刹那の雪

後日談

 
 白い雪がしんしんと降る、そんな朝の事だった。
 灰色の空の下、一郎太は住宅街の家と家の間にある道を歩いていた。
 昨晩の内に降り積もった雪の上を、足跡を刻みながら歩を進める。
 サクッ、サクッ、と雪を踏みながら、一郎太は雪菜のことを思い出していた 。
(もう、あれから一年かぁ……)
 早いな、と思う。
 あの雪女の少女と別れてから、春が来て、夏が来て、秋が来て。
 そしてまた冬がやってきた。
 雪菜と別れた、その次の日。誰も雪菜のことを覚えていなかった。まるで最 初からいなかったように、家庭も、学校も、何事もなく動いていた。
 正直、寂しいと思った。かわいそう、とも思った。
 しかし、現実は無情だった。
 一郎太の心に鮮明な跡を残していった少女は、少年以外の誰からも忘れられ 、そして今、ここにいない。それが現実だった。
 ずり落ちてきた右肩のリュックサックを、少し立ち止まり、軽く肩を跳ねて 、正常な位置に戻す。吐く息が驚くほど白い。
 ふと、気付いた。
 ちがう。可哀想だと思うのは、自分自身だ。雪菜がいなくて寂しがっている 、一郎太自身だ。
 苦笑。
 一郎太は歩き出す。さくり、と雪が音をたてて潰れた。
 五分ほど歩いただろうか。
 見覚えのある通学路の中でも、最も思い出深い場所まで来た。
 雪菜と出会い、そして別れた場所である。
 一郎太はふと、そこで歩を止めてみた。
 立ち尽くす。
 辺りを見回しても、何もない。誰もいない。ただ、周囲の家と、足元に積も った雪が見えるだけだ。
(また、出てきてくれるわけ……ないか)
 微かな期待を抱いてみても、無駄だと言うことはわかっている。
 吐息。
 再び足を持ち上げて、一歩踏み出した、その時だ。
 十歩ほど離れた向こうで、雪が天に向かって勢いよく噴き出した。
「──へ?」
 一郎太は目を丸くした。
 その視線の先で、限界まで高まった雪塊の群が、重力に引かれて落下する。 どちゃりどちゃり、と道の上に積もった仲間達と激突する。一郎太はあれの直撃 を受けた覚えがあるが、あの時はかなり痛かった。
 噴出する雪が徐々に弱まっていく中、その向こうに、小さな人影が見える。
 その人影は、こちらに背を向けて立っている。
 雪と共に下から吹き上がる風に躍る、艶やかな黒髪。小さな体を包んでいる 白い布と、それを纏める青い帯。
 どこか見覚えのある、少女の後ろ姿。
 雪の噴出が終わり、再び静かな空気が辺りに漂い始めた。
 とくんっ、と一郎太の心臓が、小さく、しかし、強く跳ねた。
 一歩、足を前に踏み出す。サク、と雪を踏みつぶした。
 二歩、三歩、四歩。
 一郎太はこちらに背を向ける、少女へと近付いていく。
 七歩近付いたところで、足音に気付いたのか、少女が振り返った。
 一郎太の頭の中を様々な言葉が駆けめぐる。
 『久しぶりだね』とか『やあ、また来たの』とか『いらっしゃい』とか『よ く来たね』とか──
 しかし、それらは全て頭の中で空回りして、どこかへ行ってしまった。
 振り返った少女が、目をわずかに潤ませ、嬉しそうに微笑む。
 一郎太もつられて、微笑した。
 言葉は自然に口をついて出た。
 
「おかえり」
 
 白い雪がしんしんと降る、そんな朝の事だった。

 


 

刹那の雪 完





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