≪巨竜の咆哮が轟く≫



 麟と浮がそのホテルの一室へ踏み込んだ時にはもう、ファーブルの姿はなかった。
 後ほど知恵の輪≠ナ二人は知ることになるが、この時、ファーブルは『星石』を求めてヴァイツェン中を駆けずり回っていた。もちろん、足手まといになる蜜姫の身体はホテルのベッドに安置したまま。
「さて、はからずも蜜姫嬢の身体を安全な場所に確保できたわけだが」
「どうする?」
 本来、隠密行動は麟と浮の得意分野だ。これまでは昂と純がいたせいで何かと派手になってしまっていたが、二人だけならばこうして誰にも気付かれることなく、鍵のかかった密室へ侵入することぐらい造作もないことだった。
「さて……」
 麟はしばし思考の淵へ足を引っかける。
 タイミングとしては申し分ない。できればファーブル殿も確保して完璧を期したい所だったが、彼女とて腐ってもスパイだ。簡単に捕まるわけがなく、また、はっきり言ってしまえば彼女の記憶を弄ろうが弄らなかろうが、それによって状況が激変することはないだろう。彼女も所詮は下っ端なのだ。大した影響力はないはず。
 それよりも最優先事項は巫桜院蜜姫の身柄だ。
「ちょうどいい。浮殿、ここを使わせてもらおう。蜜姫嬢の身体も確保できて、ファーブル殿が戻ってきたら『処理』をする絶好の機会となる。昂殿と純殿との合流もしやすいだろう」
「麟がそう言うなら、そうしよう」
 不器用な言い方しかできないが、浮の言葉はいつも麟の胸を暖かくさせる。
「ありがとう、浮殿。……時間はまだ十分にある。実は、やりたいことがあるのだ」
 そこまで言ったところで、浮は麟の意図を理解したらしい。巨漢は軽く頷き、
「わかった。見張り、しておく」
 部屋のドアの前へ腰を下ろす。そうすると、まるで岩のような重量感が白髪の少年の全身に漂い出す。何があろうと彼はあのドアの前から動かないだろうし、どんな者であってもドアをくぐって入室することはできないだろう。そんな気にさせるほど、浮の姿は心強い。
 頼りがいのあることだ、と麟は呟きながら、彼自身は奥の寝室へと身を移す。
 浮が四人寝転がっても大丈夫なほど、大きな天蓋付きのベッドに巫桜院蜜姫の身体は横たえられていた。
 懸念していた損傷がないことに、麟はほっと胸をなで下ろす。
「どうやら修復の必要はなかったか……」
 蜜姫の身体が無傷だったことをファーブルに感謝しようと思ったが、すぐに、そもそもの原因が彼女にあったことを思い出す。
「むしろ余計な手間をかけさせてくれた、というべきか」
 憮然と息を吐き、ミラーシェードのズレを直しながら、
「ならば、少しでも早く楽にしてやらねばな」
 低い呟きが小さな唇から零れ出た。
 麟の右手が伸び、蜜姫の額に触れる。その視線はミラーシェードで隠されていて、窺い知ることは出来ない。少年とは思えないほど可憐な唇は真一文字に引き結ばれ、全身から漂うのは殺気に満ちた、ただならぬ気配だ。
 白衣の少年の右手に星体が集中し、極印知恵の輪≠ェ発動する。目映い輝きが、アンドロイドの端正な顔を明るく照らす。
 だが、力強く瞬くその光は、情報を読み取るためのものではない。逆に、情報を破壊するための輝きだった。
「聞こえるか、蜜姫殿。少なくとも外部メモリーには聴覚センサーからの記録が保存されているはずだ。私を恨みたければ恨めばいい。だが、貴殿の不幸もここまでだ。今すぐ、安らかに眠るといい……!」
 力を込めると同時、瞬時にして膨張した白銀の光が炸裂する。
 衝撃が駆け抜け、アンドロイドの身体が痙攣したかのように弾けた。

「麟」
「浮殿。大丈夫だ、問題はない」
 寝室から戻ってきた麟の表情は暗い。毛足の深い絨毯を歩いて、革張りのソファーに身を投げ出すようにして座る。
 立ち上がった浮は、ソファーにもたれかかって大きく息を吐く麟に歩み寄る。
「疲れたか?」
「うむ……極印の使いすぎだろう。少し休まねばならんな」
 もっとも昂殿ほどの体力があればいくら極印を使用してもへっちゃらなのだろうが、と内心でぼやく。ミラーシェードを外し、
「巫桜院蜜姫嬢の全回路を完全に停止させた。内部の情報を破壊して、な。残酷なようだが、彼女が最も苦しまずに済む方法だろう。正直、後味は悪いが、な……」
 いくら後で修復できると言え、麟の行為は『とどめを刺した』と言えなくもない。患者を安楽死させる医者の内、何人が喜んでそれを行うのか。少なくとも麟は、嬉々として行える性格ではなかった。
「こうするより他に方法がなかったのだ。大丈夫、星体ならある程度を注いでおいた。ボディはそうそう腐らないはずだ。『星石』さえ戻れば元通りに──いや、つらい記憶を消して、より完璧な状態に戻してみせる」
 誰に向けるでもなく喋る麟の肩に、浮の手が乗せられた。
「麟が良いと思ったこと。俺も良いと思う」
「……うむ」
 麟は頷くと、少し自嘲的に笑って、
「……先程から浮殿には気を遣わせてばかりいる気がするな。世話をかける」
 浮は首を横に振って、気にするな、と言外に言った。
「少し休めばいい」
「ありがとう、浮殿。では、ほんの少しだけ、その言葉に、甘えさせて……もらおう……」
 どうやら緊張の糸が切れてしまったらしい。喋っている途中で麟の瞳がとろんとして、ろれつが回らなくなったかと思うと、瞼を閉じた途端、寝息を立て始めた。
 数秒後、寝室の方からひとりでに毛布が宙を飛んでやってくる。浮の念動力だ。ふわりふわりとクラゲのような動きで近づいてきた毛布は、優しく麟の身体に覆い被さる。
 規則正しく呼吸を繰り返す麟を、浮はただただ見つめ続ける。
 カーネルに依らない生粋の超能力者である浮は、念動力や瞬間移動の他に、予知能力をも有している。だが彼はそれを口にしたりはしないし、極力、未来を見ないようにもしている。
 見てしまったとしても、決して動こうとはしない。それが彼のポリシーだからだ。例え自らの行く先に破滅が待っていようとも、浮に運命を変えるつもりはないのだ。
 もし彼が未来に対して何かしらの行動を起こすとすれば、それは麟の行く先に闇が広がっている場合のみだろう。
 だから彼は、ここでじっと麟を見守っている。
 これからこの国に起こることを知りつつ。
 彼は決して、麟の傍から動こうとはしない。


