●魂の剣



 安息の時間はそう長くは続かなかった。
「さて、そろそろ休憩時間は終わりでよろしいかな?」
 北西区の片隅、建物の隙間に身を潜めていた鷹晃とマルグリットの耳に、突然そんな声が響いた。
「「!?」」
 二人は素早く立ち上がって周囲に視線を振りまいた。聞こえてきたのはスターゲイザーの声だった。間違いない。が、声はすれど姿は見えない。
「おのれスターゲイザー! 姿を見せぬとは卑怯だぞ!」
 鷹晃の予想は当たっていた、というべきだろう。『封印の概念』の力をスターゲイザーが持っている限り、もう二度と彼は鷹晃達の前に姿を見せないだろう。
 鷹晃は駄目で元々と、一応和解案を提示する。
「スターゲイザー殿、拙者達はどうしても戦わねばならぬのか? 話し合いで手を打つことは」
「できませんね。わかっているでしょう、そんなことは」
 言葉の途中で冷然と却下された。
「……やはり駄目でござったか」
「ええ、当然でしょう。あなたという存在が脅威そのものなのですから。不治の病と和解することがあなたには出来ますか? 根絶するに決まっているでしょう」
 スターゲイザーの言葉には容赦がない。こちらを病原菌扱いだ。関係の修復は絶望的だった。
「おのれっ! 貴様、鷹晃を愚弄するか! この裏切り者! 貴様のような奴を下衆と言うのだ! 余は貴様を絶対に許さんぞ! 正々堂々と出てくるがいい!」
「お望みとあらば」
 指を鳴らす音がどこからか聞こえてきた。
 刹那、周囲の風景が変わる。
「「!」」
 鷹晃はこの感覚を知っている。つい数時間前に経験したものだ。あの時は目映い光に包まれての事だったが、今回は違った。周りの景色がありえない形に歪み、捻れていく。吐き気をもよおすほど不気味な感覚だった。自分の視覚が狂ってしまったのかと錯覚してしまう。洒落にならない酩酊感があった。
 ぱっと開けるように目に映る光景が激変していた。そこは鷹晃には見覚えのある場所だった。
 果てしなく広がる黄土色の大地。視線を遮るものなど何も無い。雲一つ無い空に、照りつける太陽。空気の手触りすら感じられそうなほど精巧な、ウォズの『異空間』だった。
 役者は既に揃っていた。
 右から順に、オーディス、ラップハール、シュトナ、楽那。そんな四人の上空に、長い髪とローブを翼のようにはためかせているウォズが浮かんでいる。
「本日で二回目のご招待ですわね。ガイエルシュバイクのお子様もようこそ。ここがあなた方の墓場になりますのよ」
 にこやかに言ってウォズは、ふわり、と羽毛のように大地に降り立った。魔術によって飛んでいた魔女が地に降りた、ということはこれからスターゲイザーが『封印の概念』を使用するのだろう。この異空間全体に。
 敵は一枚も二枚も上手だった。こちらが策を練り、新しい武器を調達する時間など許さなかった。あるいは最初から鷹晃とマルグリットの位置を把握しておきながら、わざわざなけなしの希望を抱く時間を与えていたのかもしれない。そして、それをすぐに奪って絶望させるためだけに、待っていたのかもしれない。スターゲイザーの性格を考えれば、それぐらいの演出はやってのけそうだった。
 鷹晃は眼前の五人に問いかけた。
「スターゲイザー殿はどこにいる?」
「ミーローなら隠れてるぜ、ミスター」
「ラップハール殿……」
 答えたのは炎のように赤い髪をした黒衣の女だった。濃すぎる紅茶のような瞳には、鷹晃が読み取れるような感情は浮かんでいない。
「何故でござる。何故おぬしが拙者を抹殺する計画に荷担するのでござるか?」
 ラップハールは黒衣のポケットに両手を入れたまま、こう返答する。
「言っただろうミスター。あたしらプリンスダム≠ヘ戦闘医療集団だ」
 彼女の隣に立つシュトナと楽那が同時に頷いた。シュトナは冷たい無表情で、楽那はこちらを強く睨みつけて。
「あたしらには人命救助が唯一にして至高の信念だ」
 昨日の会話をなぞるように、ラップハールは言い放った。その双眸に、苛烈な意志の光が宿る。
「助けなきゃならねえ奴らがたくさんいる。あたしらはそいつらを助けるために白衣じゃなくて、黒衣を着ているんだ。例え一人を殺してでも万人を救うために。その覚悟がこの黒だ」
 初めて聞いた時は立派な信念だと思った。しかし、今、彼女の言う『一人』とは鷹晃のことを指す。頷くわけにはいかない。
「ミスター、あんたが生きているともっと多くの奴らが死ぬ。そういうことなら、あんたはあたしらの敵さ。恨むも憎むも好きにしてくれよ。覚悟なら出来てるんだ」
 あくまで淡々とラップハールは言った。その平淡さが彼女の心の平静を、つまりは覚悟を示していた。彼女は鷹晃が何を言おうと心揺らぐことはないだろう。もう彼女は決断しているのだから。
 シュトナと楽那も同様だった。彼女らの瞳は、既に死者を見るそれだった。その網膜には鷹晃の未来が像を結んでいるのだろう。息の絶えた、肉塊となった姿が。
