言詞詩人、言紡師の家で世話になる
(注:100キロバイト以上在りますので、文を読み込むのに多少時間がかかります)
さて、これから書くのは二千年の八月後半の話である。 ……いや、正確には、八月十九日から二十六日にかけて、である。 これで何が言いたいかというと、簡潔に「青森に電車で行くと地獄を見るぞ」と言うことである。 今から語ることがその地獄の一面であることを、前もって了承していただきたい。 さあ、前口上を終わらせたところで言ってみようか。 事の始まりは、そう、メールであった。 僕には定期的にメール交換をしている人物が二人いる。 ばーやんさんとさゆさんだ。なお、この二人の人物像に関してはそれぞれの運営するサイトに足を運んでいただきたい。必ず、必ずよく分かるはずだから。日記を読めば。 さて、この二人とメール交換をしている内に、ふと一つの提案が持ち上がったのだ。 提案者が誰だったかは覚えていないが、曰く「青森でオフ会をしよう」、と。 ──本当はもっと違う感じだったのだが、意味はあまり変わらないのでよしとしていただきたい。 この提案に、一同は大いに乗り気になった。 早速、交通手段を模索する僕とばーやんさん。 が、模索する必要など無かった。 交通手段など決まり切っていた。 即ち、電車、である。 なにせ二人とも学生。決して裕福とは言えない身分である。 そんな二人が優雅に飛行機に乗るなど、とんでもない。できないことはないが、青森に着いてもまるで身動きできないであろう。間違いなく、行って帰るだけの金しか用意できないのだから。 そこで出てくるのが、青春18切符というものである。 詳しいことはよく分からないが、とにかく期間中であれば五日間、JRの電車を乗り放題できる切符なのだそうだ。 その値段は一万円弱。青森に行って帰るのが、一万円で済むというのだ。 それぐらいなら用意できるし、向こうで遊ぶお金もできる。 そんなこんなで交通手段が決まると、あとは日程だけであった。 それに関して、さる八月の十日にばーやんさんがわざわざ大阪まで出てきてくださった。 どんな風に話し合ったのかは、彼のサイトの「ぼやき」を参照すれば詳しいことが分かる。とにもかくにも、ジェットコースターで絶叫を上げオスマン帝国の宝を汗だくになりながら探しつつ、日程の相談は終わった。(終わるなよ) 後は、青森に向かうだけとなる。 |
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八月十九日 ネットの知り合いを初めて家に泊めるの巻 |
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午前六時頃、唐突に枕元のPHSが電子音を発した。 ばーやんさんからの電話である。 ほんの一時間前まで起きていた僕は、目を擦りながらもPHSに手を伸ばした。 のろのろと受信ボタンを押す。 曰く、現在天王寺にいるので四十分後に滝谷不動駅へ迎えに来てほしい、ということだ。 ──そう。青森に出発する前に、ばーやんさんは僕の家で一泊する予定になっていたのだ。 僕は早速三段ベッドの上から落ちて(降りて、ではなく)、痛む体に鞭打ちながらものそのそと服を着替えた。コーヒーを一杯啜り、頃合を見て家を出る。 「いやぁ、どうも」 「あ、どうもどうも」 閉まっているコンビニの前で僕とばーやんさんは十日ぶりの再開を果たした。 ぽつぽつと雑談をしながら、僕はばーやんさんと一緒に来た道を戻る。 家に着くと、僕の両親が起床していた。早速二人にばーやんさんを紹介する。 「あ、じゃあ、朝御飯食べなさい」 知り合いの母からこのようなことを言われて、断る人は希ではないだろうか。ばーやんさんも例外では無く、僕の母の言葉に頷いた。 すまないなぁと思いつつ、ばーやんさんと共に朝食を取る。すまない、というのはそのメニューだ。なにせ米と味噌汁だけである。母上……もう少し豪華なものを用意して欲しかったですよ。 朝食を片づけ、僕らはお茶を飲んで一息を吐く。 やおら、僕は時計を見上げ、一言こう呟いた。 「……眠たくないですか?」 「うん」 どうやらばーやんさんも昨日は睡眠時間が少なかったらしい。迷い無く頷いてくれた。僕も密かにかなり眠かったので、双方同意の上で朝から眠り込む事に決めた。 ばーやんさんには和室に敷いた布団をつかってもらい、僕はいつもの三段ベッドに昇る。(一番上なのだ) そして気が付けば、時計が午後四時を指していた。 