≪機関長の期待と二匹の天使≫



『見てください、この惨状を! これは一体どういうことなのでしょうか? 我が国ヴァイツェンに一体何が起こったというのでしょうか? ただ事ではありません、これはただ事ではありません! 軍の中枢である元帥府がテロを受けているのです! 繰り返しになりますがもう一度この映像をご覧下さい──』
 スクリーンの中で身なりの良いヴァイツェン人のレポーターが滑舌良く喋っている。とにかく大事件であると、それのみを伝えようとして必死になっているのがわかる。その背後では、遠く粉塵が山のように膨らんでおり、至る所に瓦礫が転がっているのが見て取れる。救急車両に緊急車両、また他放送局のスタッフなどが忙しく走り回っている。
 細村は唖然とする他に術を知らなかった。
 ぽかんと口を半ばまで開いたまま。そんな細村の顔がおかしいのか、聖子はくっくっくっと笑っている。
 画面の向こうは大騒ぎだった。
 どこのチャンネルに合わせても特別報道番組が組まれ、ヴァイツェン元帥府ビルの崩壊跡と、その北棟の崩れ落ちていく映像とが何度も繰り返し流されている。
 何も知らない人間が見てもそれはショッキングな映像で、歴史に残ることは確実であろう大事件だった。
 元帥府ビルの跡地では、軍関係者が瓦礫を除去して救助活動を行う様子が、上空から撮られている。もちろん直接的な映像はなく、怪我人は映れど死体は極力見せないように取り計らわれていた。
 元帥府・北棟が崩れ落ちる映像。足下から光が迸り、爆発が起こる。まるで砂の楼閣が消えていくかのようだった。現実を写し取ったものだというのに、どうしようもないほどの非現実さを感じる。
「…………」
 細村は言葉もない。
 耳に、スクリーンをつける前に聴いた聖子の言葉が蘇る。
 ──いずれおもしろいものが映る。
 ──天使か、あるいは悪魔だな。
 ──わかっていることはただ一つ。あの四つの極印を持ち、自在に扱える者は、天使あるいは悪魔と呼ばれる怪物だと言うことだ。
 ──だから私は期待している。私の計算が正しければ、そろそろとてもおもしろい事が起こるのだよ。とてつもなく愉快な出来事がな。
「…………」
 聖子はこうなることがわかっていたのだろうか。このこともとっくに予想済み──いや、それとも輪廻歴史から得た知識で知っていたのだろうか。
 正直、悪夢だ。細村には悪夢としか思えない。すごい。すごすぎる。本当に本気だったのだ、この人は。こんな大事件を前にしながら、自分の驚いた顔を見て普通に笑っているのだから。
 ニュースでは衝撃的な映像を繰り返しながら、こうなった原因の推測や、この事件に対する各機関の対応、政治的な意味などを語っている。どうやらまだ民間的にはほとんど何もわかっていない状態らしい。『龍日の天使』の『り』の字も『て』の字も出てこないあたり、そこらの可能性は現時点では全く考慮されていないようだ。安堵する反面、所詮それも時間の問題だともわかる。
 ──これが愉快なこと? あの四人が実は天使か悪魔かのどちらかだ? ふざけている。
「というか、完全に悪魔ではありませんか……!」
 砂を噛みしめたかのような苦い声を絞り出す。
 聖子は笑いを堪えながら、
「まぁそう言うな、ホサ村。せっかくの可笑しい顔が台無しだぞ」
「台無しで結構です。それより、これは一体どういうことなんですか!? あの四人がこれをやったと!?」
 細村は立ち上り大仰な動きで訴えたいところを、ぐっ、と我慢して、抗議するように叫んだ。彼は聖子のように冷静ではいられない。このようなことは無茶苦茶だとしか思えないのだ。
 自分が今回のことを言及し、そして聖子の秘された計画を聴いている間にこんなことになっていたなんて。
 報道番組では、すでに事件はテロ絡みと予測されている。それもあながち間違いではない。龍日の天使とは、他国から見ればテロ活動のスペシャリストという見方もあるのだから。
 とはいえ、
「アンドロイド一体取り戻すのにどうしてここまでしなければいけないんですか! あの四人はバカですかッ!」
「私に怒鳴られても困る」
 はっはっはっ、と笑いながら、相変わらず気楽に聖子は応じる。珍しいことに、えらく上機嫌だった。余程この事態が楽しいらしい。
 逆に細村は、どうしても愉快な気分にはなれなかった。それは彼の思考パターンが、聖子のそれとは大きく異なっているためだろう。
 彼は『元帥府壊滅』という事態を『結果』としてではなく、『目的』として捉えているのだ。
 細村は、まさか昂と純がO.B.Kのスパイと一緒に、新兵器を装備したヴァイツェン元帥アレックス=バトライザーと闘っているとは、夢にも思わない。知る由もない。だから、昂達にとっては『元帥府壊滅』は戦闘の影響によって生じた『結果』でしかないのだが、細村にとっては、『元帥府壊滅』という『結果』を先に知ってしまい、それまでの経過を知る術がないため、『何かしらの思惑があって元帥府を潰したのだろうか。だがその目的とはいったい何なのだろうか?』となってしまうのだ。そのような思考手順を踏んでいるからこそ、何故昂達が元帥府を破壊してしまったのか、細村にはその理由がさっぱり理解できないのである。
 無論聖子は、そんな細村より遙かに鋭い知性の持ち主だ。彼女は意地悪っぽい笑みを口元に閃かせて、
「どうしてここまでしなければいけないのか、か……わからんか細村?」
「何がでしょうか」
「たまたまに決まっているだろう。たまたま。あんなビルを一つや二つぶっ壊したところで何がどうなるというのだ」
 一国の元帥府を『あんなビル』呼ばわりするとは。もはや、スケールが違う、などというレベルではない。
「イカれている……!」
「笑顔で聞くが、今何か不穏当なことを言ったかね?」
「し、失礼致しました! 申し訳ありませんッ!」
 違う意味で全身から一斉に冷や汗が噴き出した。本当に菩薩のごとく柔和に微笑む聖子は、想像を絶するほど恐ろしいものだった。細村は頭を低くして、取り出したハンカチで首元の汗を拭う。
「し、しかし……たまたま、と言われましても……一体何がどうなれば、あんな事になるというのですか」
 細村にはそれが全くわからない。彼らは巫桜院蜜姫の救出を目的にヴァイツェンへ向かったはずだ。私見だが、少なくとも破壊活動を行う必要は全く感じない。特にそれが相手国の元帥府への攻撃となると、完全に論外だ。たまたまや偶然で軍の中枢に壊滅的なダメージを与えられては、国の方だってたまらないだろう。
 このように細村が考えるのもまた、蜜姫から抜き取られた星石がバトライザーの手にあるのかもしれない、という想像ができないからだ。しかも、その星石を用いた新兵器をバトライザーが装備している──などとは、天地がひっくり返っても思いつきはしないだろう。だが、彼の想像力が余人に比べて欠落しているとは言えまい。龍日にいながら現在の状況を正確に把握、あるいは推測することができるのは、それこそ誇大妄想狂の類でしかないのだから。
 聖子は、ふっ、と息をつき、
「細かいことは私にもわからん。だが」
「だが?」
「ビルの一つや二つが崩落する程度のことがあったのは確かだろう。まずはレベルの確認。これは初歩中の初歩だよ、ホサ村」
「驚くに十分なレベルだと思うのですが」
「無論、私も驚いているよ? 君は私をなんだと思っているのかね?」
「あちらの国の元帥府を『あんなビルの一つや二つ』と言ってのける程度には。そうでしょう?」
 聖子は開いた両手を胸の高さまで上げて、わざとらしく、
「わあ驚いた」
「…………」
 それから腕を組み、足を組み直し、視線を逸らして、
「ま、こんな感じだ」
「軽すぎですよ機関長!」
 しれっと言う聖子に、細村は思わず声を上げていた。
「この際ですからはっきり言いますが、機関長の基準は──個性的すぎます!」
「はっきり言うと宣言しておきながら『個性的すぎる』とは、これまた随分と腰の引けた言い方だな」
「他にどう言えと仰るのですか」
 聖子は笑い、まぁ落ち着け、と手の動きで細村を制してから、
「もう少し詳しく私の見解を述べよう。個人的には実に愉快な展開なのだ。何故だかわかるかね?」
 私の見解を述べよう、と言った次の瞬間に、わかるかね、と聞かれても困る。細村は返す言葉で一刀両断した。
「わかりません。しかし機関長が上機嫌なのはわかります」
 その返答に聖子は楽しそうに、ふふっ、と笑う。
「まぁそう刺々しくするな、ホサ村。実はな、今起こっている事件は輪廻歴史にはないことなのだ。私が喜ぶのもわかる話だろう? 今この瞬間、因果が崩れ始めているのだよ」
 なるほどそれはすごい、と細村は心中で感嘆する。つまり現時点で既に輪廻歴史は狂ってしまったのか、と。
 だが正直、複雑な気分ではある。聖子の喜色満面の表情を見れば、確かに凄いことなのだろうと思うのだが、どうにも実感がついてこない。
「因果が、ですか」
 窺うように、確かめるように呟いた言葉に聖子が頷く。
