポイントで僕達だと判別する何かが――」 「ねーねー、おにいちゃん?」 僕の言葉を遮るように幼い声が聞こえてきたので、僕は不意を突かれて笑ってしまった。 「ぶふっ……! ちょっとハヌ、こんな絶妙なタイミングでボケないで……って、あれ?」 軽くツッコミを入れようとしたところ、違和感に気付いた。 方角が違う。 ハヌの声なら真っ正面から来るはずだ。なのに、さっきの呼び声は右手側から聞こえた。 「……え、だ、誰……?」 果たして、そこにはハヌよりも小さな子供が立っていた。四歳か、五歳ぐらいだろうか。上手く判別できないけど、多分、男の子だ。僕は思わずハヌとその子の顔を見比べてしまう。 「……何用じゃ、おぬし」 ハヌが至極冷静に、男の子に質問した。この子の前では演技をしても無駄だと判断したのだろう。素の話し方である。 「おにいちゃんと、ほねえちゃんは、きょうだいなの?」 演技している時のハヌより舌っ足らずの声で、男の子は質問した。滑舌が悪くて『おねえちゃん』がどうしても『【ほ】ねえちゃん』と聞こえてしまう。 これに対し、ハヌには思うところがあったらしく、彼女は演技もなく胸を張り出した。 「何を言う、小童(こわっぱ)。妾とラトは唯一無二の大親友じゃぞ。兄妹などという甘いくくりと一緒にするでない」 えっへん、と自慢げにドヤ顔を見せるハヌ。端から見れば、幼女が幼児に威張っているという構図である。 「…………」 男の子は無言のまま、誇らしげなハヌの顔を見上げる。すると、つう、とその鼻の穴から透明な汁が垂れてきた。 「……バイバイ」 何の前振りもなく、男の子が僕とハヌに手を振った。質問の答えに対するリアクションもなしである。 「??? ば、バイバイ?」 小さな子供の思考などわかるはずもなく、とりあえずこちらも手を振り返してみる。男のは、こくん、と頷くと、そのままどこかへと走り去ってしまった。 「……? 何だったのじゃ?」 「さ、さぁ……?」 何とはなしに男の子の背中を目で追いかけていると、不意に何かが引っかかった。 ――あれ? どうしてあの子、いきなり【僕とハヌが兄妹なのか】って質問してきたんだろ? あれぐらいの子供が、もし僕達に興味を持つとしたら「おにいちゃん、おねえちゃん、だれ?」とか「おなまえは?」とか、そういうのになるんじゃないか? なんでいきなり「きょうだいなの?」だったんだ? 「――――」 ぞくっ、と背筋に悪寒が走った瞬間だった。 自分のテーブルに戻ったと思しき男の子が、そこに座る大人達に、 「ねーねー、あそこのひとたち、きょうだいじゃない、って」 なんと、こちらを指差して報告したではないか。 「「――!?」」 僕とハヌの驚きは等しかった。二人同時に息を呑み、顔を見合わせる。 何と言うことだろう。あの幼い男の子は、あろうことか【スパイ】だったのだ――! 「そうかい、ありがとねー、僕」 報告を受けたテーブルの人が男の子の頭を撫で、お菓子らしきものを手渡す。男の子がトテトテと去って行くのと同時、その周囲にいた人達が一斉に立ち上がった。 「な……!?」「んじゃと……!?」 僕とハヌは、思わずドラマの主人公みたいな呻きを漏らしてしまった。 一人や二人などではなかった。男の子が去って行ったテーブルと、さらにその周辺の席の全員が、ほぼ同時に動いたのだ。 いや、それだけではない。彼らの動向に気付いたせいか、まったく違う方角に座っていた人達まで、釣られたように席を立つ。 「え、ちょっ、そんな――!?」 「――ほ、ほとんどの者が妾ら目当てじゃったと申すか!?」 キョロキョロと店内を見回して、僕もハヌも驚愕の声を上げてしまう。およそファミレス内の七割ぐらいの人達が、お客に扮したエクスプローラーだったのだ。みんなして、獲物を見定めた野獣のような目をしている。 信じられない。僕とハヌが来店し、ドリンクバーを注文して人心地つくまで、十分とかかっていない。まさか、待ち伏せされていたとでもいうのか? 有り得ない。僕達の動向が監視されてでもいない限り、そんなはずはない。それに、人相は割れているにしても、僕ら二人はこうして服を替え、伊達眼鏡をかけているのだ。