「すると、拙者とマルグリット殿の身体を元に戻せるかもしれない、という話は嘘だったのでござるな」
 これに対して、ラップハールは意外にも首を横に振った。
「いいや、それは嘘じゃねぇ。可能性なら十分にあった。あたしらは人体のエキスパートだし、こっちに来て勉強したこともたくさんある。理論的にはあんたらの身体は元に戻せるはずだった。魔法で変えられたって言っても、ただ必要な手順を飛び越えている程度だ。ちゃんと薬で戻せるし、その研究もちゃんとやっていた。図々しいが、これは信じてくれ」
 そんなラップハールの言葉は、より一層鷹晃の心を重くした。彼女に誠意が見えてしまった。だからこそ彼女達はこれから、仕方なく鷹晃を倒そうとするのだ、とわかってしまった。
 海水を吸った紙のように重く湿っていく心を、鷹晃は自力で支えた。つい先刻、自分に誓ったばかりではないか。他人は関係ない。自分の心こそが真実。折れるな。強くあれ、と。
 目を伏せて雑念を振り払い、いつの間にか下げていた顔を毅然と上げる。ゆっくり瞳を開き、
「信じよう」
 手短にそれだけ言った。鷹晃の言葉と態度をどう取ったのか、ラップハールは顔をはっとさせた。が、すぐに表情を改め、感情にカーテンをかける。鷹晃もその理由を追及しなかった。
 ふと見ると、マルグリットがドーベルマンの如く獰猛な顔つきで前方の五人を睨んでいた。今にも噛み付かんばかりだ。いつもの彼ならそれこそ犬のように吼えているところだというのに。それほどまでに怒りを覚えているのだろう。感情が舌を圧して無口になるほど。
 鷹晃は続けて問うた。
「ガルゥレイジはどうしたのでござる? あと、フライス殿の姿も見えないようだが……」
 これは本来なら答えのもらえない質問だっただろう。だが、冥土の土産のつもりだろうか。彼らは律儀にも答えてくれた。
「あの化け物ならスターゲイザーとご一緒ですわよ、御門様」
「フライスの野郎は仕事があるってんでな、帰らせたぜ。まっ、ここにいても戦力になりゃしねえからなぁ!」
 ウォズとオーディスの言葉が被さった後、巨漢の笑い声が続いた。呼吸が合ってしまったことに対してか、ウォズが鷹晃の前では滅多に見せなかった不満げな顔で、オーディスに横目を向ける。
 やはりガルゥレイジはスターゲイザーに封じられている。当たり前の話だ。彼の竜としての力を、ここにいる者のほとんどが目の当たりにしている。そもそもガルゥレイジが自由ならばとっくに鷹晃に声が届いているはずだった。
「さて皆さん、お話しはそこまでにしておきましょう」
 どこからともなくスターゲイザーの声が響いた。全方向から反響してきたように聞こえる。
 瞬間、マルグリットに火が点いた。
「貴様ァッ! 姿を見せるがいい! それほどまでに余と鷹晃が恐ろしいかッ!」
 全身から勢いよく炎を噴き出して、凄まじい形相で叫ぶ。怒り心頭に発するとはこの事だ。感情の圧がそのまま炎に及び、その色は最初から青白かった。
 そんなマルグリットとは正反対の、涼しげなスターゲイザーの声。
「見え見えの挑発ですな、マルグリット様。そんなものに乗せられる私だとお思いですかな? さて、御門さん。お覚悟は決まりましたかな?」
 この意地悪な問いかけに、鷹晃は堂々と胸を張って答えた。
「無論でござる」
「ほう?」
「おぬしを斬る覚悟がな」
 平然と鷹晃は言った。その口元には、オーディスのようにくどくなく、ラップハールのような棘もなく、ウォズのような柔らかさもない、爽快な、それでいて不敵な笑みがあった。
 刹那、隣のマルグリットがその表情に魅入られたように自失の顔を浮かべた。が、すぐに我に返ると何を思ったか、
「フハハハハハハハハハハッ! 見たか! 聞いたかスターゲイザー! 鷹晃が貴様を斬ると言ったぞ! 貴様を斬るとな! 本気になった鷹晃を知らぬとは言わせないぞ! 貴様こそ覚悟を決めるのだなッ!」
 悪魔的な哄笑を上げてこんなことを言い放つ。この言葉だけ聞いていれば、マルグリットはまるで虎の威を借る狐のようだった。
 どこかでスターゲイザーが満足げに頷くような気配がした。
「よろしいでしょう。では、死ぬまでの短い間、どうぞ無駄な抵抗を」
 それが戦闘開始の合図だった。


 意外にも『封印の概念』は使用されなかった。後の切り札として準備しているのか、他に何か理由があるのか。警戒だけは忘れないようにしようと決めて、鷹晃は動く。
 五人の敵の内、こちらへ向かってくるのはオーディス、シュトナ、楽那の三人だ。ラップハールとウォズはその後ろ。最初の位置から動こうとはしなかった。マルグリットの声が走る。
「鷹晃! 余の剣を使うかね!?」
 いや、と鷹晃は首を横に振った。かの魔剣はマルグリットが手にしてこそ本領を発揮する。鷹晃が握ってしまっては、総合的には戦力の低下となる。それに、