「そうだ。君は先程、あの四人がヴァイツェンの元帥府を破壊したようなことを言っていたが、実際には奴らがやったのか、はたまた別の要因だったのかは、私たちには知りようがない。しかし、ただ一つだけ、わかることがある。それはとても簡単で、単純な因果だ」
「……それは?」
「あの四人をヴァイツェンに送ったら元帥府が壊滅した──非常に分かり易い原因と結果だろう?」
 要約しすぎだろう、と思ったが口には出さなかった。もはや何をどう指摘しようとも、この女性は自説を決して曲げないのだから。徒労はしないに限る。
 だがそんな細村の表情に気付いたのか、聖子は補足するように、
「経過などどうでも良いのだよ、ホサ村。要は結果だ。手持ちのカードを切り、望外の結果が出た。これぞベストな展開だ。そうだろう?」
「はっきり申し上げますと、極論だと思うのですが」
「極論すれば本質が明らかになる。実際問題、原因と結果に因果関係があるとわかっていれば一般人には十分なのだよ。細かいところを覚えておくのは学者の仕事だ。それとも君は学者かね? 私は学者を補佐役につけた覚えはないが」
「学者に補佐役をつけた覚えはあるが、とでも言いたいのですか?」
 細村はこう見えても、麟を除けば、スウェーデンボルグでは最多の博士号の持ち主である。当然、聖子もそのことを承知している。
 細村の反応が思ったとおりで嬉しかったのか、聖子は楽しげに笑いながら、
「おっと、これはすまんね。君が優秀な学者であることをすっかり忘れていたよ。なにせこのところ、私の補佐しかしていなかったようだから」
 細村はこれ見よがしに深く大きな溜息を吐いた。
「私の仕事は機関長のブレインです。……なにせ機関長の器が大きすぎるので、私が細かいところをフォローしなければいけないんですよ」
 珍しく皮肉った言い方をする細村に、おやおや、と聖子は愉快げだ。
「では、そのブレインに少し働いてもらおうかね? これから私が話すことをもれなく理解したまえ。私の魂胆を少しばかり教えてやろう」
 そう言って聖子はスクリーンに目を移す。その動きの鋭さに、細村も応えて居住まいを正した。
 スクリーンにはもう何度目かわからない、ヴァイツェン元帥府・北棟の崩落していく様子が映っていた。巨大な建造物の足下から目映い閃光が、地上から天へと昇る稲妻の如く迸る。その輝きを眼鏡のレンズに反射させ、
「あの光こそが、おそらくアレックス=バトライザーの開発した新兵器だろう。コードネームはフッフール=B星石を動力源とした、あのバルーダー≠超える決戦兵器だそうだ。対カーネルを念頭に開発され、近接戦闘、遠隔戦闘、集団戦闘のどれでも威力を発揮するらしいが、正直な話、現段階で全ての仕様を満たしているとは思えん」
 聖子の説明を受け取った細村は、それを脳内で咀嚼する。何故、聖子がヴァイツェンの新兵器についての知識があるのか。それはきっとアレックス=バトライザーから聞いていたからであろう。間違いない。だが、彼女は『おそらく』『だろう』という言葉を使っている。となると、設計図あるいは仕様書などの情報はあったが、開発段階までは知らされなかったということだろうか。
「とすると──新兵器フッフール≠フ暴走という可能性がある、ということでしょうか?」
 冷静に考えてみれば、たとえあの四人が元帥府・北棟へ乗り込んで戦闘になったのだとしても、バトライザーが自らの意志で建造物を破壊してしまうような攻撃を発するとは考えにくい。仮にも元帥だ。それぐらいの節度がなければ話にならないだろう。
「その可能性はあるな。バトライザーが使用したのか、はたまた我々の四人組の誰かが誤作動させたのか。少なくとも『まともな結果』ではないな。実はそれなりに期待していたのだが……残念だよ」
「期待していた?」
 一体何に対する期待だろうか、フッフール≠ノだろうか、それともあの四人だろうか。オウム返しにした疑問に、聖子が退屈げに応える。
「いやなに。カーネルを倒すと豪語していたわりには、ちっぽけな光だと思ってな」
「ちっぽけ、ですか」
 高層ビルを破壊する光を指してよく言えるものだ。フッフール≠ニいう未明の新兵器にどれほどの期待を抱いていたのやら、と細村は呆れるしかない。
「まあ、試してみなければわからんか。アレックス=バトライザーが馬鹿でなければ、あの四人を避けるか返り討ちにしてO.B.Kへ乗り込んでくれるだろう。それでカーネルを消滅させられたのならそれもまた一興だ。輪廻歴史はほぼ完璧に崩れて、私としても愉快な話になる」
「逆に出来なければ、それもまた一興ですか?」
 細村の質問と言うより確認に、聖子は不敵に笑う。
「その通り。わかってきたな、ホサ村。そもそも私があの男を焚き付けたのは、新兵器を開発させ、カーネルにぶつけるためだ。そのために巫桜院蜜姫を紹介した。あの四人は今頃アンドロイドを取り戻すために頑張っているのだろうが、実際の所、その任務は成功しようが失敗しようがどうでもいいのだ。私の魂胆は世界の混乱、輪廻歴史の崩壊なのだ。その結果、カーネルが消えようがバトライザーが自滅しようがあの四人が死のうが、それは些末なことなのだよ。無論、私や君も含めてな」
「……!」
 この時、細村の内に生じたのは、『ぞっとした』という表現が生易しく感じられるほど強烈な恐怖だった。
 恐ろしさだけで心臓が止まるかと思った。
 もし魔王なるものが存在するとして、それを初めて見た者はこんな気持ちになるのだろうか。細村は全身から噴き出す汗を感じながら、そう思う。
 底知れぬ未知に対する恐怖。
 世界を、歴史を、そして自分自身すらもいとわぬその思想は。
 まるで、周囲全てを巻き込む自殺志願者のようにも見える。
 そこには躊躇いも戸惑いも狼狽えもない。それを理解することなど到底出来ない。
 細村は、目の前に座っている存在が何なのか、うまく説明することが出来ない。
 強いて例えるなら、そう、一発で世界を滅ぼす爆弾を抱えて嬉しそうに笑っているような、そんな危うい雰囲気そのもの。恐れることなく、むしろ喜んでその爆弾のボタンを押すだろうと、あっさり確信できるのが彼女の個性。
 もし本当にそんな爆弾があるのなら、彼女は、彼女だったら──片桐聖子なら、茶菓子を口に入れるような気軽さで押すだろう。断言できる。彼女は押す。そういう存在、と言うか、そういう生き物なのだ。
 恐ろしい。
 死ねと言ったら死ね、そう言われて自分は承諾した。だがそれは、間違っていたのではないだろうか、と今更ながら思う。彼女は自分の命を『有効に利用』するのではなく、冗談抜きで『使い捨てる』のではないだろうか。そんな不安が押し寄せてくる。
 彼女にとっては自身の命すら駒の一つなのだ。切り札の一枚ではあるだろうが、それでも場合によっては切るカードでしかないのだ。
 いつでも全てをかなぐり捨てる準備ができている、むしろその瞬間を今か今かと待ち望んでいる──そんな危うさを感じる。
 様々な事を深く複雑に考えているように見えて、実は根本的なところでは何も考えていないのではないのだろうか。そんな疑念すら起こる。
 おそらく片桐聖子の精神においては、例え自身の命であろうと、そこらの草むらに潜む一寸の虫の命であろうと、等しく価値を持つのだろう。総じて無価値というわけではない。そうであれば彼女は輪廻歴史を狂わせようなどと行動を起こすはずがない。だが一寸の虫にも五分の魂とでもいうのだろうか、虫を簡単に踏みつぶせるのなら、同様に周りの全てを虫けらのように蹂躙するのも簡単なのだ。全てが虫けら同然という、いびつな価値観。
 理解などできるはずがない。
 脊柱に氷柱を差し込まれたような、凄まじいおぞ気が細村を包んでいる。全身の骨が鉛に変わってしまったかのように、体が重く、硬直している。胸の中央が痛くて、息苦しい。喉が渇いているのに、何かを飲みたいとは全く思わない。
「怖いか、細村。この私が」
「!?」
 見透かされている。いや、当たり前だろう。我ながら、今の自分の挙動は明らかに不審なのだから。
「まあ君の誤解をとくことになるかどうかはわからんが、一応言っておこう。私は別に破滅願望を持っているわけではないぞ? もちろん、あの四人が無事に帰って来るに越したことはないし、私や君が安全でいるのはとても望ましいことだと思っている。ただまあ、最悪それでもかまわない、というだけだ。全てがベストに展開するなら、それはとても楽しいことだからな。度が過ぎれば退屈になるだろうが」
「…………」
 細村は答えられない。聖子の言葉に安堵してもいいのかどうかすら、判断が付かない。目の前にいる女性はいまだ『よくわからない存在』だった。ああは言っているが、信用していいものかどうか。
 ──いけない、今の自分はちょっとおかしい。精神が混乱している。片桐機関長を疑うなどあってはならないことだ。落ち着かなければいけない。
「……申し訳ありません。少し、気分が……」
 力のない細村の声に、聖子は、やれやれ、と肩をすくめて、