確か七時半頃に寝たはずなので、約八時間程眠っていた計算になる。 よく眠った。 四時四十五分にはアルバイトに行かねばならない僕は、一階に下りて母上に少し早い夕食を求めた。 ちなみにばーやんさんは泥のように眠っていた。僕が部屋に入った音で目が覚めたらしいが、それまでは完全に熟睡していたらしい。熟睡していたのに、微かな音で(ちゃんと起こさないよう静かに入ったつもりだったのだ)目覚めるとは……。流石は数々の修羅場を潜ってきた御仁である。 ぱっぱっと食事を済まし、僕はばーやんさんに挨拶してアルバイトに出掛けた。仕事先では、本業の営業企画の仕事は特になく、ドライ食品の補充ばかりを手伝う。 五時間の仕事を終え、家に帰ると、持参のタオルケットにくるまったばーやんさんが布団の上でぼーっとしていた。 僕はふと疑問を覚え、ばーやんさんに尋ねる。 「僕が仕事に行っている間、何してたんですか?」 「んー……三十分前まで寝てた……かな?」 かな? じゃないですよばーやんさん(笑) 僕がヒーコラヒーコラ働いている頃、気持ちよく眠っていたんですね……ああ、羨ましい……。 その後、僕のPCでネットに接続し、色々な事を教えてもらったり、それをネタにしてお喋りしたりする。 ちなみにこの時に、初めてアクセス解析がどのようなものであるかを知った。後に僕はこのアクセス解析をするためにプロパイダと喧嘩するのだが……それはまた別のお話である。 ネットを落ちた後、僕はおもむろに、 「ビール飲めます?」 と聞いた。 その時には既に僕の両手には五百ミリリットルのマグナムドライが握られていたりする(をい) この後、僕らは酔いにまかせて人には言えないような話題で盛り上がった。 しかし、特筆すべきはばーやんさんのアルコールに対する反応であろう。 すごい、という形容がつくほど、顔が真っ赤になるのだ。 本当に凄いのだ。ビールを一口飲む度に顔の赤みが増していく。 青森でも飲むはずの予定だけど、その時はこんな少量じゃないし、すごいことになるな──僕は密かにそう思った。 そして実際にそうなるのだが、それは後ほどに。 奥の深い話は午後四時頃まで続き、やがて酒が切れた頃に僕らは床についた。 |
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八月二十日 前夜祭は飲むに限るの巻 |
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目が覚めたら午後二時だった。 のっけから「おいおい」って感じではあるが、夏休みの僕の生活はいつもこんなものである。 朝? なにそれ? あ、今(昼)のこと? そう、僕は昼に朝食を食う奴なのである。 ──ダメじゃん。 ベッドから下りてばーやんさんが寝ている部屋に入ると、やはり静かに入ったつもりだったのにばーやんさんは目を覚まされた。 んが、朝の挨拶を終えると共に、再びばーやんさんは夢の中へ。 熟睡される。 そういえば、と以前言っておられたことを思い出した。 「俺、寝だめできる体質みたいなんだよね」 マジですか? マジなんですか? マジなんですよね。 昨日の朝からずっと眠りをむさぼっておられるのだ。合計睡眠時間は二桁を軽く超えているだろう。 普通、人間はそんなに長時間眠れるものではない。──と思う。 かつて幾多の修羅場(旅)をくぐり抜けてきた勇士であるばーやんさん。その眠りを体内に溜めている姿を見ていると、今回の旅に対する不安がこうむくむくと膨らんでいったりする僕である。 はたして僕は耐えきれるのだろうか? そんな疑問をばーやんさんに問うと、こんな答えが返ってきた。 「その時はまあ、それまでだよね」 それまでってなんですかぁぁっ!? これによって僕の不安はレッドゾーンまで高まるのであった。 午後四時頃。 「そういえば、さゆさんたちに何か土産もっていかないと」 とばーやんさんが言った。 土産と言えば、すでに幾つかを用意していたのだが──けしてまともな土産とは言えない代物である。やはり堂々と胸を張って渡せる土産も必要だろう──ということで僕らは土産を買いに行くことにした。 ちょうど母が買い物に出掛けるところだったので、ジャスコまで一緒に車に乗せて行ってもらう。行き先がダイエーでなかったのは僕にとっては幸運である。なにせ、店長や次長には「今日から青森に向けて出発している」と言うことになっているのだ。