「一つ、試したいことがあるでござるよ」
 笑みと共にそう言い残して鷹晃は地を蹴った。前へ向ける視界の端で、一瞬、マルグリットのぱっと咲くような笑顔を見た。
 紫電をまとった剛腕を携え、オーディスが迫る。その背後に少し遅れてシュトナと楽那。少女二人はそれぞれの熱刃と拳銃を手にしている。
 さらにその奥ではウォズが黄金の魔杖を振り上げている。変幻自在の魔術が襲いかかってくる予兆だ。その隣ではラップハールが黒衣のポケットから両手を取りだし、指をもって素早く印を組んでいた。
 前衛同士の彼我の距離が縮まっていく最中、鷹晃の背後でとんでもなく太い火柱が天に昇っていた。異空間にマルグリットの笑い声がこだまする。
「フハハハハハハハハハハ────────ッ!」
 どうやらマルグリットは絶好調であるらしかった。炎の塔が突然穂先を下に向け、毒蛇の如く大地に向かって飛び出した。炎の龍と呼ぶべき熱量の塊が、敵側の後衛──ウォズとラップハールに躍りかかる。
 あの二人はマルグリットに任せよう。そして自分は目の前の三人を相手にする。そう鷹晃は決断した。
 接敵する。二本の角から稲光を発するオーディスと一瞬の対峙。金鉱を有しているような彼の双眸は勁烈な輝きを放っていた。戦闘を楽しむ、修羅の顔である。
「──ッハアッ!」
 笑いながら太い腕を、魚を捕る熊のように振り下ろす。風と稲妻を巻くその手に向かって鷹晃は、
「!」
 両手を手刀にして、最小の動作で突き入れた。右の貫き手。意識を集中してただ一念『断て』と。
「!?」
 掌が青の光を纏った。その瞬間、鷹晃の手刀がオーディスの掌へ何の抵抗もなく突き刺さった。
「うおっ!?」
 驚愕で唸るオーディスの喉。鬼の一撃は自身で止められぬほど勢いがついていた。そのまま振り抜いてしまい、自らの力でその掌を裂いた。その後の行動は本能的なものだろう。彼の身体は一時撤退を求め、仰け反った。
 刃物を平手で叩いたようなものだった。真っ二つに割れた手から人間よりも赤黒い血をしぶかせて逃げるオーディスを、鷹晃は追わない。その背後からシュトナと楽那が来ている。二人の戦闘ナースはそれぞれの利き手に一振りの熱刃を構え、こちらへ飛び込んでくる。
 熱波の爆発。視界の外でマルグリットの炎が炸裂したのだ。見ると、ウォズが彼の炎に対して何かしらの魔術で抵抗している。何の魔術か、と確認する前にその隣のラップハールが目に入った。ちょうど複雑な印が完成するところで、口紅を塗った唇から男らしい声が生まれた。
「身体強化術、起動!」
 劇的な変化が起こった。ラップハールに、ではない。その部下であるシュトナと楽那に、である。
 二人の動作速度が目に見えて速くなった。
「!?」
 瞬く間に二人の姿を見失った。まるで転移したかのようだった。一瞬の残像を残して、二人は鷹晃の視界の外へ姿を消した。足音だけが鷹晃の唯一得られる情報になる。四つの足音は重なるほど連続で響いて鷹晃を取り囲んだ。
 鷹晃は咄嗟に目を閉じ、耳に神経を集中させる。両手に刃を思い描き、二人の攻撃の気配を読む。
 不意に気付いた。彼女らが足音を立てるはずがない。
「!」
 そして開いた目の前にシュトナと楽那がいた。
「……!」
 二振りの熱刃が襲いかかってくる。青と赤の光が交差して十字を描く。が、鷹晃は咄嗟に一歩引くことでこれを紙一重で避けた。
 彼女たちは、鷹晃の流派で『音無』と呼ぶ技術を習得している。その動作は一切の音を立てない。足音は攪乱するための雑音だったのだ。気付くのが遅れていれば間違いなくやられていた。
 身体強化。ラップハールをサポートにしたコンビネーションが彼女たちの戦術か。見事なものだ、と鷹晃は思う。人命を救うと言うことは、弱っていく生命力を逆に強化することだ。だからプリンスダム♂@長であるラップハールの強化術の腕は生半可ではあるまい。そして二人の戦闘ナースが持つ元々の実力。その二つが合わさった時、三人の女は百人の男に勝る戦闘力を生み出すのだ。
 だが、そこまでだ。鷹晃はこの時、冷静沈着を極めていた。集中力がみなぎり、シュトナと楽那の動きがやけに遅く感じられた。
 両の手刀を斬りたいと望む場所へ当てるだけで良い。青い光にうっすらと覆われた指先を、最短距離で伸ばす。熱刃が目の前を通り過ぎた瞬間、鷹晃の両手が戦闘ナース二人の手元へ吸い込まれた。
 熱刃の刀身、その根本に指先を突き入れる。そこに顕現していた空間断裂の力は、いともたやすくその部分を断つ。
 横薙ぎの太刀を放ったシュトナの熱刃は、そのまま刀身が向こうへ飛んでいった。振り下ろした楽那の刀身は、地面に深く突き刺さった。
「「……!?」」
 二人が一斉に息を呑む。総毛立ったかのように身を震わせ、彼女たちは燕のような軽やかさで飛び退いた。