「やわな男だね君は。もっとタフになってもらわねば困る。そう、例えば『私がいる限り機関長が命を落とすような状況になりません。この私が補佐についているのですから、そのようなことはあり得ません』──などと言えるぐらいには、な」
 細村はその台詞から、聖子が自分に対して抱いているであろう感情を、垣間見たような気がした。自然と、胸の内に安心が満ちていく。きっとこんな風に言ってくれるぐらいには、自分は信頼されているのだ、と。
「……努力いたします」
 大きく息を吸い、吐く。呼吸を整え、思考を冴えさせていく。
 だが、先程抱いた疑念は忘れずに後々考え直そう、と細村は思う。もう聖子を疑うわけでも、その真意を確かめるわけでもなく、ただひたすらに疑問を考え、検証し、自分なりの答えを出さなければいけないと思うのだ。そうでなければ、きっとこの女性についていく資格は、ない。
 自分だけは片桐聖子の理解者でなくてはいけないのだから。
「さて、落ち着いたかなホサ村? そんな君にちょっと気付いて欲しいことがあるのだが」
「はい、何でしょうか」
「君は先程、何故アンドロイドを取り戻すのにビルを一つも二つも潰さなければならんのか、などと言っていたな。そろそろ、その理由もわかるだろう?」
 言われ、細村はしばし沈思する。
「……なるほど」
 導き出した結論に、細村はそう唸るしかない。
 ヴァイツェンの新兵器フッフール≠ヘ『星石』を動力源とする。同様に、アトレイユタイプのアンドロイドも『星石』を動力源とする。
 となれば答えは簡単だ。
「フッフール≠ゥら『星石』を取り戻すために戦闘が起こっているのですね? だからあのような事態に」
 言いながらスクリーンに視線をやる。他に映像資料がないのか、懲りずに何度も同じ映像を流しながら、コメントと説明を続けるニュース番組が映っている。だが、細村が目を向けるのを待っていたかのように、出し抜けに画面から異様な緊張感が溢れ出た。
 元帥府地区にいるレポーターにカメラが回る。
『き、緊急情報です! ようやく崩落がおさまった北棟で! 北棟で何かが起こっています! 音が聞こえます! ドドドドあるいはゴゴゴゴという重苦しい音です! え、せ、戦闘? 嘘、マジで? ──せ、戦闘です! 何者かが崩落した北棟の付近で戦闘を行っているようです! ──ってちょっと映像まだなの!? ヘリの奴なにやってんのよ!』
 生放送のためか音声の切り忘れがある。レポーターの素顔が丸出しだった。
 突然、前触れもなく映像が切り替わる。
『こちらヘリ! 北棟上空ですが、粉塵のため詳しい状況はこちらでもわかりません! 見てください凄まじい煙です! ですが光の中で煙、じゃない、煙の中で光が瞬いているのが見えます! まるで雷雲のようです! 一体何が起こ』
 映像と音声がいきなりぶった切られ、画面は白黒のノイズに支配された。数秒遅れて、再びカメラが現場周辺へと戻されるが、
『ちょっ、嘘!? ヘリ落とされたの!? 攻撃を受けたって──嘘ッ!?』
 カメラが回っていることにも気付かずに、レポーターは緊迫した声を近くの同僚にかける。本物の緊急事態だ。流石にスタジオからも指示が飛ぶ。
『あ、危ないですよ! 避難、避難した方がいいんじゃないですか!?』
 レポーターは聞いちゃいない。と言うよりも、折り悪くヘリの墜落した爆音が響いたので掻き消されてしまったのだ。
『なんでヘリが落ちたのよ! 情報は!? ねえ情報はないの!?』
 至る所で悲鳴が上がり始め、周囲の人々が一斉に走り出した。大騒ぎだ。テレビ局のヘリを撃墜した何かが、今度はこちらを襲うかもしれない。そんな恐怖に駆られた連中が蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めたのだ。
『ちょ、ちょっと! やばい、ヤバイって! 逃げよ! ウチらも早く逃げなきゃ──!』
 再び轟音が響いた。カメラマンの全身が震えるほどの音だったのだろう。画面がぶるぶると震えている。現場はもはや収集のつかない状況に陥った。誰もが放送中であることを忘れ、見栄と虚飾をかなぐり捨て本性を露わにしていた。邪魔だ、どけ、早く、逃げよう、危ない、やばい、何やってんだ──ドラマでもなければテレビで聞くことはないだろう言葉が飛び交う。
 画面が大きく揺れ、衝撃のためかノイズが走る。横倒しになってようやく止まった画面は、そのままぴくりとも動かない。カメラマンが転倒したのか、あるいはカメラを投げ捨てたのか。
 電源が入ったままのカメラは無情に映像を流し続ける。番組側のスタッフも混乱しているのだろう。映像は切り替わることなく、そのまま放置された。ちょうどよく北棟へ向く形となったカメラは、静かに状況を映し続ける。
 積乱雲のごとく立ち上る灰色の粉塵。その中で、赤や青、白や金の閃光が幾度も瞬いている。
「機関長」
 鋭い口調と動作で細村は聖子に向き直る。指示だ。指示が欲しい。ここまで来たら座して待っていることなどできない。龍日からでもヴァイツェンにいる四人のために出来ることはあるはずだ。
 聖子もまた、スクリーンを眼鏡越しに見つめていた。
 実に嬉しそうに。
「……来るぞ、細村。もう少しだ」
「は?」
 指示を期待していた細村は、意味不明な聖子の台詞に呆気にとられる。
 来る? もう少し? 何の話だろうか。
 相変わらずこの女性は、自分の知らないことで勝手に納得して満足してしまう癖がある。
「そろそろだ。フッフール≠ェ本当にカーネルを打倒するほどの兵器なら、出るはずだ」
「出る……? 何がですか?」
 聖子の瞳はスクリーンに釘付けだ。細村の質問にも振り返ろうとはしない。
 だが、質問には答えた。珍しく熱に浮かれたような声で。
「天使だ」
 その時だった。
 強烈な光が爆発的に画面を覆い尽くしたのは。
「!?」
 そして細村は見る。
 画面を埋め尽くしていた光を押しのけ、現れた赤と青の輝きを。


 時は少し遡る。

 フッフール≠ニネオ・バルーダー≠フ衝突によって発生した衝撃波が、元帥府・北棟を崩壊へと導いている最中。
 天使見習い二人と、O.B.Kのスパイと、ヴァイツェン元帥との戦闘は、まだ続いていた。
 巨大な建造物が、乾いた粘土で作った置物のようにあっけなく崩れ落ちていく、そのすぐ傍。瓦礫の雨が降る足下で。
 ネオ・バルーダー≠ェ砕け散り、激突に勝利したフッフール≠フレーザーが、ファーブルの右半身をあっさり消滅させた。人間の体が、小さな焚き火にバケツの水をぶっかけたぐらいの簡単さで、蒸発した。
 だが建物の外にまで吹き飛ぶ彼女は今、ホットラインでカーネルと繋がっていた。即座に再生能力が本領を発揮し、半減した肉体の補修にかかる。治る、というより、生えるような動きでファーブルの体は常識外れの治癒力を見せた。半分を喪失した体の断面から骨や神経や血管が生え、その隙間を埋めるように筋肉や脂肪が膨張していく。まるでアメーバのように半身をうごめかせながら、ファーブルは外の地面に転がった。それを途中で止める壁はとっくに砕け散っていた。
 二人の天使見習い、昂と純はそれを横目に見ながら何もすることが出来なかった。破壊的なエネルギーが氾濫する真っ直中では、自分の身を守るのが精一杯だったのだ。ましてや純は左腕を失っている。不幸中の幸いは彼女の全身が蒸発しなかったことだ、と二人は同時に考えていた。まだ戦力として期待できる、と。
 バトライザーは執拗だった。一発だけでは飽きたらず、『星石』の力に任せてレーザーキャノンを連発してきた。だが今や純の操り人形≠ヘ全開で駆動している。彼の金色の視線がある限り、少なくとも直撃することはない。群れをなして襲いかかってくる白色の光竜は全て軌道をねじ曲げられ、天へと昇っていく。そのたびにコンクリートの建物は身を削られ、少年達も否応なく崩落していく北棟から撤退しなければならなかった。
 いつしか連続でくる全てのレーザーに純一人では対抗しきれず、昂も魔神の右手≠ナレーザーを【殴る】という荒技に出た。拳で無理矢理レーザーを弾き飛ばすたび、凄まじい反動で昂の体は玩具か何かのように吹っ飛ぶ。だがすぐに空中で体勢を整え着地し、再び迫り来るレーザーを【殴る】のだ。
 地面に倒れながら肉体の再生に専心するファーブルも、その光景には度肝を抜かれていた。レーザーはそれこそ光の速さで飛んでくる。それを殴るなど、一体どんな目をしているのだ、と。それこそバトライザーの動きを見切り、レーザーの来るタイミングを予測して動くしかない。だが、それはもはや見切りとも予測とも呼べない。
 先読みを超えた予知だ。
 冗談じゃない。いや、確かに前代未聞ではないだろう。前例があることには、ある。歴史上、光を斬ったという剣士が三人いたことをファーブルは知っている。O.B.Kのメンバーでもないのに、先読みを超えた予知を可能とする人種が存在することを、理解はしている。だが。
 ──そんなの剣聖って呼ばれる化け物だけよ……!