「完成を急げ、と言われてもそりゃ無理ってもんだヨ、元帥さん」
 ラキ=アンドロティヌスはバトライザーの地位に臆することなく言い放った。
 まだ三十代に入ったばかりの少壮の男で、バトライザーお抱えの科学者である。ぼさぼさの頭と無精髭、よれよれの白衣。およそ一般人が思い浮かべる、『だらしのない天才科学者』を鏡に映したような、わかりやすい男である。
「無理を承知で言っているのだ」
 元帥府地区、北棟。元帥府を囲むビルの中でも、真北に位置する建物である。ここは緊急事態における臨時の司令部である役割と、もう一つ、バトライザーが秘密裏に編成した研究団の施設という裏面を持っている。ラキはその研究団の筆頭だった。
「そう言われてもねェ。確かにほとんど形にはなっているし、装備も可能だけれど……」
 ここでは今なお、対カーネル戦用の兵器が開発されている。それは、『オリハルコン』という無限のエネルギー源を核とした、常識はずれの武器だった。そのコンセプトはバトライザー本来の気質とよく合致している上、『オリハルコン』がアトレイユタイプ縁のものだとよくわかる仕様となっている。
 コードネームフッフール=B
 それは簡単に言ってしまえば、バルーダー≠超える光学兵器であり、同時に多数のアンドロイドを意のままに操る特殊兵器である。
「肝心の『アトレイユシステム』の調整がまだ済んでいないんだヨ」
 バルーダー≠ゥら三十年。ヴァイツェンの技術力は日進月歩で向上し、人体のサイボーグ化の技術水準も高まっている。フッフール≠ヘ内蔵式だが、それでもバルーダー≠謔閧熨セく強力なレーザーを発射することが可能だった。
「かまわん。レーザーが撃てれば十分だ」
 また『オリハルコン』をエネルギー源・兼AIとして使用することにより、かつてのアトレイユと同じように他のアンドロイドの制御を乗っ取り、操作することができる。名を『アトレイユシステム』と言い、これを使えばまるでカーネルのごとく、不死身とまではいかないが強力なアンドロイド部隊を完璧な連携をもって戦わせることが出来る。
 アトレイユシステムは開発陣が勝手に考案した機能だが、バルーダー≠謔閧煖ュ力で連射可能なレーザーは、バトライザーが望んだものだった。カーネルを殺したとしても、次の瞬間に新しいカーネルが現れるのならば、それさえもすぐに消してしまえばいい。もう二度と復活できないよう、全てのO.B.Kメンバーを消し去ってしまえばいい、と。
「そうかい? もったいないなァ」
 『オリハルコン』をエネルギー源とするフッフール≠ノ補給は必要ない。理論上、何度でも高出力レーザーを発射することが可能だ。それをヴァイツェン最高の戦士であるバトライザーが装備すれば、敵はない。──少なくともバトライザーはそう思っている。
「アンドロティヌス、これ以上の口答えは許さん。未完成でもいい。黙ってそれを私に装備させろ」
 共犯者だと思っていた龍日の片桐聖子との通信を終えてから、バトライザーは慌てることも焦ることも取り乱すこともなく、フッフール≠フ完成を待っている。もう時間がないことを彼は直感で悟っていた。元帥府を破壊された元帥など、自分が初めてだ。この事実一つをとっても、もはや失脚は免れない。
「ハイハイ、今すぐにー」
 今頃はアレッキノが、この扱いにくい男から元帥杖を取り上げるために奔走していることだろう。彼の器量ならば、バトライザーがいなくなった後もなんとかして龍日との仲を修復できるに違いない。ああ見えても優秀な男だ。うまくやってくれることだろう。だが、しょせんは奴も自分を理解してくれない敵だった、とバトライザーは思う。
 いや、この三十年、味方がいた試しなどなかった。いたのは敵か、敵でなければ味方でもない無理解者だけだった。そう、結局、自分の味方はセシルただ一人だけだったのだ。その唯一無二の味方を、自分はその愚かさ故に失ってしまった。それはどこの誰のせいでもなく、どうしようもないほどの自業自得だった。
 だからこそ。だからこそ、カーネルとの決着はこの手でつけなければならなかった。唯一の味方を奪った存在、カーネル。その存在を消し去る権利が、自分にはある。新兵器を自らの身体に埋め込める形にするよう指示したのは、そんな自負があったからだ。
 ──誰にも邪魔はさせない。誰にも先を越させはしない。カーネルを倒すのはこの俺しかいない──
 もう何度目かになるかわからない誓いを、バトライザーは胸中の聖地に打ち立てる。
「しっかし、どうしたんだい、急に? カーネル戦はまだまだ先だと思っていたんだけどなァ」
 バトライザーにフッフール≠取り付ける作業を行いながら問うたラキへ、
「状況が変わったのだ」
 バトライザーは簡潔に答える。ラキの相槌も適当だった。
「ふーん」
 もともとさほどの興味もなかったのか、会話はそれだけで終了した。
 フッフール≠フ取り付け作業は短時間で済んだ。『オリハルコン』を必要とするため最初から出来るはずがないのだが、設計時から量産化を視野に入れていたためだろう。着脱部が汎用規格になっているのだ。つまり、サイボーグであればほとんどの者がすぐにフッフール≠装備できるようになっている。
 両腕と背中、そこに取り付けるだけで済む。だが、現時点では最強の新兵器。
「思っていたよりもあっさりしているものだな」
「そうだネー。でも結構、改良くわえているヨ? グランツさんから送られてきた龍日の如意宝珠のデータもあるからね。よりエーテルを集めやすくなっているはずだヨ」
「そうか」
 フッフール≠取り付けるために脱いだ軍服を再び身に纏い、バトライザーは居住まいを正す。
「世話になったな」
「……どうしたのサ、急に改まって?」
 珍しく殊勝な事を言う、と言いたげな表情をラキはした。失言だったか、とバトライザーは少し後悔する。もとより興味はないだろうが、この科学者は近くバトライザーが元帥の座から引きずり下ろされることを知らないのだ。
 詳しく語る気にもならないし、別段、知らないままでいても問題はなかろう。
「気にするな」
 バトライザーが遮断するように言って立ち上がったとき、突如、大音響で警報が鳴り響いた。
「アレ?」
 ラキが天井を見上げ、間抜けな声をこぼす。この科学者は外の情報をほとんど得ていないのだろう。警報が鳴ったというのに慌てる風もなく、まるで緊張感がない。
「来たか。どこで情報を得たかは知らんが、随分早い。さすがはあの女狐の部下だな」
「知り合いかい?」
 ラキの質問は言い得て妙だった。この時、バトライザーは乏しいユーモアのセンスを刺激され、冷笑と共にこう答えた。
「知り合いとは、違うな──言うなれば、共犯者だ」