「鷹晃!」
 歓喜に満ちたマルグリットの声が背中にかかった。武器無しでも立派に戦う鷹晃の勇姿に感動したのか。
 武器がなければ空間断裂が使えないというのは思い込みだ、とは能力が芽生え始めた頃からずっと言われていた。能力は鷹晃自身のものであって、白洸と対にならなければ発動しないという代物ではない、と。
 他の誰でもない、スターゲイザーに。後にウォズにも同様のことを言われた憶えがある。
 白洸を失って初めて試してみた。上手くいくという確証はなかったが、何とか出来るという確信はあった。その結果は今この両手にある。
「ハッ! こいつぁ驚いたぜ鷹晃ぁ! おめぇいつからそんな芸当ができるようになりやがった!」
 早くも手の傷が治癒しかかっているオーディスが嬉しそうに言う。鬼族だけあって再生能力が尋常ではない。ある意味、鷹晃も安心して戦える相手だった。
「ついさっきでござるよ」
 軽い調子で応えて逆襲に出る。負傷した右手を左手で庇っているオーディスへ。触れるだけで切れる手刀で、さらに足を狙った。
 鷹晃も長身だがオーディスはさらに大きい。したがって彼の脚部は狙いやすかった。
 どちらにせよ殺す気はない。状況がこうなってしまっては戦わざるを得ないが、それでも最終的には和解を目指したかった。そのためには鷹晃は不殺でなければならない。一人でも殺してしまえば和解の道は閉ざされる。だから、殺さず、勝たねばならないのだ。
 自分が選んだ道が一番過酷で険しいことを鷹晃は知悉していた。つい先刻、マルグリットが提案したこの方針を『それが出来れば苦労しない』と却下したのは他でもない鷹晃自身だ。だが、やるしかない。自分たちはもうそこまで追いつめられたのだから。
 オーディスのどちらかの足を切り落とすつもりで、鷹晃は襲いかかった。ほとんど不死身と言って良い肉体を持つ彼ならば、どれだけ傷つけようとも殺さない限りは回復するだろう。だから、オーディスだけはしばらく再起不能になるほど傷つけなければならない。
 片手を庇いながら動くオーディスなど簡単に捉えられた。
「もらった!」
 瞬時に隙を見つけ、撫でるようにオーディスの右足を太股から斬る。
 が、血がしぶく前に閃光が迸り、鷹晃の全身を衝撃が駆け抜けた。
「がっ──!?」
 それが、傷つけられた瞬間、オーディスが無秩序に放った雷撃だったとはすぐには気付かなかった。
「グハハハハッハッハァッ!」
 豪快かつ獰猛な笑い声。それにつられて視線を向けた鷹晃は、オーディスがこちらに両手を向けているのを見た。その右手に傷は見えない。何故なら、両手とも凄まじい光を放つ雷電を握っていたからだ。
 撃たれる──そう思っても雷撃で痺れた身体はすぐに動いてくれなかった。ただ、自分の攻撃の成果は見えた。オーディスの右足は確かに切断されていた。断面から果汁のごとく血が流れ出ている。鷹晃の空間断裂は正確には『斬る』のではなく『離す』ものなので、切断する際に細胞や血管を潰したりしない。そのため斬られた部位の血管は当たり前のように血液を流して、外にこぼしてしまうのだ。
 空気を掻きむしるような音を立てて紫電がオーディスの両掌に凝縮する。それが爆発する直前、
「鷹晃ぁ────────ッ!」
 マルグリットの青白い炎が来た。
「「!?」」
 横殴りの突風のようだった。左から来た怒濤のごとき烈火に鷹晃とオーディスは呑み込まれる。
「ガァアァアァアァアァ──!?」
 オーディスが野獣の咆哮のような叫び声を上げる。超高熱の炎に全身を炙られているのだ。肉と血の焼け焦げる匂いが一瞬で周囲に充満する。一方、鷹晃は無事だった。マルグリットの炎はその心が望むものだけを焼くのだから、彼女が傷つくはずもない。
 巨大なバケツをひっくり返したような大量の水が降ってきた。ほとんど瀑布だ。天から落ちてきた水の壁がマルグリットの炎を遮る。ウォズの魔術だろう。膨大な水蒸気が発生して周囲は白い闇に覆われた。
 ただでさえ雷撃に灼かれて身体全体が熱いというのに、沸騰した水蒸気を浴びては全身が火傷でただれて死んでしまう。痺れる身体に鞭を打って鷹晃は脱出を試みた。
 真っ白なもやを抜けると、そこには炎の軍神のごとき姿のマルグリットがいた。愛剣デストリュクシオン・アンペラトリスを振り上げ天を突き、その全身を極太の青白い火柱が包んでいる。炎は生きているかのようにうねり、捻れながら天へ昇り、途中で何十本もの鞭へと別れている。その大小様々な炎の鞭は、十六人のウォズを相手にしていた。
 対多人数戦闘はマルグリットの十八番だった。自由自在かつ強力無比の火炎。それでいて敵味方を選別が出来るとくれば、戦う者にとっては実に理想的な武器と言えるだろう。