 有り得ないことだった。しかし現実は目の前にあった。信じ難いが、あの少年は確かにバトライザーの放つ極太の光線を【殴り】飛ばしながら、しかも隙を見て間合いを詰めようとしているのだ。
 ──天使と言うよりも、あれは修羅だ。鬼だ。怪物だ。
 ファーブルは心中で毒づいた。そして肉体の再生を進めつつ意識を集中してテレパスを発動。カーネルに新しい服の転送を願う。このままでは体の右半分が露わになっていて、恥ずかしくてまともに動けない。
 とうとう北棟の崩壊が本格的に始まった。限界を超えた基部が砕け、足下から地面に沈むように崩れ落ちていく。音と振動を無視すれば、それは中身のない雪像が壊れていく様にも似ていた。天に向かってそびえていたものが、砕けながら落ちていく。尋常でない量の粉塵が怒濤のように発生するが、まるでそこに見えない壁があるかのように、ファーブル達の周辺を避けて流れていく。ファーブル自身の念動力による結果だ。昂との戦闘中にも行ったように、風を起こして塵煙を退けているのだ。また、瓦礫に埋もれてしまわぬように大雑把な障壁を張ったが、どうやら黒髪ポニーテイルの天使も同様に考えていたらしく、自分以外の力が瓦礫や猛煙を防いでいるのがわかった。
 そんな中、昂の怒声が飛んだ。
「純ッ! キリがねえ! 段階上げっぞ!」
 激しく動きながらの台詞だ。鋭い語調に、しかし純はのんびりとした口調で返す。
「確かに上げた方が良さそうですけれど……怒られませんかね?」
 それでいながら少年の金の瞳は真摯にバトライザーを見据えている。瞬き一つ許されない緊張感がある。視線を少しでも逸らせば彼の極印は機能せず、超高熱の力が瞬時に少年と少女を飲み込むだろう。
「ンなこと言ってる場合かっつうんだよ!」
 叩き返すように言う昂に、純は口元をくっと吊り上げる。
「それもそうですね」
 言った途端、彼の全身から青い光が迸った。現在のバトライザーほどではないが、それでも常人が扱うには非常識な量の星体だ。そんなサファイアを思わせる輝きの中で、より強く光を放つのは当然、右腕である。
 右手の甲から腕にかけて、青のワイヤーフレームで描かれているのは『糸巻き』の記号と『操作』の意味を持つ文字列だ。
 それに変化が起きた。
 記号と文字列が生きているかのごとく動き出したのだ。広がり、伸張し、増殖する。全体的に極印そのものが膨張していく。線の数が増え、それぞれの太さが増していく。厚みを増し、唸りが加えられ、上下の起伏も出てくる。平面でしかなかった操り人形≠フ象徴が成長するように立体的になっていく。
 左腕を失った肩を庇うように抱いていた右腕が、すっと前へ差し出された。
「極印操り人形¢謫段階へ移行します」
 誰に宣誓するでもなく、そう呟く。
 右腕全体をよろう青い光線が描いていたのは、二対の翼だった。空に向けて一対、地に向けてもう一対の翼が広がっている。正面から見ると、四枚の翼が純の右腕を中心として『×』の字を描いているように見えるだろう。
 それだけではない。二対の翼の中心にある複雑な幾何学紋様から、十二本の細い糸のような光線が全方向へ飛び出す。それは勢いよくその身を伸ばし、一斉に宙を駆ける。光が飛ぶように直線的に、鏡に反射するように鋭角的に方角を変えながら。勢いは矢の如く、銃弾の如く、稲妻の如く。
 自動追尾ミサイルのような歪な軌跡を描きながら、十二本の青の光糸がバトライザーへ殺到した。
「!?」
 腰を落として両腕からフッフール≠連射していたバトライザーも、ようやく黒髪の少年の異変に気付き、訝しげに顔をしかめる。だがそれに対応する動きをとるよりも早く、光の糸がバトライザーを取り囲み、周囲の空間を三メートル四方の立方体に切り取った。
 ふと、純の表情から笑みが消えた。
「狂わせなさい。──踊る人形=v
 バトライザーを閉じこめるような形をとった十二本の光糸に力が宿る。根本である純の右腕から濃密な星体が流れ込んだのだ。全ての光糸が蛍光灯のような淡い輝きを放つ。
 その瞬間、バトライザーの体が何の前触れもなく、ふわり、と浮き上がった。途端に彼の体勢は大きく崩れ、フッフール≠フ掃射も一時途絶える。
「──!?」
 驚愕の表情。今、バトライザーの中では劇的な変化が起きていた。目の前の天地が逆転し、先程までは上だった方向へ落ちていくような感覚が、彼に襲いかかっていた。
 それもそのはず。極印操り人形≠フ第二段階踊る人形≠ヘ慣性のみならず、重力のベクトルと、その加速度をも操る機能を持つ。正確には、限定された一定の空間内の時空を歪ませ、自由自在に操り変形させることが出来るのだ。
 錯覚ではなくバトライザーは今、頭上に向かって【落ちて】いるのだった。それも従来の重力加速度より十倍以上の速さで。
 踊る人形≠フ効果範囲は見た目通り、光糸で確保した領域のみ。だが一度与えられた慣性力を無くす術をバトライザーは持っていない。放たれた矢のように上昇し、三半規管が狂っているためろくな対処も出来ず、無様な格好で落ちてきた瓦礫の群と激突した。
 石の割れるような音が連続で響く。
「こっちも第二段階いくぞオラ────────ッ!」
 そう昂が叫んだときにはもう、ファーブルも損傷の再生を終え、カーネルから転送してもらった衣服に身を包んでいた。わざとらしい宣言はおつむが弱いためかそれとも多大な自信があるためか。
 見ると赤毛の少年も全身から赤い光の飛沫を振りまいていた。嫌な予感がぞわぞわとファーブルの背筋を撫で上げていく。
 第二段階というのは、よくわからないがとにかくパワーアップすることを意味するのだろう。見ていればなんとなくわかる。バトライザーのように異常をきたすほどではないが、それでも馬鹿みたいな量の星体を消費しているのを感じる。推測だが、第二段階とは、ファーブルにとってのホットラインみたいなものを指すのではないだろうか。どこかの何か、あるいは誰かと概念的に繋がることによって星体や特殊能力のやりとりが可能となり、それによってこれまで以上の力を発揮するという。
 そんな代物を、純ならともかく、あの猿が使ったら。
「──何が起こるかわっかんないじゃない!」
 一匹の化け物を退治するためにわざわざ殺されかかっていた天使を助けたのだ。その結果、化け物が三匹に増えたのでは意味がないし、洒落にならない。
 止めようと思い、しかしそのための術がないことに思い至る。如意宝珠はもう砕けてしまった。超能力はあるが正直、攻撃力が心許ない。カーネルの傍に戻れば人間だろうがサイボーグだろうが念動力一つで引き裂いてやる自信があるが、現状ではそうもいかない。ホットラインのおかげで能力を使用することはできるが、カーネルとの距離がある過ぎるためどうしても力が弱まってしまうのだ。先程の純を助けようとしたときもそうだった。そうでなければバトライザーの腕など一瞬でへし折って──いいや、むしろバトライザーも天使の二人もまとめて片づけてやれたものを。
 凶暴かつ嬉しそうな顔で昂が右腕を眼前に掲げる。手の甲にある紋様──極印を中心に赤い光となった星体が渦を巻いている。純の踊る人形%ッ様、平面だった記号と文字列が伸縮を繰り返して形を変えていく。
 根本の形状は純のものとよく似ている。腕全体を包み込む幾何学紋様に、四枚の翼。だが昂のものにはさらなる変化が起きた。
 昂が右腕を前へ差し出す。すると四枚の翼が鋭角的に伸び、根本から前へ倒れ、その先端を一点に収束させる。その結果、刃の如く研ぎ澄まされた四枚の翼が一本となり、凶器となった。
 ファーブルはそれを見て、プラスドライバーに似ているな、と思った。科学技術の発達したヴァイツェンでは比較的手に入りやすい工具の一つだ。ファーブルも機械や兵器が好きなのでよく使用する。名前の通り正面から見ると『+』という字に見える、ネジを回すための道具だ。
 だが、それにしては先端へいくほど細くなり、根本へいくほど太さが増しているので、少し違うような気がする。他にもっとよく似たものがあるような気がする。そうだ、アレだ。アレによく似ている。