 バトライザーの共犯者は、自らの手で警報装置を起動させていた。
「こうすりゃ勝手に向こうから出てくんだろ」
 警報装置に右拳をめり込ませた昂は、不敵な笑みを純に向ける。純はその好戦的な視線を柔和な笑みで受け止め、
「同感です」
 と短く賛同した。
 本来なら駐留しているはずの兵士達は、先程の包囲網に駆り出されてしまっていたのだろう。自動ドアをくぐった先にあるロビー、その奥へ続く広く長い廊下。広大な空間に焦りを促す音が大きく響いているが、何者かが出てくるような気配はない。当然だ。つい先程、包囲網を形作っていた兵士達のほとんどを蹴散らし、その戦意を強奪してきたのだから。
 耳障りな音響の中、昂と純はそれ以上の会話もなく、ただ待っていた。
 やがて。
 二人の少年が訪れるまでは静謐に満ちていた、しかし今は騒音の響く白い廊下。その奥から、ゆっくりとこちらへ近づいてくる影がある。
 彼らはその顔を、事前に写真や映像で確認していたので、近づいてくる人物がアレックス=バトライザー元帥であることをすぐに理解した。
 バトライザーもまた、グランツ中将の監視カメラから得た映像を見ていたため、自らの視線の先にいる二人の少年が『天使』であることを知っていた。
 バトライザーは威風堂々と歩を進め、剥き出しの刃のような眼光の少年と、黒豹のごとき金色の瞳を持つ少年へと近づいていく。
 けたたましい警報の中、靴音だけが確かに響いていた。
 少年達は、巌のごとき相貌を持つ男をまっすぐに見据え、待ちかまえている。
 彼我の距離がゆっくり、だが確実に削られていく。
 おそらく、警報に聞き飽きたラキが止めたのだろう。バトライザーが廊下からロビーへと踏み込んだその時、不意に警報がやんだ。
 突如として静寂が満ちる。
 バトライザーの硬い足音が一つだけ大きく響き、止まった。
 対峙する。
 鋭い緊張感が大気を帯電させているかのようだった。まるで真空空間のような静寂の中、一人の男と二人の少年の間で、目に見えない火花が散っていた。
 視線の交錯する刹那が過ぎ、どちらからともなく口を開こうとした、その時だった。
 突如、全身に震えが来るほどの轟音が鳴り響いた。
『!?』
 音源はバトライザーの背後だ。落雷のごとき衝撃に三人は一斉に振り向き、身構え、
「よっしゃ一番ノリぃ──────ッッ!!」
 と叫びながら、壁にあいた穴から飛び出してきたポニーテイルの少女を見てしまった。
 見てしまったのだ。
 そして目があってしまう。
「……あ? ……れ?」
 一秒前の勢いと比べると、まるで魂を引っこ抜かれたような間抜け声。轟音の余韻が徐々に収まっていく中、ポニーテイルの少女──ファーブルは故障したエンジンのような動きで静止した。
 からり、と破片の転がる音がついに終わり、実に形容しがたく、ひどく重苦しい静寂が訪れた。
 それは嵐の前の静けさだった。
 次の瞬間に昂とファーブルが弾けるのは当たり前だった。
「──テメエェこのクソ女いったい何しに出てきやがったっつうかここで会ったがナンチャラだコラかかってきやがれブチのめしてやらぁっ!」
「なによもおぉぉぉうっっっとおしいわねぇっなんでアンタ達がこんなに早くここにいんのよっていうか! 一番ノリとか言ったあたしが超バカみたいじゃない!」
「あははは、二人とも何言ってるかわかりませんよ?」
 冷静な、どこかとぼけた純の言葉を聞いているわけがなかった。
 二人は一気に戦闘態勢だ。
 昂の右手で如意宝珠が輝きながら回転し、ファーブルの左の掌が前へ突き出される。
 空気、緊張感、殺気、全てが音を立てて一斉に弾けた。
 壁を砕いてビルに突入してきたファーブルの、その周囲に転がっていた瓦礫のいくつかが宙に浮き、次の瞬間には蹴っ飛ばされたような勢いで発射される。
「「「!?」」」
 刹那、三人の男は同時に驚愕を得た。O.B.Kのメンバーはカーネルの傍にいなければただの人間と変わりない──これはその筋の者にとっては当たり前の常識だ。だが、その常識を覆す現象が目の前で起きた。見せつけられた。いわば、空へ上昇していくりんごを見せられたようなものだ。驚くな、というには無理がある。
 ホットラインという例外を知らない男共の表情を見て得た感情を、ファーブルは笑みに変える。
 どうだ見たか旧人類共、本気を出したあたしの力をとくと見るがいい──!
 などと時代がかった口調で思考していたファーブルの精神に、ところが冷水が浴びせかけられる。
 彼らが驚いていたのはほんの一瞬だけだったのだ。次の瞬間には猛吹雪のような殺気がファーブルの全身を叩いていた。
「──ッ!?」
 嘘、立ち直り速すぎ──!
 狙いなどつけている余裕はなかった。適当にぶちまけた念動力が瓦礫を散弾に変える。
 瓦礫の散弾が殺到する先には臨戦態勢の一人と、未だ無防備の二人。ただ一人、片刃の剣を構えた昂だけが弾幕と称してもよい瓦礫の群れへ向かって飛び出した。
 もはや昂はバトライザーを無視する。そしてヴァイツェン元帥も、傍らを疾風のように駆け抜けていく赤毛の少年を黙って見過ごした。
 ファーブルの瓦礫の弾幕へ、昂は撃ち出された砲弾のごとく突入する。
「おおおおっ!」
 叫ぶと同時、昂の全身から溢れた星体が制服の防護結界を発動させた。剣で瓦礫を一つずつ叩き落とすのではなく、防具に力を込めて弾き飛ばすつもりだ。
 衝突。
 相対速度によって発生した威力に、瓦礫が砕け散る。壁のごとく立ちはだかった衝撃を昂は歯を食いしばり足を力強く踏みしめ、力ずくで弾き返す。
 立ちこめた粉塵すら一気に貫いた。
「──!?」
 突き抜けた姿勢は前のめりに剣を振り上げたもの。
 野獣のように躍りかかってくる少年を見たファーブルは驚愕に目を見開いていた。
 剣閃が走る。
「!?」
 描いた銀弧がファーブルを切り裂いたように見えた。が、手応えは全くない。
 残像だ。瞬間移動か、すでに実体は別の所へ転移している。
「ちっ──!」
 ほとんど直感で昂は頭の両側を腕で防御していた。刹那、重い衝撃が剣を握った右腕に炸裂する。
「!」
 背後、空中に現れたファーブルの回し蹴りだった。カーネルから力の供給を受けることで解放された能力は身体にも及ぶ。念動力を伴い強化されたその威力は、鉄の棍棒の一撃にも勝る。
 死角からの不意の一撃だ。抗いきれずに昂は勢いよく吹っ飛んだ。
 だが、
 ──これで離さないのコイツ!?
 腕の骨を砕くつもりで入れたというのに、赤毛の少年の右手は剣を手放さない。龍日の天使は体の構造が根本的に違うとでもいうのか。たとえ防護結界が働いていようが、それごと腕を潰したはずなのに。
 壁に激突し、その身をめり込ませた昂の口元が笑むのをファーブルは見てしまった。
「!」
 赤い光が迸った。
 極印魔神の右手≠フ光だ。
 煮えたぎる溶岩を思わせる輝きが刀身を奔り、
「ぉああああああっ!」
 拳ごと剣を壁に叩き付けた。破壊属性の星体が爆裂する。壁が砕け噴き出した粉塵が廊下に充満する。煙幕だ。視界を遮られたファーブルは、しかしその煙幕を切り裂いて迫る赤い刃に気付く。
「──!?」
 とっさに避けた。が、
「っきゃあっ!?」
 避けたはずの刃が床に突き立った瞬間、再び赤い光が爆発。衝撃波がファーブルの全身を殴打する。
 どうせ瞬間移動でかわされるなら、でかい一発で巻き込んでやる──そんな攻撃だ。
 荒々しいと呼べるほど格好良いものではない。粗雑かつ適当にも程がある。幼稚とさえ言っていい。
「こっ──」
 ならばこっちも。
「──ンのおぉぉぉっ!」
 瞬間移動で間合いをとり、そして念動力。粉塵まみれでどこにいるのかわからないので、目に見える範囲全部に力を叩き込んだ。不可視の威力が粉塵を叩き潰し、壁と床をへこませ、ひび割れさせる。まるで眼に見えない巨人の一撃だった。

 ファーブルの超能力は一般人が思うより制限が大きい。瞬間移動は視線で確認できる場所へのみと限られ、念動力も同様、視界に捉えた範囲にしか影響を与えることができない。超能力は意志の力だ、とカーネルは言う。それ故に意識のない場所にその力は発揮されないのだ、と。
 だが、そういうカーネルこそが例外中の例外だ。彼の能力に限定などなく、限界もない。少なくともファーブルはそう考えているし、そうでない考えを持つ者はO.B.Kにはいない。
 カーネルは無限の力を持つ絶対的な存在なのだ。
 カーネルは目を閉じていようとも瞬間移動することが出来る。世界にある全てを把握し、どこに何があるのかを知っているから、常に安全な場所へ転移することが出来るのだ。
 カーネルの念動力は距離を超え時空を超え、全てに影響を及ぼすことが出来る。指一つ動かすことなく世界中のものに触れられるのだ。
 また、他人の心を読むことも、未来を見ることさえも思いのままだ。
 カーネル以下のO.B.Kメンバーと比べれば、その差は雲泥以上もある。そう、本来ならばファーブル達O.B.Kメンバーがしていることなど、カーネル一人で造作もなくやり遂げられることなのだ。だが、カーネルはそうしない。様々なことを自分ではなく、別の誰かに任せる。それは、歴史を紡ぐためだという。歴史を形作るのは人々であり、そこには多くの強い意志が存在しなければならない。一個の存在による、他人任せに進む歴史は人類という種そのものを腐らせていく──カーネルはそう言っていた。
 その考えに賛同する者達が集まり、結成されたのがO.B.Kだ。O.B.Kメンバーには、それぞれ形は違うが『超絶者カーネルの代理人』としての矜持がある。ファーブルも例外ではない。
 誇りがある。カーネルの代理人として、世界の歴史を、輪廻歴史として正しく紡いでいく使命がある。
 それを邪魔させなどしない。世界のために、みんなのために、カーネルのために。