下手にはち合わせした日にはとんでもないことになる。 余談だが道中、国道に出たところにこんな店があった。 『バ〜ミヤン』 …………。 ……………………。 僕やばーやんさんがどんなことを思ったかは、まあ敢えて言わないでおこう。 ちなみにこの店、中華料理の店らしい。どことなく入りづらい雰囲気を醸し出しているので、僕が立ち入ることは一生無いものと思える。 ジャスコの銘菓店に立ち寄り、さゆさんとすずかさん、藤巻さんへの土産を調達する。買い物は順調に──というかものの数分で終わったのだが、母と来たのはある意味間違いだった。 「ちょっと待っててね」 これを言われてしまった。 原則として女性の「ちょっと」は十分以上を指す。 そんなわけで僕らは所在なさげに地下食品売場に立ち尽くすのであった。 十数分後、ようやく戻ってきた母と共に帰路に衝く。 途中、ばーやんさんが街中にそびえ立つ白い奇妙な形の塔を指さして僕に聞いた。 「あれって……」 「ああ、PLの塔ですね。知りません?」 「いや……」 「ほら、PL学園ってあるじゃないですか。桑田選手と清原選手の」 「ああ、あのPL。って、ここにあったの?」 どうやら有名なのは学園名だけで、その地域はあまり知られていないらしい。 世界一と歌われているPL花火のこともご存じではなかったようだ。 母がばーやんさんに聞く。 「なんなら、近くまで寄ってみる?」 ばーやんさんは即答した。 「いえ、大丈夫です。今はそんな余裕ありませんし」 だろうなぁ、と僕は思う。はっきり言って、見に行っても何があるわけでもないのだ。中に入られるのはPL教団の信者に限られている上、今の時期は閉鎖されている。せいぜいPLの塔の変な形が嫌ってほど分かるぐらいだろうか。 ユニクロに立ち寄って必要なものを購入し、家に到着したのは午後五時半ぐらいだろうか。 そろそろ、ということで僕はばーやんさんのアドバイスを聞きながら荷造りを始める。衣服は極力抑えたつもりだったが、それでも鞄二つ分になってしまった。なにせ一週間もかけての旅行である。最低限の荷物だけでも結構なものである。 ま、三分の一ぐらいは娯楽用品だったりするのは愛嬌である。(ウォークマンとか文庫とかね。電車の中じゃ暇だって聞いたから) 「で、どうしましょう?」 「うん。明日の大阪駅始発電車に乗るんだけど」 「じゃ、夜の内に大阪に行っておかないといけませんね」 「だね。今日は駅周辺で夜を明かすことになるかな」 つまるところ『野宿』ですね。ええ、大丈夫です、覚悟しています。敢えて『野宿』と言わなかったばーやんさんの心遣いに感謝します。 だが、この時の僕はまだ心のどこかで油断していた。喉元過ぎればなんとやらと言うが、そもそも喉元過ぎてない物のことなんぞ分かるわけがなかったのだ。 午後十時半頃。僕とばーやんさんは長い旅路の一歩を踏み出した。 重い荷物を背に担いで近鉄長野線で阿倍野橋へと向かう。そのまま大阪に行っても良かったのだが、早くに行っても特にやることはないので阿倍野・天王寺区で時間を潰すことにした。が、ここでもあまりする事がなかったりする。金があれば飲み屋で時間を潰すのも良かっただろうが、そもそもこれは貧乏旅行である。そんな金はない。結局、僕らは手近なコンビニで立ち読みをすることにした。 ちょうどこの時だろうか。初めて『グラップラー刃牙』に出会ったのは。結構な巻数が出ているらしく、手に取ったそれは二桁の数字が記されていた。 何気なく読み、ストーリーは途中から。なのに。 おもしろいじゃないか。 何だろう、これは? 絵は上手いかどうか分からないが、少なくとも綺麗ではない。隆々と描かれている筋肉はむしろ気持ち悪いと言っても過言ではないだろう。 だが、おもしろい。 超絶面白い。 これは僕がアクション好きだからだろうか? 血や骨が飛び散るような小説を書く人間だからだろうか? 一気に気に入っってしまった。途中からだと言うのに、そのまま最終回まで読んでしまった。(ぐはー!(吐血) まさか最終巻だったとは!) 新しく見つけた楽しみがいきなり終わってしまったが、まあ、まだタイトルを換えて続いているらしいし。今度お金を貯めて古本屋でどっさりと購入しよう。 というか、『バキ』は有名な漫画だったらしい。ばーやんさんに、 「さっき読んでた漫画おもしろかったですわ」 と言ったら、 「え? 知らなかったの、アレ?」 と返されてしまった。基本的にジャンプとサンデーとガンガンしか読んでいなかった故の盲点である。