「──ってドリルじゃないのアレ!?」
 赤のワイヤーフレームで描かれたそれは、どこからどう見てもドリルの形状をしていた。
 そしてそのイメージは裏切られることなく、昂の裂帛の気合いと共に、
「づぁあああああああああぁ────────ッッ!!」
 溶岩色のドリルが旋風を巻き起こす。
「ほんとに回転してるし────────ッ!」
 それは冗談のような光景だ。
 周りの地面、壁、所かまわず増え続けるひび割われ。腹の奥を揺さぶる地響き。崩れていく建物。頭上から落下する瓦礫と激突して、映像で見たら絶対に笑ってしまうような変な体勢で仰け反っているおっさん。そいつを魔法のごとく宙へ飛ばした隻腕の美少年。巨大なドリルに唸りをあげさせる赤毛の猿。
 一瞬、これは途方もないほどの予算を組んで仕掛けられたギャグなんじゃないか、などと考えてしまう自分がいた。
 馬鹿馬鹿しい。だが全員本気だ。本当ならここで逃げ出した方がいいのかもしれないし、実際にそうしたい。しかし、それではあの娘はどうなる。あのアンドロイドの少女はどうする。ファーブルは逃げるわけにはいかなかった。
 次の手を考える。まず、バトライザーには自分の攻撃は一切通用しない。武器もない。ならば闘う以外の選択肢を選ばなければならない。となると、やはり一番の目的は『星石』だ。バトライザーをぶちのめして奪い取るのが無理ならば、こっそり近づいてかっさらうしかないだろう。
 そうと決まったら行動である。第一に、『星石』の所在を判明させなければならない。バトライザーはサイボーグだ。高確率で体内に内蔵されているだろう。そんな時にうってつけな超能力がある。
 透視だ。
 ファーブルは精神を集中させ、バトライザーの内部を透かし見ようとする。
 しかし、その時。
「──!?」
 白い光が炸裂した。
 バトライザーから散弾のごとく、大量の光の粒が飛び出したのだ。光の粒はそれぞれが白熱する星体の塊だった。それが全方向へぶちまけるように飛び散ったのだ。当たればただではすまない。
 実際に避けることも防ぐこともできずに蜂の巣となったファーブルが言うのだから、真実以外の何物でもない。
「痛ッ! 痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛────────ッ!」
 O.B.Kメンバーは『劣化カーネル』と呼ばれることもあるが、それは確かに真実の一面を言い当てている。その能力を比べれば月とすっぽん以上の差はあるが、O.B.Kメンバーとカーネルは根本的には同質の存在なのだ。強い弱いの差はあれど、本質は変わらない。カーネルより再生速度が遅くとも、不死身という点では同じ。ファーブルもまたカーネルからの力の供給がある限り、全身を一度に消滅させられるようなことがなければ、まず死ぬことはないのである。
 光弾に撃ち抜かれた箇所は瞬時に再生していくが、その際に生じる痛覚だけはどうしようもない。ファーブルは避ける暇もなく全身を貫いていく灼熱感に悲鳴を上げ続けた。
「──ああああもうまた穴だらけになっちゃったじゃない! 女の服をなんだと思ってんのよ!」
「知ったことではないな」
 反応なんてまるで期待もせずに叫んだ抗議の声に、応えがあった。
 不意に目が合う。
 アレックス=バトライザー。
 のしかかっていた瓦礫を押しのけて立ち上がっている。当たり前のように無傷で。
 その瞳はいつの間にか落ち着きを取り戻していた。つい先刻まで充血した野獣のような目をしていたのに。
「────」
 ぞくりときた。
 目の当たりにした事実に、ファーブルは凍り付く。
 もう手遅れだった。彼の体を覆う星体が、白い光となって視覚化していた。
 間に合わなかったのだ。もはや彼は、本物の怪物になってしまった。

 そこから十秒間ほどのことを、ファーブルはほとんど記憶していない。

 おぼろげに覚えているのは、赤と青と白の色彩。三匹の化け物達がやたらと派手な戦闘をしていた気がする。赤いドリルが突き込まれて、白いレーザーが飛び散り、青い立方体がそこかしこに浮いていた。ドリルは呆れるほどの破壊力だったし、レーザーは変幻自在で、立方体はレーザーを反射したりねじ曲げたり。ファーブルも流れ弾──というより流れレーザーでとばっちりを受けたが、速すぎたり回数が多すぎたりしたのでろくに覚えていない。とにかく痛かったのは覚えているが。
 ファーブル自身はただひたすら、バトライザーの中にあるだろう『星石』を見つけようと透視を続けていた。
 そんな中、ふと足下に滑ってきたものがある。もう服とか肌とか気にしてらんない──と半ば自嘲的になっていたときに、それに気付いた。
 それはどうやら一枚の写真のようで、拾い上げると、そこには二人の若者が映っていた。
 片方は──おそらく若い頃の──アレックス=バトライザーだろう。
 もう一人の人物は、バトライザーと肩を組んでいて、同じように気持ちの良い笑顔をしていて、赤銅色の長い髪がよく似合っている──
「──女?」

「それに触れるな」

 決して怒鳴り声でも叫び声でもなかった。
 だがその声は、どんな邪魔な轟音をも透き通るようにして、ファーブルの耳朶を打った。
 一瞬、そのバトライザーの声以外、全ての音が消えたのかと思った。
 気付くと北棟の崩壊は終わっていて、瓦礫の山が四人の周りを囲っていた。雲煙のような粉塵が、自分たちだけを避けて、空に延々と昇り続けている。
 ゆっくり振り向くと、バトライザーがこちらに向けて両手を構えていた。
 その身を包んでいた純白の軍服は、戦闘のあおりでぼろぼろになっていた。おそらく写真の入っていたポケットが破れ、ファーブルの元まで飛んできたのだろう。
 その時、ファーブルは爆発的に理解した。記憶からある一つの名詞が出てくる。
 ──ああ、これが『セシル』か。
 正直、意外でしかなかった。
 もっとドス黒くて、ねじ曲がっていて、誰がどう見ても明らかな間違いで、正当性が全くないものだと思っていたのに──
 戦場の時間が止まっていた。
 右肩からジェット機のように星体を噴射してドリルを突っ込んでいた昂も、青の立方体を連結することによってレーザーをバトライザー自身に跳ね返していた純も、何事か、と足を止めてこちらを見つめている。
 ファーブルは、バトライザーの感情を誤解していたことに気付いた。
 もちろん三十年前の戦闘を否定するわけではない。カーネルこそが間違っていたと言うわけでもないし、バトライザーの報復を肯定するわけでもない。
 ただ、今まではバトライザーが失ったものの大きさを勘違いしていた。三十年前の闘いで唯一無二の親友を失った、とは聞いていた。そして、その親友は弱いから戦場で死んだのであって、それをもってカーネルを憎むのは逆恨みもいいところだ、とずっと思っていた。
 だが、違ったのだ。
 バトライザーが失ったのは、親友ではなく、それ以上の存在だった。戦友ではなく、きっと彼の半身だったのだ。この『セシル』という名の──女性は。
 だからこその三十年。
 だからこその、復讐。
 私怨、怨恨、憎悪──そんな風にも呼ばれる感情だが、それよりも美しい言葉が当てはまることに気付く。
 敵討ち。
 即ち、彼は弔い合戦をしようとしていたのだ。
「……なんで? どうしてよ?」
 問いかける言葉は、自然とファーブルの口を開いて出てきた。
 大切な人を失ったとき、魂のほとんどをえぐり取られるような苦しみがあることを、ファーブルは知っている。今なら盗聴したときに聞いた彼の言葉が理解できた。
『私はあの時のことを絶対に忘れない』
 そう、忘れられるわけがないだろう。忘れてはいけないのだから。
『そう、忘れられるものか。あの悪夢は、今でも私を蝕んでいる。毎晩毎晩、夢の中であの光景を見ては、私の怒りの炎は燃え上がる。私が死ぬか、奴が死ぬまでこれは続くだろう。私は、そのどちらも座して待つつもりはない』