「負けらんないのよぉぉぉぉっ!」

 雄叫び、取り出したのは如意宝珠だ。まだ昂の姿は確認できていない。だが、奴はどう見てもしぶとそうだった。まだ動く可能性がある。ならば徹底的に潰しておいた方が良い。畳み掛けるべきだ。
 めまぐるしく思考を回転させ、ファーブルは如意宝珠にイメージを注ぎ込んだ。体内と外部の星体を練り、自らの想像を混ぜ合わせ、こねることによって如意宝珠は発動する。
 如意宝珠が姿を変えたのは、無骨な形状を持つ黒金色の短機関銃。当然、ただの短機関銃ではない。ファーブルが理想とする性能を持った兵器だ。弾倉から、親指ほどの太さの白いケーブルが生えている。そのケーブルが伸びる先はファーブルの背後、短機関銃と共に現れたバックパックである。銃の形状を無視すれば、全体はどこか火炎放射器に似ている。
 だがそれは、火炎放射器以上に凶悪な代物だった。
 引き金は躊躇なく引かれる。
 銃口が吐き出したのは、火炎とは真逆に位置するものだった。
 極寒と呼ぶのが生易しいほどの、冷気。
 零下二百度に近い状態でなお固体とならない液体が、その弾丸だったのだ。親指ほどの大きさに区切られた冷凍液が、毎秒十八発というサイクルで連射される。着弾した箇所は勿論、その周辺もが凍気に犯されていった。
 短機関銃から撒き散らされる凍雨は、周囲の大気をその温度差に巻き込み、布を裂くような甲高い音を立てて凍りつかせていく。
 あっという間もなくファーブルの前方は白く凍結し、氷霧が光を乱反射して輝く奇景ができあがっていた。
 赤熱する金属を思わせる昂の光に恐怖を感じたファーブルは、ほとんど脊髄反射でそれと相反するものをぶつけようと考えた。熱いものは冷やしてしまえばいい。どうせなら氷漬けにしてしまえば、例え生きていたとしても身動きもとれなくなるだろう、と。
 しかし、甘い。
 深呼吸すれば肺が凍るほど冴えた空気の中、彼女は『天使』という存在を過小評価していたことを思い知らされた。
 凍原と化した床を切り裂くように赤い光が幾条も奔った。
「──!?」
 それは今なお発射されている冷凍弾をも飲み込み、瞬時に膨張する。
 星体の爆発的放出。
 乱暴に言ってしまえば、未だ全容が未知とはいえ、星体にもエネルギーとして熱放射などの現象が起こりうる。実際、純の拳銃も、ファーブル自身が如意宝珠で具現化させたバルーダー≠熕ッ体を熱エネルギーとして発射していた。つまり、
「──っづぁあああああっ!」
 猛然と立ち上がる人影は全身からこれでもかと星体を噴き出し、それを消費しきれない防護結界が軋みをあげ、過剰なエネルギーが空気中の分子を振動させて熱波を生じさせる。
 ドライアイスに熱湯をぶっかけたようなものだった。凄まじい音をあげて蒸発する氷が、雲のようなスモークを発生させる。
「っ!」
 視界が遮られる。そのことに危険を感じたファーブルは反射的に念動力で風を起こし、スモークを吹き晴らそうとした。
 白煙が晴れ、姿を見せた赤毛の少年は酷い格好をしていた。濡れそぼった、しかし凍結したことにより引きつれ、爛れた皮膚。流石の彼も堪えたのか、俯き、荒い息を繰り返している。まだ制服の所々が白く凍っているが、その右腕に浮かぶ鉄槌の図形と『破壊』を意味する文字列は、苛烈な輝きをむしろ強めたようにも見える。
 前髪に隠れて上半分が見えない昂の口元が、にやり、と不敵な笑みを浮かべた。
「──はっ! なかなかいい感じじゃねえか!」
 剣を振って風を切り、顔を上げる。そこには獰猛な嬉笑があった。手応えのある敵と出会うことに悦びを感じる、それが昂という少年だということをファーブルは知らない。
「正直O.B.Kのスパイ野郎がここまでやるたぁ思ってなかったぜ。何でだか知らねえがカーネルが近くにいなくても能力使えるみたいだしなぁ?」
 白い息を吐きながら昂は言う。自分でやっておいてなんだが、すごい光景だ、とファーブルは思わずにいられない。氷まみれになった壁や天井、水浸しになった床、そこに剣を担いで立つ『天使』の少年。その髪と瞳の色は真紅で、まるで燃える炎のような色彩がちょうど風景に映える。
 その灼熱色の瞳が、ふとファーブルの構える短機関銃に向いた。
「──!」
 ただそれだけのことで、びくり、とファーブルは肩を震わせ、短機関銃を握る手に力を込めてしまった。
 ──こいつ……! 本っっっ気で化け物かっつーの!? あれだけの冷気なら防護結界でも殺しきれなかったはずよ!? さっきの蹴りで武器を離さなかったことといい……一体どんな体してんのよ!
 戦慄がファーブルの全身を駆け抜ける。だが、表情にはおくびにも出さない。奥歯を噛みしめ、強く昂の顔を睨みつける。
 昂は短機関銃を見つめていた視線を上げ、自信に満ちた顔で言う。
「返してもらうぜ、それ」
 それ、が如意宝珠であることはすぐにわかった。だからファーブルは、
「嫌よ。あんたみたいな××××は家に帰ってママの※※※にでも顔突っ込んで寝てなさいよこの△△△」
 ぴしゃりと拒絶し、さらには聴くに耐えない罵詈雑言をぶっかけてやった。
「…………」
 下手をすると冷凍弾よりもしたたかに昂を打ちのめしたことだろう。氷の彫像のごとく固まった少年にファーブルは、んべー、と舌を出してやる。
 ぶつん、と妙な音が綺麗に響いた。
 突如、昂の全身から稲妻のごとく赤い星体の光が噴き出した。
「ブッコロぉ──────────スッッ!!」
 怒声と共にその手にあった片刃の剣が、より大きな諸刃の剣へと姿を変える。その形はまさしく怒りの具現だ。
「やれるもんならやってみなさいよコンなろぉ──────っ!!」
 叫び、ファーブルの冷凍短機関銃もその形状を変化させる。新しく現れたのは二振りの短剣だ。昂との接近戦を正面から受け止める姿勢である。
 昂には強靱な肉体と極印があり、ファーブルには超能力がある。どちらも自分が不利だとは考えていない。
 互いの武器が振り上げられ、ぶつかり合う。
 真っ向勝負だった。


「……無茶苦茶だな」
 離れた場所から昂とファーブルの攻防を見ていたバトライザーが、短く感想を口にする。
 自分の相棒に無視された形のヴァイツェン元帥に、純は平淡な口調で、
「あなたよりはましだと思いますよ」
 と、それだけを言う。そこに言葉以上の何かが多分に含まれていることに、気付かないバトライザーではない。黒髪の少年に振り向き、問う。
「どういう意味だ」
「人の振り見て我が振り直せ、ということですよ。アンドロイドとはいえ女性にあんな仕打ちを与えるのは、無茶苦茶とは思いませんか」
 バトライザーには知るよしもなかったが、この時、純という少年は、彼にしては非常に珍しい表情をしていた。
 無表情。
 いつとなく微笑みをたたえている彼が、まるで内にある感情を隠すかのように、表情をなくしていた。
 能面のごとき顔で、静かにバトライザーを見つめている。バトライザーはそんな冷視をまったく意に介さず、
「さすがはあの女狐の部下だな。最近の天使は、女ならば人形までいたわるのか」
 お前達の裏で糸を引いている人物を知っているぞ、と含みを持たせた言葉を言い放つ。
 だが、純は驚きも戸惑いもしなかった。
「ええ、聖子さんには好きにしろと言われていますので」
 平然と、しかも片桐聖子の名前を出して純は答える。不意にバトライザーは少年に対し、奇妙な錯覚を覚えた。どんな言葉を発しても、天使の少年は虚空の穴のようにただ吸い込むだけではないだろうか、と。
 手応えのない、まるで雲と会話しているような、そんな感覚だ。そう思いつつも決して顔には出さず、バトライザーは言葉を重ねる。
「……ほう。なら、元帥府を潰したのも貴様らの独断か」
「潰れたんですよ。やわな物を建てておきながら僕達に責任をなすりつけようなんて、人が悪い国ですねぇ」
 純はくすりとも笑わずに肩をすくめた。
 ここに至って少年の無表情が、怒りの仮面だったことに気付かないバトライザーではない。もはや単刀直入に切り込む。
「……目的は何だ。私の命か」
「いりません、そんな汚いもの」
 その否定は凛として響いた。
「僕達が欲しいのは、もっと美しいものです」
 この時、はじめて純は笑みを見せた。バトライザーに向けて──嘲笑を。
「『星石』、持ってますよね? 素直に渡してもらえるなら、手荒な真似はしませんよ?」
 その手に取りだした青銀の如意宝珠が星体と化し、二丁の拳銃へ姿を変える。次いで、極印操り人形≠ェ発動した。
 殺意。
 その名をもつ波動がバトライザーの全身に降りかかった。
 我知らず唇を引き締め、眉を立てる。だが、それでも彼は身構えずに質問を重ねた。
「私が『オリハルコン』を持っていると、そう思っているのか?」
「すぐに渡せば楽に殺してあげます。手間をかけさせるなら苦しめて殺します。どっちがいいですか?」
 あっさりと問いを無視した純は、にっこりと優しげに、冷酷無比なる二者択一を突きつけた。
 バトライザーはそれをさらに無視して質問を続ける。
「今ここに持っていないと言ったらどうする?」
 純はバトライザーを無視。晩御飯のレシピを検討するような口調で、
「定番通り、目を潰し、耳を焼いて、鼻を削ぎ落としちゃいますよ? 顔の皮膚を剥ぎ取って、塩を塗り込んだり、舌に針をいっぱい刺しちゃいましょうか?」
 あは、と笑う。
 バトライザーも純の台詞を無視。この傭兵元帥にそのような陳腐な脅しは通用しない、と言わんばかりの顔で、鋭く金色の瞳を睨みつける。
「そもそも……私が素直に渡すと思っているのか?」
 これに対し、少年は花に語りかけているような茶目っ気たっぷりの口調で、
「生まれてきたことを後悔させてあげますよ」
 と言った。
 刹那、両腕が弾かれたように跳ね上がり、引き金が引かれる。連続だ。バトライザーに向けて灼熱する星体の弾丸が殺到する。
「ふん」
 バトライザーはそれらを一瞥し、しかし一歩も動かず、ただ右手を前へ突き出した。
 どくり、と脈打つ感触。それは間違いなく錯覚だろうが、しかし確かな『オリハルコン』の鼓動をバトライザーは感じる。
 『オリハルコン』を動力源とし、装着者に無尽蔵のエネルギーを与える機関がフッフール≠フ核と言っていい。その力が及ぶのはフッフール′ナ有のレーザーキャノンとアトレイユシステムだけにとどまらない。
 バトライザーの右腕部に搭載されていた力場シールドが瞬時に展開した。『オリハルコン』から遠慮なく供給されるエーテルを獰猛に喰らい、力場シールドは持てる能力を思う存分に発揮する。
 バトライザーの前方に、半球状の目に見えない壁が発生する。それは襲いかかる死神の礫を全て、瞬く間に弾き飛ばした。
「良いことを教えてやろう」
 肉体を機械化させたバトライザーの内部にも恩恵は与えられる。強化された筋肉に、高速化された神経に、『オリハルコン』がさらなる力を与える。
 常人とは比べ物にならない速度でバトライザーは前へ踏み出す。
 一気に肉薄。
「──……!?」
 そして、わざわざ純の両目が驚きに見開くのを待ってから左腕を振りかぶり、
 殴り飛ばした。