今度からはチャンピオンもチェックしなければ。 大阪に向かう環状線に乗る前に、僕は一つ買い物をしなければいけなかった。 そう。この旅の要でもある、青春十八切符である。 生まれて初めて見るそれは、横に細長く、はんこを押す空白が五つあった。なるほど、一度使う旅にこの空白が埋められて行くわけか。 そして僕らは最終電車に乗って大阪へ向かう。 大阪に到着してもする事はただ一つである。暇つぶしだ。人気の少ない大阪駅を抜け(結構新鮮である。いつも通勤・通学ラッシュの中歩いているから)、夜の街を重い荷物を背負いながら徘徊する。 臭いトンネルを抜けたり、足元に寝転がっている浮浪者の人を見て「今日はあの人達は『先輩』なんだな」とか思ったり、TSUTAYAで立ち読みしたり暇つぶしの本を買ったり。 やがてどの店も閉まる時間になり、僕とばーやんさんは再び大阪駅に戻ってきた。近くの歩道橋の足元に陣取り、荷物を下ろす。こんな時間だと言うのに、周囲にはそれなりに人の気配。 今回の旅行の間に限っては『先輩』と呼ぶべき人たちである。広い歩道橋の上に段ボールを敷いて横になってらっしゃる。 腰を下ろすと同時、ばーやんさんは手すりに背を預けてお眠りになられた。僕もそうしようと思ったが、眠るに眠れない。しかたないので先程購入した漫画を読んで時間を潰した。 午前四時頃。ようやく大阪駅に下りていたシャッターが開いた。未だ白くならない空の下に飽きた僕とばーやんさんは、荷物を持って屋根のある場所へと赴く。 が、僕たちが乗る予定の始発がでるのはまだ二時間も先である。駅構内で再び時間を潰す僕たち。ちなみにずっと我慢していた排泄物処理は駅が開くと同時に欠かさず行っておいた。 「暇ですねー」 と不意に僕が呟くと、ばーやんさんがこう言った。 「早いけど、もう乗っちゃおうか? ちょっと予定変更にはなるけど、五時発の電車あるから」 ぼーっとしていることに飽きていた僕は即座に頷いた。駅構内に座り込んでぼーっとしているより、電車の椅子に座って寝ている方がまだましだと思ったからだ。 |
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八月二十一日 お二人様、地獄の一丁目にごあんなーいの巻 |
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まだ空が暗い、早朝の駅というのは実に妙な雰囲気を持つ。まだ夜が始まったばかりではないのか。そう思わせる空気の中、僕とばーやんさんは駅のホームに立った。 「で、まずはどこへ?」 「京都。それから米原に行って、大垣」 「ははあ、なるほどなるほど」 とか言いつつ、次は京都だな、としか考えられない僕はやはり未熟者である。いや、今ならなんとなくわかるんですけど、この時は本当にそれぐらいしか分からなかったんですよ、ばーやんさん。 長い旅の途中でのどが渇いても潤せるよう、飲料水を購入する。何故水なのかというと、水なら温くなっても別段うまくもまずくもないからだ。下手に甘いジュースを買うと、温くなったときに痛い目を見る。そう、ばーやんさんから教わった。 居眠りしつつも京都に到着した僕たちは、電車を乗り換えるためホームからホームへ歩く。下りたのは、ごく普通のホームである。 線路を挟んだ向こうのホームはそりゃ凄い物だった。 一言で言えば、大理石、である。柱、床、それらに黒光りする大理石が使用されているのだ。 「うっわー、大理石ですよばーやんさん」 「うん。というか、天井高いよね」 本当に高かった。僕たちは首を四十五度以上曲げて向かいのホームの天井を見上げた。 そのまましばし、ぼーっとしながら電車を待つ。 「初動が大事だからね」 と、昨日のばーやんさんは言った。その時の僕はそれがどう言うことなのか、あまりわかっていなかった。そう、京都駅発の電車に乗り込むまでは。 電車がホームに到着し、ほどなくして扉が開く。 ばーやんさんの行動は誰よりも速かった。 重いはずの鞄を軽々と持ち上げ車内に突入し、あっという間に席を確保されたのだ。 流石、旅慣れていらっしゃる──僕は苦笑いを浮かべ、ばーやんさんが確保された四人掛けの席に荷物を乗せ、腰を下ろした。 四人掛けのシートを二人で占領する。人が少ないからこそ出来る技ではあるが、他人から見ればいい迷惑であろう。 はっ、だがしかし!(何だか偉そう) 旅に恥は欠き捨てである。気にしない気にしない。