 ならば闘うしかないだろう。勝とうと負けようと、闘わずにはいられないだろう。心のたぎりが、後悔が、記憶を忘却させることも、感情を風化させることも許さないのだから。復讐の対象が生きていてはいけないし、同時に自分自身が存在することも許せないのだから。
 復讐しか考えられないだろう。
 相手を消して、自分も消える。そう望むしかないだろう。
 それがわかる。わかってしまう。だからこそ、ファーブルの問う声は大きくなる。
「なんでそんな風にしか考えらんないのよ!? どうしてみんなが傷つくような事しかできないのよ!?」
 自ら傷つき、他者を傷つけ、救われる者など一人もいない行為。それが復讐だ。
 許せないのは相手だけじゃない。本当に、殺したいほど許し難いのは、何も出来なかった無力な自分なのだ。
 ファーブルはバトライザーに写真を突きつける。
「なんでこんなにも誰かを──他人を思いやれるのにっ! どうしてそれを他に回せないのよ!?」
 バトライザーは無言だ。かすかな揺らぎもない静かな瞳でこちらを見据えている。
 月並みな台詞だが、言わずにはいられない。
「この人が──セシルさんがそんなことを望んでるって、あんた本気で思ってんの!?」
 そう思っているなら、断言してやる。
 それは勘違いだ。
 このセシルという女性がそんなことを望むはずがないじゃないか、と。
 何故なら──写真の中で、こんなにも、こんなにもいい笑顔で映っている人が、今のバトライザーを見て納得するわけがない。
 本気で、心の底から幸せそうに笑って、バトライザーの肩に腕を回しているこの人が。
 復讐なんて望むはずがないのだ。
 だがバトライザーは答えない。瞳に宿る意志は小揺るぎもしない。
 ファーブルはそこに不安を感じながらも、
「っていうかさ、実際問題ヴァイツェンとO.B.Kは小康状態じゃない。いつ壊れるかわからないけど、一応は平和じゃない。そうでしょ?」
 理屈張った言い方をするが、やはりバトライザーは両腕を降ろさない。
「なのに、あんたの自分勝手な復讐で国全体を巻き込むつもり!? 新兵器のために龍日の貴族をさらったり、一国の元帥が個人的な恨みでO.B.Kと戦おうとしたり、おかしいじゃないそんなの! 何がどうなっても結局後悔すんのはあんた自身よ!?」
 真実が露見すれば当然、ヴァイツェンと龍日は戦争状態に陥るだろう。O.B.Kも売られた喧嘩を買わずに逃げるようなことはしない。世界情勢が大きく変動するし、犠牲も出る。これはウィルフレッド=アレッキノ首相も言っていたことだ。そんなことになったら、あのパンゲルニアだって黙って見てはいないだろう、と。
 下手をすれば、ヴァイツェンという一つの国が滅んでしまう。
「……あんたが辛いっていうのはわかるわよ。この人とどんな風に過ごしていたのかはわかんないけど、今でも写真持ってるぐらいだから、そりゃ幸せだったんでしょーね。でもね、今この瞬間に、この時のあんたと同じぐらいの幸せを大事にしている人たちがいるってことを忘れんじゃないわよ!」
 バトライザーが復讐に走る動機は理解できるし、共感も出来る。だが認めるわけにはいかない。今のバトライザーを肯定することは、第二第三の彼を生み出す所行に他ならない。
 ファーブルは叫ぶ。彼のしていること、しようとしていることは、彼自身を含めセシルをも含め、全てに背くことなのだと。誰かを傷つけるのは、結局は間接的に彼自身を傷つけることなのだと。
 勁烈な訴えに対するバトライザーの返答は、しかし、たった一言だった。
「触れるな、と言っている」
 それに、とも、そこに、とも言わなかったのは、敢えてだろうか。
 これまでの沈黙は、写真を諦めるためのものだったのかもしれない。
 バトライザーの両手が激しく輝きだした。
 戦場の時が動き出す。
「青臭い話は終わりかよ?」
「いやぁ青春ですねぇ」
 二人の少年がそれぞれの極印を構え直す。
「っ!? あんた達ねぇ……!」
 あんまりな二人の言い草に腹を立てたファーブルは振り向き、
「!?」
 ひどく冷たい視線を向けられていたことに気付いた。
 驚き、唖然とする。
 普段の様子からは信じられないほど冷徹な瞳をした昂が、口を開いた。
「やりてえ事があんだ。周りのことなんざ関係あるか。そいつを貫くってのが、テメエらO.B.Kも大好きな信念≠チてやつじゃねえのかよ? 何かどっかに書いてんの見た覚えあるぞ。カーネルを護るためなら死ぬも殺しも厭わないんだろ、テメエら? あのオッサンとどこが違うってんだ?」
 まさか猿と断定していた男からそのような指摘を受けるとは、ファーブルは思いもよらなかった。
 かつて三十年前、O.B.Kは独立を求めてヴァイツェン軍と戦った。多くの人々が死に、世界情勢も変わった。世界地図だって更新された。カーネル以下、当時のO.B.Kメンバーは、超能力という異能に目覚めた自分たちの居場所を作るために戦ったのだという。そこには『異能者が平和に暮らせる社会を作る』という信念≠ェあった。そのためにはカーネルという存在は必要不可欠で、それを奪われそうになった『威風堂々たる弾圧』では、O.B.Kは死に物狂いで抗戦したらしい。公式記録はほとんど残っていないが、伝え聞くところによると、不死身の彼らがそれこそ必死の態で闘い、ほとんど虐殺と言って良い勢いでヴァイツェン兵を屠っていったそうだ。
 昂はそのことを言っているのだ。
「それに、女性のために戦える人は素晴らしい人格の持ち主ですよ? そのために別の女性を傷つけるのは大いに間違っていると思いますが、根本は間違っていないんじゃないでしょうか。これもまた、カーネルのために戦う皆さんと違いませんよね?」
 純の目尻も笑みの形をとってはいたが、その奥に潜んでいるのは金色をした冷光だった。
 目くそが鼻くそを笑っている──そう言われているような気がした。
「そ……そんなことないわよ!」
 咄嗟に反論したその声には、自分でも驚くほど力がなかった。
「大体あたしたちのはあいつみたいな我が儘じゃないし、どうせそんな我が儘なんか貫いたっていつか後悔するに決まって──」
「知るか、後悔するのもそいつの責任だろうが」
 斬って捨てられた──そう思うほど勢いよく、ファーブルの台詞は昂によって遮断された。
「しかも多人数であることを武器にして言われても、という感じなんですよファーブルさん。自分は自分、他人は他人。そうは思いませんか? 大勢の味方がいようといなくとも、やりたいことはやるに限ると思いますよ、僕達は?」
 あは、と笑う純。無邪気な声だ。まるで当たり前のことを説いているような、そんな雰囲気を漂わせている。
「──……?」
 ちょっと待って。おかしい、これはかなりちょっとおかしい。ファーブルは混乱してくる思考の中でそう思う。変だ。あたしはそんなに変なことを言ったのだろうか? いや違う。自分が言っているのは『正義』だ。そのはずだ。バトライザーは自分勝手な理由で罪もなく関係もない人々を巻き込み、傷つけようとしている。それは即ち『悪党』と言って良いはずだ。しかもそれは、誰に望まれたものでもない。セシルという女性が今日の事態を望んでいないことは明白だ。っていうか普通そうだろ。あんないい笑顔でバトライザーと写っていたし、きっと平和とか幸せとかを切に望む、そういう人柄だったに違いない。これは自分の思い込みなのだろうか? 確かにこの予想を裏付ける他の情報は何もないが、いやだって、そうじゃない女に惚れたりはしないだろう普通。いやいや、もし仮にセシルという女性が性格破綻者で、天国からバトライザーに仇をとってもらいたいと思っていたとしても、それならそれで良いというわけではないはずだ。バトライザー一人の我が儘じゃないにしても、結局は彼とセシルだけの身勝手な理屈でしかない。たった二人だけのために、より多くの人々が傷ついたり苦しんだりするのは間違っている。そうだ、自分は結構それなりに正しいことを言っているはずだ。そのはずなのだ。自分は正しい。だというのに、どうして逆に説教っぽいことを言われてしまったのだろうか?