 バトライザーの接敵速度に反応できなかった純は、
「!」
 咄嗟に二丁の拳銃でバトライザーの拳を防御しようとしたが、すぐに間に合わないと判断。
 なら、とにかく顔だけは、と両腕を目の前で交差させる。
 当然、腹部に重い一撃がきた。
 防護結界が発動するが、それでも全ての威力を殺しきれない。内臓を突き刺す衝撃の中、純は内心で舌を巻く。
 速い。これまで幾度もサイボーグを相手取ったことはあるが、ここまで速い奴は初めてだった。腕力もある。ここまで強烈なモノをもらったのは久しぶりだ。昂以来、初めてだろうか。
 バトライザーの拳から伝わってきた力が、自分の身を空中へ吹っ飛ばしている。そんな瞬間の中で、純は口元に笑みを浮かべた。先程、昂が浮かべていたものと同種の笑み。
 強者と闘うことによってのみ得られる、修羅の笑みだ。
「力が全てだ」
 宙返りを打って着地した純の耳に、バトライザーの言葉が届いた。余裕のある声だ。今ので彼我の力量差を測ったのだろう。こちらを見下したような響きがある。
「……?」
 力が全て──それのどこが良いことなのか、純にはわからない。そんな当たり前のことを言われても反応に困るのだ。だが、どうやら敵にとっては高尚な思想のつもりらしい。だから純はこう思う。
「……間違ってますね」
 その呟きにバトライザーの眉が不快げに動いた。だが、純は素直に思うのだ。力こそが至上──そんな考え方は間違っている。
「僕が本当に良いことを教えて差し上げましょう」
 胃の辺りに鉛を詰められたような違和感がある。先程の一撃によるダメージだ。しかし、純は大して気にしない。どうせすぐに回復するのだから、と。
 それより、今は目の前の堅物な軍人に、世界の本当に素晴らしい部分を教えてあげなければ。これから間違いなく殺すが、知らずに逝くより、知って死ぬほうが絶対に有意義なのだから。
「女性は最高なんですよ」
 両腕を真横に広げ、左右の銃口をあらぬ方向へと向け、引き金を連続で引く。

「だから女性を傷つけたり苦しめたりする輩は、万死に値するんです」
「?」
 少年の不可思議な言動に対し、バトライザーは訝しげな顔をする。台詞もそうだが、何より見当違いの方向へ射撃する意図が彼には理解できない。
 しかし警戒を緩めることはない。相手は龍日の天使だ。あの片桐聖子は天使ではないと否定しながらも、その実力は認めていた。ならば油断は即、命取りとなろう。
 戦闘中にそぐわない微笑みを浮かべる少年は、まるで道路の真ん中に咲いた場違いな花のようだ。だがその右腕から青の光が飛沫となって弾けたとき、バトライザーの長年の戦士としての勘が瞬く間に警鐘を打ち鳴らしていた。
 危険が来る。そう察したバトライザーは再び力場発生器に猛然とエーテルを注ぎ込み、またフッフール≠フアタックシステムをキックした。
 全方位防御シールドが展開。出力は天井知らずだ。どんな攻撃が来ようと跳ねのける自信がある。次いで、両手の先からエーテルを凝縮した光が生える。その数、十本。熱エネルギーの結晶とも言える光の爪だ。フッフール≠ノ内蔵されている接近専用武器の一つである。長さ三〇センチの光刃は、対象がどんな材質であろうと無情に焼き切る。
 バトライザーの周囲で、激しく石を打ちつけ合うような音が幾重にも響いた。前、後ろ、右、左、上、下──ありとあらゆる方向から純の放った弾丸が襲いかかってきたのだ。響いているのは、シールドに触れたエーテル弾が弾き飛ばされる音だった。それが幾十、幾百と重なり、まるで一つの音を引き延ばしたかのように聞こえる。
 撃ち出した弾丸の制御──これが奴の能力か。名前も知らない少年の能力をバトライザーは端的に分析する。
 おかしな方向へ放たれた弾丸の群れは、壁や床や天井を撃ち抜き、物理法則に喧嘩を売るような軌跡を描き、最終的にはバトライザーの方へと向かって来ているのだろう。
 だが、足りない。この程度のことではシールドを破ることは叶わず、自分を傷つけることなど出来やしない。その上、これでもフッフール≠フ性能を十二分に発揮しているとは言えないのだ。まだまだ序の口だと、直感的にわかる。わかるだけに、バトライザーは胸に可笑しさが込み上げてくるのを止められない。
 これこそが求めていた力だ。
 この強い力こそが、なにものをも圧倒するのだ。
 バトライザーの体内で、フッフール≠ェ脈動する。如意宝珠を参考にして記された内部の刻印に、濃密なエーテルが満たされていく。
 唸りをあげて出力が上昇していく。
 バトライザーの脳内に仕込まれた野戦回路が闘争本能にがなりたて、敵を切り裂け、カーネルを殺せと叫ばせる。
「──力こそが全てだ! 力がなければ何もできん!」
 脳裏を駆け巡るのは過去の記憶だ。かつて無力だったがために失ったものがある。自分が強くありさえすれば失わずに守れたものがある。力さえ、強い力さえあれば、という後悔の激情がある。それらの記憶がバトライザーの口を割り、絶叫させるのだ。
「この力があればもう誰にも負けん! カーネルにもだ!」
 一瞬、目の前に忘れられない姿が現れた。許せない存在、全てを奪った存在、カーネルが。
 その瞬間、かっと頭の中で何かが弾けた。
 目を大きく開き、叫んだのは単純かつ、だからこそ強烈な言葉だった。