 幾十もの炎は蛇のように動き、龍の如く暴れ回る。鷹晃との戦いと同じように十六人に別れたウォズはそれぞれがそれぞれの魔術を行使して抗戦しているが、意外にも苦戦しているようだった。以前であれば変幻自在かつ比肩しうる者のない魔力は、マルグリットの炎を容易に超える力を見せつけたというのに。
「フハハハハハ、ハハ、ハハハハハ────────ッ!」
 狂気に呑まれたかのような笑い声が、マルグリットの口から生まれては炎と共に天に昇る。もしかすると彼の精神状態が異常に高ぶっているおかげだろうか。
 鷹晃のよそ見もそこまでだった。
「!」
 背後から水蒸気を突っ切って現れた二つの人影がある。
 黒衣の天使だ。
 シュトナと楽那はどこから持ち出したのか、新しい熱刃を片手に携え、もう片方に拳銃を構えていた。その素早さを生かして近距離で引き金を引くつもりだ。線の攻撃である熱刃が無効化されたため、点の攻撃に変更したのだ。
 まだ痺れの抜けきらない鷹晃の身体では対処しきれない。だから彼女は叫んだ。
「マルグリット殿!」
 それだけでもう二人の心は通じる。鷹晃の呼び声に応えるように、炎が飛んできた。
「「!」」
 音もなく鷹晃に接近してきた二人は弾かれたように飛びしざった。が、それでも引き金を引くことを忘れない。鷹晃に向けて出来る限り連続で発砲した。
 青白い炎が鷹晃を包み込む。敵にとっては脅威だろうが、鷹晃にとっては守護の衣だ。拳銃から撃ち出された弾丸は、鷹晃に届く前に炎と熱に呑まれて消えた。
 ウォズが風を起こしたのか、煙のように立ち上っていた水蒸気がばっと晴れる。そこには黒こげになったオーディスが倒れていたが、すでにその表面ではもの凄い勢いで体液が泡立ち、肉体の再生が進められていた。
 そして不意に来る脱力感。
『!?』
 電源を切られたかのように全ての能力が力を失った。
 マルグリットの炎が消え失せ、十五人のウォズが姿を消し、残った一人が大地に降り立つ。ラップハールの肉体強化の効果も消えたのか、シュトナと楽那の動きが止まる。例外はオーディスで、その肉体再生は止まることなく続いていた。
「おやおや、いつの間に剣が無くとも戦えるようになっていたんです?」
 スターゲイザーの声が響いたことで『封印の概念』が使用されたということを確信した。
「どうやって使ってくるかと思えば……オーディス殿が回復するまでに時間稼ぎでござるか」
 鷹晃は質問を無視して、逆に問い返した。
「もしくは他の方にも危機が及べば。ガイストは使い方が下手だったんですよ。上手く活用するなら、必要な時だけ使用するべきだったんです。自分の力まで抑えてしまうんですからね」
 一方、スターゲイザーは素直に答える。余程、今の状況に自身があるのだろう。打破されない、という自負が。
「肉弾戦なら私共も引けを取るつもりはありません」
 これまで無口だったシュトナが冷たい声で言った。意味を無くした熱刃と拳銃をその場に放り捨てる。
「ボク達二人が揃っていれば、院長の強化が無くても無敵だよっ!」
 同じく武器を手離した楽那が格闘の構えを取った。鷹晃は二人の構えからその種別を見分ける。おそらく、シュトナが足技主体で、楽那が取っているのは拳闘の構えだろう。似ているようで、やはりどこか正反対の二人だった。
「では、オーディスさんが回復するまでその二人のお相手を願いましょうか。ウォズさんはそのまま休憩を。マルグリット様もどうぞ遠慮無く」
「ふざけるな! 誰が休憩などするものか!」
「剣を持っているといってもそれはただの増幅器ではありませんか。どうせ役に立たないのですから、大人しくしていた方が賢明ですぞ?」
「貴様──! 姿を見せていないからと言って図に乗りおってぇ……!」
 スターゲイザーの見え見えの挑発にのって頭に血を上らせるマルグリットを、鷹晃は制する。
「落ちつくでござるよ、マルグリット殿」
「しかし鷹晃!」
「怒る価値もござらん。マルグリット殿の思いが勿体ないだけでござるよ」
「む……」
 我ながら少しはマルグリットの御し方を覚えたようだった。こう言えばマルグリットが大人しくなる、というのが何となくわかる。
 やや痺れが抜けてきた身体で、鷹晃は空を見上げた。何処にいるともわからないスターゲイザーに語りかける。
「スターゲイザー殿、一つ約束して欲しいことがある」
 片手を上げて前面のシュトナと楽那に掌を向ける。話が終わるまで少し待って欲しい、と。
 スターゲイザーは一瞬だけ沈思したようだった。微妙な間を置いてから、
「出来る約束ならば、ね」
 と返してくる。話に付き合うことでも時間稼ぎになると考えたのだろう。
 鷹晃は言った。
「この戦い、拙者達が勝っても負けても二度とおぬしたちに手を出さないと誓う。その代わり、そちらもそうして欲しい」
「ほう? これはこれは、勝つ気満々ですな」
 嘲弄するように笑うスターゲイザーの声に、鷹晃はさらに声を重ねた。