「悪いなオッサン、なんか水差されちまったな。仕切直しと行こうぜ」
 果てなく深い思考の淵へ沈んでいくファーブルをよそに、昂はあっけらかんとバトライザーに声をかける。
 今にもフッフール≠フ咆哮があがろうとしている両腕をファーブルに向けたまま、バトライザーは視線だけを赤毛の少年に向ける。
「なるほどな。あの女狐の部下だけあって、言うことがよく似ている」
 これに対し少年達はほぼ同時に口を開いた。
「けっ、一緒にすんじゃねえよ。俺は聖子ほどエグイことしねぇっつうの」
「まったく心外ですね。僕と聖子さんじゃ次元が違います」
 本来のファーブルなら、この二人にここまで言わせる女狐の聖子とは一体いかなる人物なんだろうか、と疑問を抱いたことだろう。だが今の彼女は、内的世界に閉じこもり自問自答を繰り返しながら、
「──つまりあいつらの言うことが嘘だとしてもそれはあたしにとっては真実なわけで世界は主観的だからつまり世界に嘘は存在しない……そんな馬鹿な──」
 などと、ぶつぶつ呟いていた。
 バトライザーは二人の反応に何の感銘も受けなかったようだ。
「確認だが、貴様らがここにいるのは片桐聖子の命で、目的は私の持つ『オリハルコン』だな?」
「それと巫桜院蜜姫嬢を傷つけた罪であなたに悶絶死してもらうこと、ですね」
 硬いバトライザーの質問に、純がにこやかに答えた。その右腕の踊る人形≠ゥらは、十二本の光糸がいつでも動き出せるよう、獲物を狙う肉食獣の如く唸りを発し、戦闘再開を待ちかまえている。
 そんな純に、昂が北棟の崩壊からは使用していなかった如意宝珠を放り投げながら、
「俺達は別にそこのクソ女みてぇにグダグダ大義名分掲げるなんて事はしねえよ。正直そっちの事情なんざ何一つ知らねえしな。たまたま今回はテメエの勝手と俺たちの勝手がガチになっちまったってだけの話だ。そうだろ?」
 バトライザーの表情が僅かに動き、やはり片桐聖子とよく似ている、と言いたげなものになる。昂はそれを視界に収めつつ、
「他人の自分勝手を邪魔すんのも自分勝手だ。だから俺達はおっさんの都合なんかお構いなしに『星石』を奪い返すぜ。文句ねえよな? つうか文句なんざ絶対言わせねえけどよ」
 歩き出す。
 まるでファーブルを庇うかのように、フッフール≠フ斜線上に立った。
 純もその隣に並ぶと、極印を展開したまま、昂から受け取った如意宝珠を拳銃に変え、右手に構える。
 と、ようやく正気に戻ったファーブルが二人の位置に気付き、
「……え? あんた達、なんで……」
 庇われているということはすぐにわかった。少年達は明らかにフッフール≠フ光を遮るように立ちはだかっていたのだ。
 小さな問いに、二人はこう答えた。
「テメエとの決着は後だ、クソ女」
「女性を見殺しにする男は最低ですから」
 昂が右腕を前へ突き出し、極印の切っ先でバトライザーを指す。ファーブルがドリルと称したそれが、唸りをあげて回転している。先決のごとき赤を輝かせるその姿は、まるで神話に出てくる死を象徴する槍のようだ。
「弱え奴に自分勝手する権利なんざねえ──ってわけで真剣勝負だ。勝っても負けても文句なし。上等だろ?」
 昂の今更過ぎる宣戦布告に、バトライザーは重々しく頷く。
「忌々しいが同感だ。力こそがこの世の全て──強い者だけが生き残り、正義を語れるのだからな」
 その両手に収束する光が輝きを増していく。そこには力が籠められており、今までよりもずっと強力なエネルギーが発射されることを、容易に想像させた。バトライザーの周囲の大気が激しく震動している。ほとんど超振動だ。ちょうど彼の近くに落ちていた瓦礫がその波動に削られ、音もなく、幻のように消散した。
「ま、俺は正義とかなんたらって単語は嫌いだけどな。ゴチャゴチャ考えんなよ。シンプルに行こうぜ」
 昂の極印もまた力を蓄えていた。唸りをあげる輝きが、徐々に色を変えていく。煮え立つ溶岩のような色彩が、煌めく黄金へと。その光は伝播し、右肩から空中へ砂嵐のごとき光の粒子を放射する。
 彼らは互いに濃密な星体を練り、爆発させる瞬間を計っていた。
「あの、別に一対一にこだわるわけじゃありませんよね? 忘れられては悲しいので言っておきますけど、僕も参加しますよ?」
 にらみ合う昂とバトライザーに笑いかける純だったが、二人は何の反応もしなかった。沈黙を肯定ととったのか、踊る人形≠フ光糸が宙を舞い、空中に幾つもの立方体を描く。それは純の右手が構える拳銃の先端に集まり、連結し、一列に並ぶ。踊る人形≠フ連鎖を利用した弾丸の加速器である。真っ直ぐバトライザーに向かって並んだ十二個の立方体、その中を通過するごと弾丸は爆発的な重力加速を得て、最終的には超高速となる。純は対戦車ライフルでも貫通できなかったバトライザーを撃ち抜くため、極印を利用して即席レールガンを作り上げたのだ。
 連結された立方体に星体が流れ込み、内部の加圧を高めていく。
「…………」
 ファーブルはその不可思議な光景を呆然と見つめていた。
 思い思いの武器と力を構える三人の男。
 言っていることは支離滅裂──というかガキ同然でしかない。
 なのにやっていることと言えば、とんでもないことに一国の元帥府である建物を破壊して、なおかつその跡地でまだ戦うという。
 アホだ。
 冷静に見て、これはきっと規模の大きい子供の喧嘩だ。だが所詮、世の中はそんなものかもしれないとも思う。ここでファーブルがいくら大人ぶったところで三人を止めることは叶わないだろう。それこそ力ずくでなければどうにもならない。そして今、ファーブルにはその力がない。
 何も出来ない。
 なるほど、彼らの言うことは確かに真理の一面をついているだろう。正義なき力は悪だが、力無き正義もまた悪だ。役に立たないものに存在する価値はない。実現できない正義はただ虚しいだけだ。まずは強さありき。そこから正義も悪も始まるのだ。世界はもともと無法地帯で、今そこを取り締まっているのは、昔一番強かった奴が作った法なのだ。ならば今一番強い奴がこれからの法を作っていくというのも、確かにうなずける話だろう。どこの誰にどんな事情があろうと、強い奴は素知らぬ顔で蹂躙することが出来るのだ。
 要するに、弱い奴は黙ってやられてろ、というわけだ。
 ふざけんな。
「────」
 やっぱりムカついてきた。ファーブルは手元の写真に視線を落とす。そこには、かつてのアレックス=バトライザーとセシル=スタインバレーが肩を組んで写っている。見てるこっちが微笑ましくなるほど、二人とも良い笑顔だ。ファーブルはその中の一方、セシルに向かって心の中で話しかける。
 ──男って乱暴で自分勝手でほんっっっっっっと最低よね!
 写真の中の彼女は何も答えてはくれなかった。
 それから、いかほどの時間が流れただろうか。
 からり、とコンクリートの破片が転がる音。
 それが引き金になった。
「「「「!!」」」」
 様々なものが一気に炸裂した。
 バトライザーのフッフール=B
 昂の極印、螺旋を巻く黄金の槍。
 それらの激突。
 凄まじいまでの光爆と共に豪風が起こり、周囲の瓦礫の山を吹き飛ばす。
 その最中、純の放った超高速弾が幾度も星体の防護ごとバトライザーを貫くのを、ファーブルは見た。
 そして、撃たれた箇所がその都度、再生し塞がっていく光景も。
 『星石』からの星体に浸食されすぎたバトライザーは、『生きた星体兵器』とでも呼ぶべき新種の生物と化していた。今やO.B.K以上の不死性だった。
 そんな怪物と、それに立ち向かう天使の喉から咆哮があがった。
 バトライザーの両腕から放たれている白い閃光がその太さを増した。その直径は今や五メートルを超えているだろう。その最先端が顎を開いた龍のように見える。
 昂の極印がさらに輝度を上げた。右肩から噴き出す光の粒子が増加する。さらなる加速を得た穂先が中央からフッフール≠フレーザーを穿つ。捻り裂かれた熱光が四方八方へ飛び散り、

 爆発した。

 バトライザーの執念が勝った。
 金色の極印の槍が砕け、しかしすぐさま踊る人形≠ェ昂を救おうとその前に現れる。
 白の光龍を跳ね返すか逸らすかしようとしたのだろう。だが青の立方体はほんの一瞬しか保たなかった。あっという間もなく風船のように破裂する。龍が内包する星体を受け止めきれなかったのだ。
 膨大な光と熱が迫る──刹那、ファーブルは死を覚悟した。
 次の瞬間には間違いなく二人の天使も自分も、極大の閃光に飲み込まれて消滅する。そう思った。その時から奇妙に時間の流れが遅く感じられ、襲い来る死の光をファーブルは何をするでもなく静かに見つめていた。
 目を閉じるのも忘れ、人生最後の光景を脳裏に焼き付けようとした、その時。
 異変。
 光龍の顎に捕らえられた二人の天使が、まだ蒸発していない。とっくに消えてしまっていてもいいはずなのに。
 それどころか、彼らの手の甲にある紋様が輝きを強めている。
 まるで光龍から力を吸い取っているかの如く。
 これは幻だ、と理性が囁く。死を目前にした脳が見せている、甘美な夢なのだ。だから都合の良いことが起きる。この夢の続きはきっと、あの二人が『第三段階だー!』とか言いながら反撃をするのだろう。
 悪いが付き合っていられない。
 死ぬならもう潔く逝こう。我ながら殊勝なことだが、今はそんな気分だ。
 ファーブルは心の中で溜息を吐きながら瞼を閉じた。
 だから、見逃した。
 【ソレ】が誕生する瞬間を。


「アレは何だ……!?」
 窓の向こうに見える【ソレ】を見た麟は、我知らず声を上げていた。
 突然の地震に飛び起き、慌てて窓に張り付いて見たものは、あまりにも常識外れだった。
 【ソレ】は異形だった。
 龍日でも随一の頭脳と知識の持ち主と自負する麟から見ても、それは理解しがたいものだった。
 寝起きの頭だからだろうか、と片手で頭を叩く。夢だろうか、ともう片方の手で頬をつねる。