今日のこの格好が写真付きで漏洩でもしていない限り、僕らを特定して監視するだなんて―― 「まずいぞラト! このままでは囲まれてしまうのじゃ!」 「――ッ!? 手を出してハヌッ!」 ハヌの鋭い声に思考を中断され、僕は向かいに座っている彼女へと手を伸ばした。考えるのは後だ、今はとにかくこの状況を打破しないと――! 「やはり〝勇者ベオウルフ〟と〝小竜姫〟ですね!」「すみませんお話だけでも!」「実は我々は新興のパーティーなんだが――!」「ぜひヘラクレスとの戦いについてインタビューを!」「握手してください!」「サインください!」「踏んでください!」「罵ってください!」「あの、私と愛人契約を――」 殺到してくる人々が、口々に色んなことを口走る。もう何を言っているのかさっぱり聞き取れないが、気にせず聞き流す。 僕とハヌの手が触れ合った。刹那、僕は支援術式〈ストレングス〉、〈ラピッド〉、〈プロテクション〉を五個ずつ発動。フルエンハンス、強化係数を三十二倍に。また、続けて〈シリーウォーク〉を発動させ、空中を走れる状態へと移行する。 「僕にしっかり掴まっていてハヌ!」 言いながらハヌにも〈プロテクション〉×10をかけて、彼女の小柄な体を胸に抱き締める。次の瞬間、僕は大気を踏んで大きく跳躍。宙返りをする要領でファミレスの天井に【着地】すると、そのまま逆さまの状態で駆け出した。 なにせ三十二倍の速度である。忽然と姿を消した僕達に、騒然とする人々。けれど構うことなく、僕は稲妻のようにジグザクの立体機動を行い、店内を飛び跳ねて出口を目指した。さっき注文したドリンクバーの代金なら前払いしてある。無銭飲食にはならない。 他のお客さんと激突しないようコースを見定め、出入り口のドアの前に降り立つ。勢いをつけすぎて壊さないよう手加減しながらドアを押し開き、充分な隙間が出来た瞬間、疾風のごとく抜け出した。 外へ出て、そのまま不可視の階段を駆け上り、空へ。周辺のどの建物よりも高い場所へ一気に上昇する。 「――っはぁ~っ……びっくりしたぁ……」 少し冷たい風が吹く高空。誰の手も届かないところまで来て、ようやく僕は安堵の息を吐いた。 「まったく、油断も隙もないのう……」 僕の腕の中でお姫様抱っこになっているハヌが、同じく深い溜息と共に述懐する。 「しかし、やはりおかしいの。今のは、妾達の正体が完全に露見しておった。あの小童はただの確認……間違いなく、妾とラトのことを知った上での尖兵じゃ」 考え込むハヌが、何気なく右手で伊達眼鏡の位置を直した瞬間、ピン、と何かが閃いた。 「……ごめん、ハヌ。ちょっと待ってくれる? 僕、ちょっと心当たりを思い出したから、調べてみるね」 「ほ? 心当たりとな?」 「うん……検索キーワード〝ベオウルフ〟〝服〟」 僕は〝SEAL〟をネットに繋ぎ、検索ワードを入力した。 ほんの一瞬で、ズラリ、とARスクリーンに検索結果が表示される。そして、そこに並ぶ文字列の塊に、僕はげんなりするしかなかった。嫌な予感が当たってしまったのである。 「ああ……やっぱり……」 「やっぱり?」 無意識にこぼした言葉を、ハヌがオウム返しにする。僕は何と説明するべきか、としばし考えた上で、彼女に説明する。苦々しい口調になるのは、どうしようもなかった。 「……あのね、ハヌ。さっき僕の服を買ったお店の店員さんが、【スクリーンショット付きでネットにメッセージを投稿してた】みたいなんだ……」 「ほ?」 「〝勇者ベオウルフ〟がお店に来た、自分がこんな服を見立ててやったぞ――って……」 溜息しか出ない。正確にはもっと『ウェーイ』な口調で、来店した時の僕の服装と、着替えた後の二つの写真を添付してSNSに投稿し、さらには炎上していたのだ。そのおかげで、〝勇者ベオウルフ〟が今日はどんな格好をしているのか、そっち方面の人なら誰でもわかる状態になっていた。しかも、写真の端にはちょっとだけハヌの姿も映っていたりする。 あの時、最初の人が話しかけてきた時、彼がチラ見していたのはヘラクレス戦の映像などではなかった。この店員さんのアップした写真を見ていたのだ。 道理ですぐにバレて、しかも時間を経る毎に見つかる頻度が上がっていくわけである。炎上による拡散で、この情報を知る人の数が指数関数的に増加していたのだ。 