「私の邪魔をするな!」

 もはや怒れる野獣と化してバトライザーは純に躍りかかった。
 間合いを詰め、両手の光爪を意外にもコンパクトかつ無駄のない動きで繰り出す。
「!」
 対する純は冷静だった。鋭く迫る光の刃を静かに見据え、素早く飛びしさることで回避する。だが激高してなお、バトライザーの体に染みついた動きは隙のない攻撃を連続させる。
 蹴りがきた。それも超振動付きだ。バトライザーの脚部に内蔵されているだろう超振動破壊装置は『星石』を動力源に、人体を内部から破壊する波動を発している。当たれば確実に死を捻り込まれる、強力な格闘兵器だ。
 昂の魔神の右手≠ノも似た一撃を、純は極印操り人形≠もって迎え撃った。狙いは一つ。バトライザーの動きの慣性に干渉することで、その攻撃を逸らすこと。
 操り人形≠ヘ純の視界に捉えたもの全てに影響を及ぼす。慣性を操作されたバトライザーの蹴りが空を切り、それでも連鎖する動きで光爪が弾丸のように突き込まれ、しかし紙一重で避けられる。
 純の十八番である。相手の攻撃を操り人形≠ナかわしながら銃弾を撃ち込む──特に昂を相手にするときには欠かせない戦法だった。
 純は連撃の合間に生じた隙に銃口をねじ込み、力場シールドを発生させる時間すら与えず、バトライザーのこめかみに向けて引き金を引いた。
「!?」
 例えシールドを展開させていたとしても防ぎようのない距離だった。だが、
「──効かん!」
 頭部に灼熱する弾丸の直撃を受けたはずのバトライザーは、信じがたいことに仰け反りながらもこれを耐えたのだ。
「──!?」
 力場シールド? いや違う、それはあり得ない。だとしたら──
 バトライザーの全身を包む異様な星体の渦に、純は気付いた。
 常軌を逸した濃度と量の星体を感じる。目の前にいるのはもはや人間でもなければサイボーグでもなかった。
 『星石』という人の手に余る『力』に呑み込まれた、怪物だった。
 過ぎた力は身を滅ぼすという。だが、それよりも先に崩壊がはじまるのは精神だ。
 殺意の塊となった視線が純を射抜く。その瞳に浮かぶ光を、純は何度か見たことがあった。それは、力に固執する者のみがもつ狂気だ。少年がかつて身を置いていた世界では、こんな目をした大人がそこら中にいた。
「ぉおおおおおっ!」
 詳しいことは麟あたりに聞かなければわからないだろう。だが、これだけは確実にわかる。今のバトライザーは『星石』からの星体を浴びすぎて、その量と濃度にあてられているのだ。
 畳み掛けられる攻撃を全て、純は操り人形≠もって紙一重で回避する。そして床を蹴り、壁を跳ね、天井に着地して武器を構えた。昂もかくやという素早い動きだ。既に如意宝珠は二丁の拳銃から別の物へと変えてある。拳銃の弾丸が効かないなら、
「これはどうですか?」
 対戦車ライフル。
 自分から見ればバトライザーの方が天井に立っているようにも見える。そんな位置から純は重厚なライフルの照準を合わせ、引き金を引く。
 拳銃とは比べ物にならない威力がかっ飛んだ。一直線に、強烈にバトライザーの胸へと突き刺さる。
 轟音。
「ぐぉ……っ!?」
 傭兵元帥の喉から呻きが漏れた。だが、これでも足りない。弾丸は胸を貫通しなかった。
 ほとんど致死量に近い星体がバトライザーの全身を覆い、染み込み、駆け巡っている。その流れが衝撃を吸い込んだのだ。
 これが新兵器の力なのか、とフッフール≠知らない純は思う。様々な光学兵器・エネルギー兵器の原動力となり、サイボーグの性能を強化し、挙げ句には星体と肉体を融合させて未知の怪物へと変貌させる兵器──尋常ではないこの状況からでは、真実を知らない純はそうとしか考えられないだろう。
 真実は無論、違う。
 現在のバトライザーの状態は完全なイレギュラーだった。簡単に言ってしまえば、出力の制御がまるで出来ていない。『星石』がバトライザーの求めるままに星体を生み出し、その手加減の全くない力が彼を変質させつつあるのだ。これは『星石』という未知なる物質を使用するため、どうしても予測のできなかった異常事態の一つではあるが、フッフール*{体の設計ミスであることは間違いなかった。
 だが、これはバトライザーにとっては本望だった。今のフッフール≠ヘ彼の思うがまま、望むがままに力を与えてくれる。それこそが、カーネル打倒を悲願とする彼が求めていたものだったのだ。
「…………」
 ライフル弾の衝撃すら受け止めたバトライザーは、逆さになって宙にいる純に、笑みを見せた。
 純は驚く。その笑みは、昂のそれにひどく似通っていたのだ。
「──もう一度言う! 俺の邪魔をするなああああっ!!」
 その右手が白く、強く輝いた。濃縮された星体が、危険な光を放つ。
「!?」
 それによく似た光を思い出して、純の背筋に悪寒が走った。それほど昔ではない。つい最近の話だ。そう、あの光は、アレにとても似ている。
 ファーブルが見せたバルーダー≠フ光に。
 ──やられる。
 冷静な心で、純は思った。自分は今、空中にいる。ちょうど天井にも壁にも足が届かない位置だ。たとえ手に持ったライフルを撃った反動で逃げるにしても、もしこれから放たれる光がバルーダー≠ニ同じサイズだったら、おそらく間に合わない。希望があるとすれば右腕の操り人形≠セが、確率はひいき目に見ても五分五分だ。発動が間に合うかどうか。死にはしないだろうが、体の半分か、下手をすればそれ以上を持って行かれるだろう、結構な損害は覚悟しなければ──
 光が来た。
 目を灼くほどの光量で、世界最強の人類と呼ばれるカーネルすら一度は消滅させた光が、純に迫る。
 出来ることはただ一つだけだ。純は機械的に操り人形≠発動させ、
 刹那の接触、光が空間を満たし、
 純の左腕が如意宝珠ごと消滅した。