「でなければ互いに血で血を洗うことになるでござる。おぬしと拙者は、かつては衣食住を共にした身。それだけは避けたい。約束してはもらえぬだろうか?」
 真摯に訴える。これは紛れもない、鷹晃の本心だった。
 スターゲイザーはつかの間、沈黙した。何かを考えているようにも、ただ迷っているようにもとれる数瞬。それを置いて、彼は頷いたようだった。
「よろしいでしょう。ただし、あなた方が勝てば、の話ですがね。こちらの目的は散々説明したでしょう。危険要因は取り除かなければならないんですよ」
「ありがとう、恩に着るでござる」
 鷹晃は微笑んだ。
 そんな彼女の表情に、その場にいるほとんどの者が驚き、目を見張り、息を呑んだ。
 この期に及んでまだ笑うのか──と、言葉にならない声が聞こえるかのようだった。
 確かに笑うような状況ではないのかもしれない。だが鷹晃は安心していた。それが反故にされるとは微塵も考えていない。和解への道がかすかでも開いたことを、ただ喜んでいた。良くも悪くも、それが御門鷹晃という人間の特徴だった。
 そして笑ったまま、
「では、いざ尋常に勝負するでござるか!」
 自信に満ち溢れた表情と声で、そう宣言した。

 両手を剣を握るかのように構え、瞼を閉じる。
 『封印の概念』が力を抑え込んでいる中、それでも意識を集中させる。
 概念とは何か。それは自らの能力に気付き、その説明を受けてから、ずっと考えてきたことだった。
 それは強き思いではないだろうか。自分の力が『空間断裂の概念』ならば、突き詰めればマルグリットの炎も、ウォズの魔術も、メルゼクスの魔法も概念の一つではないだろうか。力は思いから発せられるのだから。
 そして、マルグリットが教えてくれたこと。
 心は一つ。自分だけのもの。真の心に他者は関係なく、周囲の言葉に意味はない。
 地位も名誉も権力も関係ない。そう、他者の言葉、心、力も関係ない。
 重要なのは強い信念。自分だけが真実。そう信じること。
 それが力となるのだ。
 自分を信じればいい。
 それが強さになる。
 だから『封印の概念』という何者かの心が、自分を抑え込むというのなら。
 自分は『切断の概念』を強く持って、それを切り裂けばいい。
 自分の空間断裂は概念だ。概念とは心だ。つまり、自分の武器は心なのだ。
 そう、心を武器にすればいい。それ以外のものに頼る必要はない。
 自分の心だけを頼りにすればいい。
 心に刃を。
 魂を剣に。
 鷹晃は自分の胸に両手を当てた。心臓の鼓動が掌に伝わる。
 確信があった。これでいける、と。
 だから引き抜いた。
 魂の剣を。

 鷹晃以外の者はその光景に度肝を抜かれた。
 黒髪の少女が突然目を閉じ、剣も無いのに構えたかと思うと、その両手に青の光が現れたのだ。
『!?』
 光は刀の形をとった。どう見ても彼女の力である『空間断裂の概念』だった。傷が回復して起き上がったオーディスもそれを目の当たりにしていた。
 何人かは試しに自分の能力が発動するかを確認しただろう。だが、何も起こらない。今なおこの空間は『封印の概念』の支配下にある。
 ならばこの光景は何だ? と誰もが思った。
 鷹晃の手にある光の剣はどう説明すればいいのか。全員がその姿に釘付けになった。
 そして、少女は何を思ったか、光の剣を自らの胸に突き刺したではないか。
『!?』
 するり、と難無く光の剣は鷹晃の胸に突き刺さり、そのまま呑み込まれて消え失せた。ちょうど心臓の位置である。
 鷹晃はそのまま両手を心臓に当てて、深く深呼吸した。
 傷を負った様子はない。あの剣は幻だったのか。注視の中、鷹晃が再び動き出す。
 今度は胸から剣を引き抜くような動作。
 心臓を鞘にして現れたのは黄金の輝き。
『!』
 実に目映い、眼を灼くほどの光が鷹晃の胸の中心から放たれる。
 激しい輝きの中から、ソレは姿を現した。

 鷹晃は確かな信念を持って目を開いた。
 そこに、彼女の魂があった。
 自分でも正直意外だったのは、それが思ったよりも無骨な格好をしていたことだ。
 長大な両刃を持つ西洋風の剣。剣厚だけで五センチはあるだろう。剣幅は四十センチを下らず、その長さは鷹晃の身長以上あった。柄はなく、鉄骨のような刀身にただ握りが付いているだけだ。無粋にも程がある。
 何も自分が美しく洗練された心の持ち主だとは思わない。が、これはないのではなかろうか。せめて日本刀の形ぐらいは取っていて欲しかったところだ。
 その大剣はうっすらと黄金色の輝きを纏っていた。無論、心から取り出した時には物質でなかったのだろうから、その名残だろう。
 ソレは概念を超越し、取り出した鷹晃の心──魂そのものだった。
「鷹晃……」
 マルグリットが惚けたような声を出す。周りを見ると、誰も彼もが珍しい表情をしていた。ぽかんと口を開けて、こちらを見つめている。