「……つまり、ラトの情報が漏洩しておった、ということか?」 「うん、単純に言うと、そういうことになるね……」 頭が痛い。それ故に、あちこちの人が目撃情報をネットにアップし、それによって僕達の行く先が予想されて、待ち伏せが行われていたのである。 何故だろうか、ではない。何もかも、最初の一歩で躓いていたのだ。 「そうか、それは重畳じゃのう!」 「――え?」 予想外すぎるハヌの発言に、僕は目を丸くする。にひ、と嬉しそうに笑ったハヌは、さらにこう言った。 「では、ラトが新しい服に着替えれば、今度こそ静かに〝おでかけ〟が出来るというわけじゃ!」 「あ……」 楽しげなその言葉に、僕は目から鱗が落ちる思いだった。 最初から選択を間違えていたのだ――と悔いる僕とは正反対に、ハヌは『原因が判明して対策を打てば問題は解決したも同然』と言い放ったのだ。後ろ向きだった僕の考えとは、全くの逆に。 前しか見ていないハヌの意見に、僕はまるで目の前が明るくなったような錯覚を得た。急速に、世界が輝いて見えてくる。 気付けば、僕も口元に笑みを浮かべていた。 「……うん、そうだねっ! ストレージの中には他の服も入れてあるから、それに着替えればもう見つからないはずだよ!」 「でかしたぞ、ラト! よく気付いたの! お手柄じゃ!」 「そ、そんな……別に大したことじゃ……」 本気で褒めてくれるハヌに、僕はひどく照れてしまう。 「じゃ、じゃあ、どこかに下りて着替えてから、買い物の続きをしよっか?」 「おお、そうじゃな。そうするべきじゃ」 そう言って、ハヌが楽しげに僕の首に抱き付き、体を固定した。ふわり、と鼻腔をくすぐるハヌの髪の匂い。 途端に、胸に満ちる温かな思い。そうだ、今日はハヌと二人でお買い物をする日なのだ。 そんな日に落ち込むなんて、せっかくの時間がもったいないではないか。 「それじゃ、人目のないところに下りるね。しっかり掴まってて、ハヌ」 「……そういえばいま気付いたのじゃが」 「えっ?」 「まだ甘いものを食べておらんかったの。ラト、妾は甘いものを所望する! するのじゃ!」 そういえば、露店街ではお菓子は食べていなかったっけ――と思い出す。ハヌのその貪欲さに、僕は堪らず笑ってしまった。 「うん、わかった。じゃあ、約束通りクレープ屋さんの近くに下りるね」 「――! うむ、よきにはからえ!」 クレープという単語に声のトーンを高めたハヌを抱いて、僕は支援術式の効果が残っている内にフロートライズの空を疾走したのだった。 ちなみに、服屋さんには後ほど苦情のメールを送っておいた。 後日、丁寧な謝罪のメッセージと、代金の一部の返金――宣伝効果もあったので特例としての措置らしい――があった。 また、件の店員さんは炎上から延焼の挙げ句、アカウントを消してお店にも顔を出さなくなったらしい。 個人情報漏洩は悲しい結果しか生まない……その典型であった。 おしまい ※あとがき 作者の仙戯です。 タイトルにあるとおり、このSSはリワールド・フロンティア第2巻、TOブックスオンラインストアで購入した際にしかつかない特典SSの別バージョンとなります。 前半はほぼ同じなのですが、後半の「あの、もしかして〝勇者ベオウルフ〟ですか?」の台詞あたりからがオリジナル展開となっております。 ちなみに、実際の購入特典SSの方では、同じタイミングで『武具屋に強盗団が現れ、ラトとハヌの二人が~』というお話になっております。 このSSの公開は、文字数制限が緩めなオンラインストア用SSがどれだけの長さで、どういう感じなのかを実際に体験していただきたく思いまして。 皆様の購入の際の判断の一助となるかと考え、編集様に許可を得て公開させていただきました。 どうかご参考になれば幸いです。 ちなみに、今回の文字数は約15000文字というところです。 短編というにはちょっと多いですが、一巻の特典はさらに多くて「約20000文字」です。 既にお持ちの方は特典だけのために購入するにはお高いと思いますので、お近くのご友人にリワフロを紹介しがてら、特典SS付きを購入してもらい、読ませてもらうなどしていただければ幸いです(笑) ここまでお読みいただき、まことにありがとうございました。 国広仙戯 |