 目の前の猿から目を離すわけにはいかなかったが、それでも背後の親父がやろうとしている馬鹿げた事を邪魔しないわけにはいかなかった。
「──ごめん待って! ちょいタイム!」
「はあ!? テメエ何言ってや」
 がる、まで聞かずに、ファーブルは背中にひしひしと感じる不穏な気配へと振り返った。
 嫌な予感とは得てして当たってしまうものだ。
 現在、ファーブルと昂がそれぞれの武器を手に斬り合っているのは一階の中央廊下で、バトライザーと純が互いの星体をぶつけ合っているのが正面入り口のロビーである。そのロビーから中央廊下のファーブル達がいる位置まで約百メートルほどあるのだが、その距離すら超えるとんでもない圧迫感をファーブルは感じていた。
 案の定、振り向いた視線の先に、怪物じみた星体をまとった頑固親父がいた。
 ──何アレ!? あんな星体、正気で扱うモンじゃないわよ!? っていうか死ぬ気ぃ!?
 一目でわかる。アレはヤバイ。かなりヤバイ。どれぐらいヤバイかというと、麻薬と筋肉強化剤を常に注入しているよりもヤバイ。しかも、今なおその出力は止まるところを知らずに上昇を続けている。もしこのままあの状態が続くなら、ほどなくして高密度となった星体が視認できるようになるだろう。そうなったときにはもう手遅れだ。バトライザーは身も心も星体に飲み込まれて、核である『星石』を失ったが最後、塵すら残さず消滅することになる。
 だが逆に言えば、『星石』を失わない限り、O.B.Kメンバー以上の不死性を持つ正真正銘の化け物が誕生する、ということだ。
 そんな事態を見過ごすわけにはいかない。今ならまだ間に合うかもしれない。頭の悪いクソ親父と女癖の悪そうな天使がどうなろうと知ったことではないが、後々に厄介な状況を呼び込むぐらいなら、今の内に助けておいた方が絶対に得だろう。
「ってコラ! 無視すんな! つうか余裕だなテメエ!」
 後ろで赤毛の猿が喚いている。無防備に晒した背中をすぐに襲ってこない辺り、わりといい奴なのかもしれない。言ってる文句は多少むかつくが。
「──っと、ああん? ……って何だありゃ!?」
 遅ればせながら昂も気付いたらしい。目を剥いてコントさながらの声を上げる。状況が違えば、そのわざとらしいまでの反応がツボに入って笑い出していたかもしれない、とファーブルは頭の隅で思った。
 だが現在、状況は切迫している。馬鹿の相手をしている暇もツッコミを入れている余裕もない。
 邪魔しなければ。
 ファーブルと昂の見つめる先で、純がバトライザーの攻撃を紙一重でかわしながら急所に弾丸を撃ち込む。だがほとんど通用せず、しまいには天井に飛び上がって武器をごつい対戦車ライフルへと持ち変えた。
 ずどん、といった。
 普通なら貫けぬ物などない一発だったろう。対戦車用のライフルで、しかも如意宝珠による星体の弾丸を撃ち出したのだ。通常なら、それに耐えうる装甲の厚さやエネルギーシールドの出力係数など、いくら計算しても無駄のように思える。
 だが、今のバトライザーはまともじゃない。
 高密度の星体に包まれたその肉体は、灼熱する金属であり、凝縮された台風であり、人の形をした地震であり──とにかくものすごいエネルギーの塊だった。例えば、活動している火山の火口へ手榴弾を投げ入れてみよう。なるほど、人間ならば手榴弾一つで大量に殺すこともできるだろうが、大いなる自然の力の前では、その程度の爆発はそれこそ河童の屁だ。あっさり飲み込まれて、それで終わるだけ。
 案の定、必殺であるはずの純の射撃はバトライザーの体を貫通することができなかった。それでも多少のダメージはあったのか、数瞬、星体まみれの体が動きを止める。
 しかし、次の瞬間には右腕が振り上げられ、その掌から嫌な光が閃いた。
 ファーブルの心臓が跳ね上がる。
 一度は扱ったことすらある光だから、すぐに理解できた。
 ──ああ、あれは死んだな、確実に。
 ふとそう思ってしまうほど、鮮やかで強い光だった。
 わかりやすい光景だった。まるで交通事故にあって五メートル上空を飛んでいる人間を見たような気分。これはどうひいき目に見たって死ぬだろう、生きていたら異常だろう、と。
 だが交通事故の例えとは違って、まだ被害者は跳ねられていないし、加害者もその気になればハンドルを切ってよけるだけの余裕がある。
 純が消えたらバトライザーを止めるための戦力が減ってしまう。それはまずい。ファーブルにとって都合が良い展開は、バトライザーの次に天使が消えていくことだ。と言うより、せめてバトライザーを消すまで存命しておいてもらわなければ普通に困る。計算上、おそらく自分一人ではあの怪物を退治することは叶わないのだから。
 そんな狡猾な計算を本能的に行ったファーブルは、次の瞬間には無言のまま瞬間移動し、バトライザーの腕に蹴りを入れていた。
「でぇりゃぁあああああ──っ!」
 無我夢中だった。足裏を叩き込んだクソ親父の腕は冗談みたいに重かった。念動力で思いっきり強化したドロップキックでもほとんど動かなかった。
 ファーブルの阻止の一撃とほとんど同時に光──レーザーキャノンは発射されていた。
 念動力で加重・加速させた彗星のごとき両足蹴りで、ほんの少しだけバトライザーの腕がぶれた。
 空中の黒髪ポニーテイルから青い輝きが生まれ、いつかのバルーダー≠フごとく光線の軌道に修正がかかった。
 しかし、残念ながら足りなかった。
 天使の少年を完全に消滅させていただろう破滅の光は、奇跡的にも、超能力者の少女の手助けと、少年自身の異能をもって、本来ならあり得ない軌道をとった。幸運にも、直撃を回避する要因は二つもあった。だが、奇跡的に幸運であっても、奇跡には至らなかった。もう一つの要因が用意できればよかったが、そんな余裕などどこにもなかった。
 容赦なく突き進んだ閃光は、対戦車ライフルの形を取っていた如意宝珠ごと天使の左腕を喰い千切った。直径三メートルを超える光の柱へ飲み込まれたライフルと腕は、金属と肉の焼ける音を立てて消滅した。一瞬のことだった。
「──純ッ!」
 空気を切り裂くような昂の叫び。それが終わるのとほぼ同時に純は床に落ちた。流石の天使も片腕を失っては冷静でいられなかったらしい。バランスが崩れてしまった体を起こそうとしている姿はいつになく一生懸命で、ファーブルは哀れみを禁じ得なかった。
 だが、他人の心配をしている場合ではなかった。
 ぎろり、と音を立てたかと思うほど異様な動きで、バトライザーの瞳孔がファーブルに向いた。
「──ッ!?」
 おぞ気が全身に走る。ひ、と喉元までせり上がってきた声を必死に飲み込んだ。
 ひるむな、引くな、睨み合え──!
 自分に言い聞かせながら、ファーブルは念動力で自らを空中に固定した。ちょうどバトライザーの肩口に立つような形になり、彼女は見下すように視線を射る。
 睨み合う。
 バトライザーの瞳は凄まじいまでの輝きを放っていた。激情の渦だ。今にも体を破って飛び出していきそうな星体が、彼の両目から迸っているように見える。
「お前も俺の邪魔をするのか」
 獣が唸るような重低音。それだけでファーブルは心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚える。恐ろしい、と純粋に思う。意地を張るとか自分を誤魔化すとか、そういうことをしようと思わないほど、綺麗な恐怖だった。
 返り血にまみれた野獣を怒らせてしまったかのような、そんな危機感がファーブルの背中を汗だくにする。
 まずい、殺される──
 つい数秒前、純に対して感じたことが今度は自分にあてはめられた。竜の逆鱗に触れる、とはこのことだ。
 恐怖は一気に臨界点を突破し、恐慌を呼んだ。
「う……ぅああああああ────ッ!」
 昂を相手にしていたときよりも必死になった。体が生存本能に衝き動かされた。動くままに両手両足を振っていた。拳で、足で、肘で、膝で、武器になるところは全部使って念動力で強化した攻撃をバトライザーに叩き込んだ。
 手応えが全くない。超高性能な衝撃吸収素材を殴っているような感覚しかない。怖い。体が震え出すのを舌を噛んで堪える。
 如意宝珠を出した。昂を見習って大剣にした。大きく振りかぶって全力で叩き付けた。
「!」
 本気で斬りかかったのに。なのに、全然斬れない。
「ぁ……ぅあ……!」
 もう泣きそうだった。なんで自分がこんな化け物を相手にしているのか、もうそれすらわからなくなった。
 バトライザーはまだ何もしない。というより、こちらに体を向けてさえいない。されるがままファーブルの攻撃を受けている。蚊が刺すほどにも感じていない顔で。
「ぁ……ああああああ────ッッ!!」
 手を休めたらひねり殺される。そう思ってファーブルは大剣を振り続けた。何度も何度も斬りつけるが、返ってくるのは不気味な感触だけで、その度に心の中の大事な何かが削り取られていくような気がした。
 もう逃げた方がいいんじゃないのか。そう考えたが、背中を見せた途端に殺されそうで怖くて出来なかった。
 そろそろ誰か助けてよ、と近くにいる昂や純に期待するが、目の前のことに必死すぎて彼らが今どこで何をしているのかがわからない。
 冷静な判断も、鋭い思考も出来ない。目の前が真っ暗だった。わけがわからないままファーブルは無意味な行動を積み重ねていく。
 と、その時。
「テンッッッメェエエエエ────ッ!」
 闇を劈く声が威勢良く走った。バトライザー、というより目の前の恐怖の姿しか見えていなかったファーブルにはまさしく鬨の声だった。
 ぱっ、と周りの世界がひらけたように感じた。声が飛んできたのは右方向、バトライザーからすれば背後からだった。
 昂しかいなかった。
 ファーブルは初めて赤毛の猿に感謝の念を抱いた。
 表情を喜びに変えて目を向けた途端、視界のほとんどが赤い巨大な斬撃に覆われた。
 突如、ファーブルは体中に豪風が吹き付けるのを感じた。と、この時になってようやく自分に瞬間移動の能力があることを思い出した。
 慌てて転移する。
 そうすることでわかったのは、背後からの斬撃に対してバトライザーが竜巻のような勢いで振り返っていた、ということだった。いきなり吹いた強風は、バトライザーの並ではない速度による余波だったのだ。
 星体で強化された怪物には、同じ星体を詰め込んだ攻撃と言わんばかりに放たれた昂の一撃を、バトライザーは右の掌で受けた。
「──ぬぅん!」
 いや、正確には少し違う。掌ではなく、そこに発生している白い星体で受け止めている。おそらくレーザーキャノンに使用する星体の出力を抑えて放出しているのだ。
 にやり、と赤毛の天使と傭兵元帥が同時に似たような笑みを顔に浮かべた。
「サイボーグの反射神経も馬鹿にゃできねえな、おっさんよ!」
「礼を言うぞ貴様ら! おかげでこの体の使い方が段々わかってきている!」
 会話が少しも噛み合っていない。しかし、二人はどうやらそんなことなど気にしていないらしい。
「ぅおおおおおおぉっ!」
「ぬぉおおぉっ!」
 壮絶な打ち合いが始まった。
 片や少年は巨大な剣を枯れ枝か何かのような軽さで扱い、赤い破壊の星体をぶちまける。なるほど、あの攻撃ならバトライザーの非常識な防御力を突破することが出来るかもしれない。
 片や軍人はその巨躯を鋭い動きで、しかも正確無比に制御していた。あれだけの星体に体を浸されながらも、力に振り回されている感じがしない。完全に乗りこなしている。だが、昂の赤い攻撃に対して、同様に白い星体をまとった腕や足で防御しているということは、彼も危険を感じていると言うことだろう。
 激しく高速で打ち合いながら、二人が互いに力を高めていくのがわかる。
 『星石』をもつバトライザーならともかく、昂の星体の出力まで上がっていくのには合点がいかないが、そんなことを言っている場合ではなかった。比べて見れば昂の力は右腕から、バトライザーのは全身から噴き出している。単純に考えても、このままいけばバトライザーが押し勝つのは目に見えていた。
 助力するべきだ。
 落ち着きを取り戻した頭は、するべき事と、今自分に出来る事をすぐに導き出してくれる。
 やるべきことはただ一つ。
 自らの最大攻撃力をぶつけることだ。