 自身の内部から武器を取り出す者はこのクライン≠ノはたくさんいる。だから、大剣そのものに対する反応ではない。
 この『封印の概念』が占拠している異空間にもかかわらず、ソレを取り出したことに皆驚いているのだ。
 それは例えるなら、翼も無しに空を飛ぶことに等しく、生身のまま海中で呼吸するのと同義だった。
 それだけではない。鷹晃そのものと言える大剣が現れた瞬間から、空間全体がかすかに振動し始めていた。
 鷹晃は自らの内にある『空間断裂の概念』を物質化させたのだ。つまり大剣は『空間断裂そのもの』ということになる。
 つまり、大剣はただ在るだけで異空間を裂こうとしているのだ。ウォズの異空間がそれに抗って震えているのである。しかもそれは、時間が経つほどにだんだんひどくなっていく。
 そんな中で、鷹晃は言うのだ。周囲の人間の呆然とした表情など見えていないかの如く、
「いざ尋常に勝負!」
 と。
 まともではない。マルグリットでさえそう思っただろう。大剣は見るからに凄まじい力を秘めている。それと向かい合うのは自殺行為だった。
 一度は鷹晃の空間断裂の剣を防ぎきったウォズですら、顔を蒼白にしていた。あの時と同じ方法では、大剣の一撃を防げないことは明白だった。今まさに、あの大剣は『封印の概念』を切り裂き続けながらそこに在るのだ。概念を斬る剣など聞いたこともない。そして大剣は、どんな概念を持ってしても防ぐことなどできない──そう思わせる威容を誇っていた。
「……それは、反則でしょう」
 スターゲイザーの声がつまらない事を言った。悪魔から言語教育を受けたような男が、こんな無様なことしか言えないほど取り乱しているようだった。
 オーディスも、ラップハールも、シュトナと楽那も、全員が言葉を失っていた。
 それほど大剣から溢れ出る風格や威風は圧巻だった。
 鷹晃は真面目な顔で周囲をぐるりと見回し、一つ頷くと、
「そちらから来ぬのであれば、こちらから行くでござる!」
 そう言って大剣を振り上げた。
 それだけで終わった。
 何もしていないのに震えていたウォズの異空間は、それだけであっさり負けてしまった。
 いつかの時のように空が割れ、大地が裂け、崩れ落ちた。


 気が付けば周囲の風景が元通りになっていた。
 薄暗い建物の隙間。そこで大剣を振り上げている自分を、鷹晃は発見する。その隣で茫然自失の態でいるマルグリットも。
 と、地震が起こった。地面が、風景が、マルグリットが、ぐらぐらと揺れ出す。
「「!?」」
 油断すれば舌を噛んでしまうほどの振動の中、我を取り戻したマルグリットが叫ぶ。
「た、鷹晃!? その剣だ鷹晃! 早くしまった方が良くないかね!?」
「せ、拙者でござるか!?」
 無我夢中で取り出したので戻し方がよくわからない。あたふたしていると、さらにマルグリットが、
「おそらくクライン≠ェその剣で切り裂かれようとしているのだよ! 早くしなければ今の異空間のように、クライン≠ワで壊れてしまう!」
「何と……!」
 それが本当ならたまったものではない。鷹晃は瞼を閉じることで揺れる視界を遮り、心を落ち着かせる。深呼吸をして、重さを感じない大剣に意識を集中させる。
 ほどけろ、と。
 そうすること数秒。不意に、地震が止んだ。
 目を開くと大剣は消え失せていた。きっと鷹晃の内側へ戻ったのだろう。
 ほっ、と二人して安堵の息をつこうとしたその時だ。
 とんでもない轟音が、少し離れたところで響いた。爆音だった。何か大きな建物が爆発したかのような。
 鷹晃とマルグリットは互いの顔を見合わせると、そのまま二人で建物の隙間から飛び出した。
 音が聞こえてきた方角を見上げ、同時に目を見開く。
 期せずして声が重なった。
「「ガルゥレイジ!」」

 そこに、竜がいた。

 太陽の光を受けて黒光りする鱗。巨大な体に長い首、鋭い爪、研ぎ澄まされた牙が幾重にも並んだ顎。全長三百メートルを超える最凶の生物種。
 全体的に刺々しい形状をしている。影だけ見れば刃の塊だった。
 そんな竜に変化したガルゥレイジが身体にまとわりついた瓦礫を振りまきながら空に浮かんでいた。
 鷹晃は意識を集中させ、ガルゥレイジに語りかけた。
『どうしたのだガルゥレイジ! 何故、力の解放を!?』
『解放の許可有り。主が許可した』
 そんな馬鹿な、いつ? と考えた瞬間、確かに<鬼攻兵団>の訓練場で許可を出したことを思い出した。そういえば許可の取り消しを命じてはいなかった。鷹晃はほぞを噛む。ガルゥレイジはどこまでも、どこまでも愚直な竜だった。
 ガルゥレイジが竜身を顕したのは<鬼攻兵団>だろう。となると、その身を取り巻いていた瓦礫は『鬼岩要塞』のものか。
『主よ』
 今度は逆にガルゥレイジから語りかけてきた。
『敵を殲滅しても良いのか?』