 どちらも適度に痛くて目が覚めた。だが幻でも夢でもなかった。
「……浮殿、私が眠っている間に一体何があったというのだ」
 背後の巨漢に問いかけながら、麟は現状の把握に努めた。
 彼が今見ている方角には、ちょうど元帥府地区がある。元帥府本体に引き続き、その北に位置する建物が消えているのがわかった。おそらく先程の地震はそれが原因だろう。誰の仕業かというと、あの二人しか麟には思いつかない。
「…………」
 麟の質問に、浮は答えなかった。
「──浮殿?」
 珍しい、と言うよりも、おかしい。浮はいつでも麟の声には答えてくれる。そうでない時は決まって隠し事をしているときだ。未来を視ることのできる彼は、その項目に関してはいつも沈黙を貫く。
 振り返ると長身の少年は、一歩離れた場所に黙然と立っていた。
「……浮殿にはコレが視えていたのか?」
 麟が質問を変えると、今度は返事があった。
「そうだ」
「では、【アレ】が何かも知っているのか?」
「知っている」
 小さく頷く浮。
 麟は浮を責めるつもりはなかった。彼はいつでも自分のことを想ってくれている。そのことを熟知しているからだ。浮は麟の不利益になるようなことはしないし、隠し事をするのもその優しさの表れなのだ。もしこの事態を予め知っていたら、麟はおちおちと眠ることが出来なかっただろう。麟の疲労を気遣っての秘匿だったのである。責められるはずがない。
 麟は再び窓へ視線を移す。
 目を覚まして窓に張り付いた瞬間、金のような銀のような激しい閃光が天へ昇っていくのを麟は見た。それは以前見たバルーダー≠フ光とよく似ていたが、規模が段違いだった。
 それだけでも十分驚愕に値するというのに、さらに続きがあった。
 天に昇る巨大な光の柱を喰らうかのように、その足下から赤と青の光がせめぎ合いながら現れたのだ。
 光の柱は瞬く間に半分を赤、もう半分を青の輝きに浸食される。二色の光は互いにぶつかり合いながら、競争するように光柱を上り詰めていった。
 出し抜けに凄まじい音が響いて、空が割れた。原因不明の衝撃波で雲の群れが全て吹き飛ばされたのである。
 そして現れたのは、異形、と称するしかない代物だった。
 【ソレ】は実に形容しがたい存在だった。
 この目にしておきながら、麟は未だに信じられない。
「……立体映像ではないのか?」
 などと自分でも信じていないことを浮に問う。当然だが浮の答えは決まっていた。
「違う」
 立体映像でもない。幻でも夢でもない。
「……現実、ということか」
 呟くと、麟は眉間に皺を寄せた。
 ヴァイツェンの元帥府、その上空に現れた二体の異形へ向けて蒼穹色の瞳から真剣な視線を射込む。
 まず簡潔に言い表すなら、異形、怪物、化け物、悪魔などといった単語が出てくる。
 麟のこれまでの人生において、一度も目の当たりにしたことのない姿形をしていた。なおかつ、彼の持ちうる全ての知識を総動員させても、理解に苦しむものだった。
 一方は、炎と金属片の塊。
 もう一方は、漆黒の昆虫。
 まず特筆すべきはその巨大さだった。
 元帥府地区と麟達のいるホテルとの間には結構な距離があるはずだが、それでもくっきりとその姿を視認できる。
 そこからしてもうおかしい。異常だ。炎に包まれた金属片の塊が浮いているのもおかしければ、あんなに大きな昆虫が存在するというのはいっそ冗談の域である。
 炎と金属片はさらに詳しく言えば、どことなくシルエットが全身鎧を着用した人間に見えなくもない。だが勿論あんな巨大な人間はいないだろうし、いたとしても紅蓮の炎に包まれていてはとても生きていられないだろう。細かい金属片──と言っても確実に人間よりも大きいだろうが──の一つ一つが部品となり、重武装の騎士にも似た輪郭を形作っているのだ。そしてその全体を、まるで質量を持っているかのように見える重厚な火炎が包み込んでいる。
 金属片同士の間には細かな隙間がいくつもあり、鎧の中が空洞であることが見て取れる。まるで、そう、あれは、騎士の形をした金属のパズルに火が点いているというよりも──
「存在感を持つ炎を、鎧が閉じこめようとしているかのような……」
 それでも抑えきれなかった炎が隙間から溢れ出て、全身を覆っているように見えるのではないか。鎧が炎を纏っているのではなく、その逆で。
 炎が鎧を着ているのでは。
 その姿を陳腐な言葉で表現すれば、こうなるだろう。
「ほとんど、漫画やテレビに出てきそうなロボットだな……」
 歪な金属片が集まって剣や盾らしき形をとっているのも、その印象に拍車をかける。兜とおぼしき部分から二本の角らしきものが生えているように見えるのは、もはや洒落としか思えなかった。
 もう一方の昆虫も、負けじと常識外れだ。
 黒光りする甲殻は立派なものだが、その姿形はグロテスクを通り越して滑稽とも言える。
 甲殻の塊をいくつも数珠繋ぎにした百足のような体に、でたらめに生えた何十本もの手足。大小無数、左右非対称に広がる羽根。それらは常に伸縮を繰り返していて、硬そうに見える甲殻の表面からいきなり飛び出したかと思うと、そのすぐ傍で逆に引っ込んでいくものもある。
 液体金属で出来た昆虫、というイメージを麟は抱いた。今は昆虫の形をしているが、もしかするとどんな姿にも変幻自在なのかもしれない。
 当たり前だが麟の知識にあるどの昆虫にも当てはまらない。あるいは多種多様な昆虫たちを集めて融合させれば、あのような姿になるのかもしれない。頭部もまた一呼吸ごとにその形を変えているが、カブトムシのような角が生えてきたかと思えば、次の瞬間にはクワガタムシに似た形状をとる。厳密に言えば、特徴的には昆虫にも甲殻類にも属さない、まったく新しい生物だった。
「見た目の割には、宙にいるというのに羽根を全く使用していないな……」
 常に形状を変化し続けてはいるが、その実まったく動いていなかった。だと言うのに空中にくっついたように浮かんでいる。
 さて、どこからどう突っ込むべきか──などと学者肌の麟が考えた時だった。
 視界の端に妙なものをとらえて、彼は親友の異変に気付く。
「浮殿?」
 視線を転じ、そして目を見開く。
 異常は浮の右手にあった。
 彼の極印が静かに発動していたのだ。
 黒い光とでも形容すべきか。闇そのものと言うべきか。影を幾重にも重なればこうなるであろう黒い線が、右手の甲に紋様を描いている。
 極印魔術師=B
 麟が命名したそれは、普段の浮にはまったく必要のないものだった。何故ならその能力は『他者との意思疎通』であるからだ。この魔術師≠使えば、言語体系の全く異なる文化に属する者、また人間でない生物全般と意思の疎通をはかることが出来る。だが、普段から他者とのコミュニケーションに消極的な浮だ。しかもその気になればテレパスがある。はっきり言って無用の長物だったのだ。
 しかしそれが今、発動している。
 どういうことか。
「……どうしたのだ、浮殿。貴殿がそれを使うのは珍しいが──」
 一体どうして、と続けようとしたが、それより早く、
「勝手に動いた」
 浮のその言葉に、麟は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「勝手に?」
 有り得ない、という言葉を麟は飲み込む。そう、考えられない話だ。アクセルを踏まなければ車が走らないように、極印も所有者から星体の供給を受けなければ発動しない。鉄則と言うよりも、これは当たり前の話だ。
 だが、浮が嘘を言うはずがない。ならばどういうことなのか。それを考えるのが麟のいつもの役目だ。
 浮は麟に心を開き、他の者に対するときよりも口数を増やす。優しく気遣ってくれる。だが、さほど多くは語らないのだ。特に未来や運命に関すること、そして普通ならば知るはずのない事柄は。
 ただ麟が推測し、問いかけたことに対してはちゃんと答えを返してくれる。正解か間違いかのどちらかをはっきり教えてくれるのだ。
「もしや……あの炎の騎士≠ニ昆虫≠ノ関連があるのだろうか?」
 浮は、こくり、と頷く。
 その肯定を受けて、さらに麟は考える。
 とすると、あの空に屹立する二体の異形は、極印を介して浮と連動していることになる。極印と関係有るもの、それは一体何だろうか。
 それは他でもない、極印だ。
「──まさか」
 天啓のように閃いた可能性。それを思いついた麟は慄然とした。脳天に雷が落ちたような衝撃があった。
 記号による安易な連想だ。極印と連動するのもまた極印。では、あの二体の異形は龍日の天使と関係があることになる。
 そして元帥府地区にいるであろう、二人の戦友を思う。
 単純な話であり、安直な思いつきだ。
 しかしそれしか考えられない。
 結び付きはまるで説明できない。一体何の意味があるのかもわからない。本当に関係があったとしても、相当に無茶苦茶な話だ。尋常ではなく、非常識もいいところだ。
 ただ、有り得ない話ではない、というだけで。
 麟はしばし、それを吟味する。他の可能性がないかどうかも検討する。浮に確認すれば早いだろうが、突拍子もなさ過ぎてその気になれない。
 だが頭のどこかで、合理的ではないな、と感じている自分がいた。浮に確認することを恐れている、と認めるのは麟の矜持が許さなかった。根拠のない事を言うのは嫌だからだ、と言い訳じみたことを考える。
 多分、その予測を信じたくない、と思っているのだろう。それを否定する材料が欲しい、とも。
「──行こう、浮殿。おそらく、あそこに行けば何かわかるはずだ」
 昂殿と純殿にテレパスでそう伝えてくれ、と言いかけて、やめた。
 答えを出すのをまだ保留にしておきたかったのだ。
 麟の言葉に浮が頷く。麟は手を伸ばして、浮の制服の袖を掴んだ。
 後になって、私は思考停止の愚を犯していた、と後悔するのはやはり後の話だった。





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