 ──この状態で帰ったら、皆さん心配してくれるでしょうねぇ。
 腕を失った左半身をかばいながら、体を起こした純は、のんびりとそう思った。当然の話だが、激痛が全身を苛んでいる。脂汗も酷い。しかし純は激痛の感覚に慣れていた。いや、慣らされた、と言うべきか。かつて、意図的に痛覚を無視する事ができるように育てられたのだから。
 ──蒔さんか綾さんあたりなら手厚く看病してくれるでしょうか。ああ、でも綾さんは事情を知ったら間違いなく聖子さんに文句を言いに行くでしょうから、やめておいた方が良いかもしれません。
 体の半分は持って行かれることを覚悟していたので、左腕だけで済んだのは僥倖だ。と、純は自分の状態についてそう考えている。だが、如意宝珠を失ってしまった。後で麟に怒られなければならないだろう。こちらの不手際だ、謝るしかない。
 そんなことを頭に浮かべながら視線を向けると、あちらでは昂とバトライザーが熱い攻防戦を展開している。まあ、昂の攻撃力ならあの化け物じみた体を砕くことが出来るだろう。と、確信と言うより、決まり切った事実という風に純は思う。
 不意に、右隣にファーブルが現れた。瞬間移動で退避してきたのだろう。良い判断だ、と感心する。どうせあそこにいても巻き込まれて怪我をするか、運悪く死ぬかのどちらかしかないのだから。
 声をかけようとして、やめた。
 スパイの少女の両肩から、みなぎるほどのやる気を感じたのだ。
 ──まだ何かしようとしていますね、このお嬢さんは。
 こと女性のこととなると純はひどく寛容になる。そんな純の態度を麟などは「純殿のは優しさではなく過保護で、大らかなのではなく大雑把なのだ」などと言う。だが純は気にしない。何故なら女性が大好きだからだ。
 ──バルーダー≠出したお嬢さんです。今度は何をしてくれるんでしょうか。
 むしろ期待を込めた眼差しを向ける。自分はもう武器を失ってしまっているので大したことは出来ない。なら、この破天荒な少女に頼っても別にいいのではないだろうか、と思うのだ。
 そんな他力本願な視線を向けられているとは露も知らず、ファーブルは如意宝珠を取り出して構えた。
 再びバルーダー≠ゥ、あるいはそれ以上のものか。
 純がわくわくしながら待つ目の前で、ファーブルの如意宝珠が変化を始める。
 破壊音と共に十本の足が、杭の如く床に食い込んだ。この時点で純は、やはりバルーダー≠ゥ、と思う。確かに『目には目を、歯には歯を』という。現在のバトライザーの戦闘力に対抗しようと思えば、バルーダー≠ゥそれ以上の兵器しかない。最良としては、バトライザーが今も使用している『新兵器』を精製できれば良いのだろうが、流石にそれは不可能だろう。ならば次点としてバルーダー≠ェ選択されるのは自然というより、必然だろう。
 しかしファーブルの行動は、そんな純の予想を上回っていた。
 それはバルーダー≠ノよく似た形状を持つ、しかしそれ以上の武器だったのだ。
 十本の固定脚に鎮座する、かつて最強と謳われたレーザーキャノンを模した星体兵器。それだけならば、以前にもファーブルが出したバルーダーもどき≠ニほぼ同様だ。だが、あの時と大きく異なる部分がある。
 砲身が三本あるのだ。
 ──おやおや、これはこれは。連射式ですか。
 純は少女の発想力に恐れ入る。如意宝珠でバルーダー≠出せるぐらいだから余程の兵器マニアだとは思っていたが、まさかそれをさらに改良するとは。O.B.Kのメンバーではなく、軍の兵器開発部門にでも行った方が良かったのではないだろうか、と思う。
 まず一砲からバルーダー°奄フレーザーを発射し、その間に他の二砲でもエネルギーを充填。発射が終了した砲身はすぐさま冷却処置。次の砲がレーザーを発射する。つまり三本の砲身でローテーションを作り、連射する方式なのだ。
 よくぞ思いついたものだ。おそらくファーブルの頭蓋骨の中には、これの詳細な設計図が入っているのだろう。末恐ろしい才能である。
 ──では、そろそろ昂君を避難させないといけませんね。
 流石に昂でも、このネオ・バルーダー≠ニも言うべき兵器に撃たれては無事では済まないだろう。実際、純自身がこの通りだ。制服の防護結界だけでは絶対に防ぎきれない。極印を二段階目まで上げていれば話は別だが、それは聖子から禁止されているため、昂もそれは頭にないだろう。
「僕が昂君を引き離します。タイミングを見てトリガーを引いてください」
 ここに来て初めてファーブルに声をかける。びくっ、と肩を震わせてポニーテイルの少女が振り返った。
「あ、アンタ!? 大丈夫なの!?」
「見ての通りですよ。それで、よろしいですか? ひとまずここは共闘ということで」
「え……あ、う、うん!」
 腕を失ってなお微笑みをたたえる少年に、ファーブルは狼狽気味に頷く。彼女もわかっているのだ。今のバトライザーがどれほど危険な状態なのか。巫桜院蜜姫のことで諍っている場合ではないということを。
「では、いきます」
 純は右腕に意識を集中。極印操り人形≠発動させる。
 視界に昂をおさめ、力を行使。
 踊るように大剣を振り回している昂の周囲に干渉。激しい動きによって発生した慣性を操作。
 昂の体に生じている慣性を、横向きにシフトさせる。
「──うおっ!?」
 いきなり体の動きがおかしくなったことに驚きの声を上げる昂。その身が勢いよく、まるで磁石で引っ張られたかのようにこちらの方へ飛んでくる。
「をををををっ!?」
 以前に操り人形≠フ操作を受けたときは無理矢理にでも抵抗したものだが、今回は不意を突かれたこともあったのだろう。ろくな反応も出来ずに昂は体勢を崩し、純の足下にごろごろと転がった。
「!? 純テメエッ! いきなり何しやがる!」
「すみません。ではファーブルさんどうぞ」
 おいコラ謝ってねえでちゃんと説明しろ、という昂の台詞にかぶってファーブルが叫ぶ。
「っけぇ──────────────────ッッッ!!」
 トリガーを引いた。


 まず結論から言おう。
 ファーブルのネオ・バルーダー≠ヘバトライザーのフッフール≠ニの勝負に負けた。
 ネオ・バルーダー≠ヘ砕け、ファーブルは右肩と右腕と右胸と右腹と右足とを失った。
 理由は簡単だ。バトライザーは両手からレーザーキャノンを発射したのだ。
 単純に威力二倍。
 一発ずつしか撃てないネオ・バルーダー≠ヘ、二発同時に発射できるフッフール≠ノ敗れる他なかった。
 また、バルーダー°奄フエネルギー同士がぶつかり合うことによって生じた影響は並大抵のものではなかった。
 極太の光線は激突によって様々な方向へ散らばり、何もかもを無差別に破壊した。
 当然ながら、四人がいた元帥府北棟はあっさり崩壊した。まるで火口の溶岩に落とされたアイスのようだった、という目撃談があるほど、それはそれは哀れな光景だったという。
 北棟は足下から幾条もの閃光を噴き出し、爆発し、崩れ落ちていった。
 元帥府ビルに続いて、二つ目のビルの崩壊だ。もはやヴァイツェンの国民も黙ってはいない。軍人のみならず、野次馬、マスコミ関係者などが元帥府地区を埋め尽くす事態へと発展し、無論、全ての状況は全世界に向けて放送された。
 これによりヴァイツェンの世論は劇的な動きを見せ、ウィルフレッド=アレッキノ首相とアレックス=バトライザー元帥の責任を追及する声はいやが上にも高まった。
 誰もが責任を負う者を見つけよう、槍玉にあげようと必死になっていた。
 愚かしいことに。
 少し頭を使えばわかることである。元帥府周辺こそが今、ヴァイツェンで最も危険な地域であることぐらいは。巨大な建造物が崩れ、軍が迷走している中、自分たちだけは安全で、どんな事件であろうとも、怪我をしたり死亡したりすることがないと考えていたのだろうか。
 知る権利、報道の自由という益体もないものを掲げて元帥府地区へ集まってきた人々は、不幸なことにそう思っていたようだった。彼らにとっては、自身の正義こそが絶対であり、それは神や仏などと呼ばれる存在から、多大なる加護を受けているものと勘違いしているようであった。
 命を賭けたその行動は、確かにある一面から見れば実に崇高なものだったであろう。
 だが、結果として彼らは巻き込まれる。
 事態は、元帥府ビルと、その北棟が崩壊するだけでは終わらなかったのだ。
 既に多くの軍人が死んでいた。
 今度は、多くの民間人が死ぬ番だったのである。




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