 その言い方に鷹晃は少し引っかかるものがあった。いつものガルゥレイジならば『敵を殲滅するか?』と聞くはずだ。実際、半年前はそう問うてきた。しかし、今回は『しても良いのか?』と言うことは、彼の望むとおり、徐々に自我が芽生え始めているということだろうか。ガルゥレイジがまるで暴れたがっているようにも、鷹晃には思えた。
 が、それとこれとは話が別だ。
『駄目だ! 破壊も殲滅も認めぬ! こちらへ戻って来るのだ!』
『……御意』
 地鳴りのような声で頷くと、空にいる竜が巨体に見合った大きな翼を羽ばたかせた。風はここまで来なかったが、真下にある『鬼岩要塞』から膨大な量の粉塵が舞い上がり、その影響の大きさを様々と見せつけた。
 竜はこちらへ飛んでくる。その途中で、鱗の隙間から暗闇が噴き出したかと思うと、あっという間に竜身が暗黒の霧に包まれる。姿が見えなくなった瞬間、突風に吹かれて真っ黒な霧が晴れた。すると、そこにはもう竜の姿はなく、跡形も残さず姿を消していた。
 鷹晃の足下から、ぬっ、とぼろ布をかぶったガルゥレイジが浮き出てくる。
「うおををっ!?」
 マルグリットがその姿に悲鳴を上げた。ガルゥレイジは無音で現れて、ただそこに佇んでいた。マルグリットにとっては不気味なこと限りなかったのだろう。
「おおおおどかすなこの馬鹿者っ! いきなり出てくるのではない!」
 ガルゥレイジは無言だ。その態度がさらにマルグリットの逆鱗に触れる。
「貴様ぁぁぁっ! 何とか言ったらどうなのだ! この不気味な奴め! 不気味なくせして余の鷹晃につきまといおってからに! 余の炎で消し炭にしてくれようか!?」
「まあまあ、落ちつくでござるよ。マルグリット殿」
「しかしだな鷹晃、余は」
「マルグリット殿の怒りはもっと別な時にとっておくでござる。そう、拙者とまた一緒に戦う時にでも」
「むぅ……そうか?」
「そうでござる」
 不満げなマルグリットに、鷹晃は微笑みを向ける。なおも何か言いたげなマルグリットだったが、結局は鷹晃の言に従ったようだ。ふん、と鼻息をついてガルゥレイジから顔を背ける。
「しかし、おぬしも無茶をするものでござるなぁ……」
 苦笑を浮かべながら鷹晃はガルゥレイジに言う。ガルゥレイジはまた無言でいる。どうもそれが、鷹晃には不満そうに拗ねているように見えたので、これまた可笑しくなって失笑してしまった。
「まあ、いいでござる。あれならスターゲイザー殿達もしばらくはこちらに手を出してこないであろう」
 『鬼岩要塞』の方角を見上げて、呟く。その瞬間だった。
「それについてお話しがあるんですがね。御門さん」
「……スターゲイザー殿!?」
 再度、声だけが聞こえた。どうもガルゥレイジが『鬼岩要塞』が破壊したことで、後始末に忙殺されているものと思っていたのだが。
「スターゲイザー貴様ッ! まだ余と鷹晃に用でもあるのか! 余達が勝てば手は出さないと約束したではないか! それとも、命なくすまで戦わなければ納得いかないとでも言いたいのか!?」
 すかさずマルグリットが恫喝する。だが、いつものようにスターゲイザーはそんな怒声などものともしない。
「いえいえ、とんでもありませんよ、マルグリット様。私共は御門さんとマルグリット様にお詫びを申し上げたいのです。ですが、こちらは現在怪我人が続出してしまい、動けない状態にあります。ので、お手数ですがこちらまでご足労願えませんかね? 勿論、さきほどの約束は厳守させてもらいますので。いかがですかな?」
 言葉は慇懃だが、口調は常の如く不謹慎なスターゲイザーだった。マルグリットは虚を突かれたように黙り込むと、視線で鷹晃に助け船を求めてきた。
 鷹晃も少し考えたが、
「了解したでござる」
 と答えた。正直なところ随分と拍子抜けな話ではあるし、罠の可能性を考えたが、それでもそう答えるのが正しい気がした。どうせ罠だったとしても、今度も噛み千切れば良いのだ、と考えての判断だった。
「ありがとうございます。それでは、お待ちしていますよ」
 スターゲイザーの声からはどことなく焦りのようなものが感じられた。確かにあちらは天地がひっくり返ったような騒ぎなのだろう。
「本当に行くのかね、鷹晃?」
 不服そうなマルグリットに、鷹晃は、にっ、と口の端を持ち上げて笑いかける。
「大丈夫でござるよ、きっと。何かしてきた時は、その時こそ尋常に勝負するまででござる」
 その言葉で黄金の大剣を思い出したのだろう。マルグリットは少し遠い目をしてから、にやり、と笑う。
「ふん、ではあやつらには罪滅ぼしとして全員に土下座してもらうとしようか」
 などと、どこか鷹晃の力を自分のものと勘違いしているような物言いをするマルグリットだった。





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