(気にしろ) 午前七時半、普通の社会生活を営んでいる方々が目を覚まされる頃。 僕たちは米原に到着した。ここでまたも電車を乗り換えるのである。ちなみに、この一日でこなす乗り換える回数は二桁に及ぶ。まだまだ序盤だ。 昨夜から何も食べず、しかも徹夜していた僕たちの胃の中は当然の如く空っぽだった。駅のキオスクに食料を求める。 この時、僕は初めて知った。生まれて初めてだった。 駅弁がこんなに高いとは!! …………。 ……………………。 いや、失礼。四桁の弁当なんて見たことがなかったので。 というか違う。僕が感動したのはもっと別の事に関してだ。 この時、ばーやんさんはミルクもチョコレートも入ってない安いパンと水を、僕は三百円のいなり寿司と清涼飲料水を購入した。 ホームのベンチに腰を落ちつけ、購入したばかりのいなり寿司を口に運ぶ。 ──その時の感動を、どう言葉にしていいものやら。 一言で言ってしまおう。 うまかった。 む? これではちと物足りないか。 超絶うまかった。 いやいや、これも表現が曖昧だ。 本当に泣きそうになった。 これがいい。 冗談でも誇張ではなく、いなり寿司のうまさに泣きそうになった。 ジャロに訴えたければ訴えればいい。 断言しよう。 あの味は本物だった、と。 いなり寿司のうまさにじーんと感動する僕に、ばーやんさんが言った。 「まあ、お腹減ってたしね。味覚神経がいつもより敏感になってるんだよ。ほら、空腹は最高の調味料って言うでしょ?」 実に科学的な物言いである。 だから、僕はこう言った。 「まま、お一つお一つ」 いなり寿司を差し出す。 「ん? ああ、ありがとう」 ぱくっ。 そして、ばーやんさんは僕と同じ表情を浮かべた。 『こんなうまい物初めて喰った』という表情を。 本物の味を目の前に、科学的検証なんぞはヘノカッパなのだ。 僕たちは二人していなり寿司を「うみゃいうみゃい」と絶賛した。 ちょうどエネルギーを充填し終わった頃に電車がやってきた。これから学校へ行くのだろう学生の集団と共に乗り込み、やはり速攻マッハで席を確保。 大垣へ向けて一時間。その車中の会話。 「なんか、アレですねー。時間の感覚が麻痺してるっていうか狂ってるっていうか、今何時です?」 「んー、普通の人が活動を始めるぐらいだね」 「いやはや、今日は始まったばかりですか。ははは」 「俺達の地獄もね。ははは」 笑い事じゃないっすよばーやんさん(涙) 大垣の便所で乗り換え(というかトイレで用を足し)、豊橋まで二時間。 ここらから暇つぶしに本を読んだりイヤホンを耳に差し込んだり夢のお花畑に飛び立ったりする。 余談だが、こんな風に一時間二時間単位で電車に乗るのは初体験である。だが、我ながら僕の順応能力はそこそこに高く、豊橋に到着する頃にはもうすっかり慣れてしまっていた。一時間二時間なんて当たり前。この調子ならなんとかバテることなく本日の最終予定地、仙台までたどり着けるだろう。そう思った。 だが、そんな考えは浅はかだったのである。 豊橋駅で立ち食い蕎麦を食べた後、ばーやんさんが言った。 「次の電車には三時間だね」 この言葉を聞いたときは「なんだ、さっきより一時間多いだけか、楽勝楽勝」とか思った物だ。 しかし、現実は甘くなかった。 この豊橋から熱海までの三時間を「魔の三時間」と呼ぶことになる事態が待っていたのである。 異変に気付いたのは、混んだ車内でも何とか出入口付近の席を確保し、電車が動き始めたときだった。 暑い。 クーラーが動いているはずなのにやたら暑い。 満員電車だからだろうか? 人々の肌から放射される熱にクーラーの冷風が負けているのだろうか? 僕は右斜め上にあるクーラーに目をやった。そして耳を澄ました。 ガガガガガガガガガガガガガ…… いかにも『ぼくちん壊れてまーす。風だせませーん。冷たくできませーん。だからたっぷり汗かいてくだーい。ってかひからびろサル共』という感じの音を漏らしていた。 クーラー壊れてるじゃん!! あんまりな現実に、僕とばーやんさんはあんぐりと口を開き言葉を失った。 「ば、ばーやんさん……」 「うん……これはかなりやばいね……」 やばいなんて言うレベルではなかった。 夏の気候に、密閉された空間、そこに乗り込んだ人、人、人。 この方程式がはじき出す答えなんて一つしかなかった。 数分も行かぬ内に、車内の気温は脳味噌が溶けるぐらいになったのだった。 ……暑い。 全身の毛穴という毛穴から汗が噴き出しているのが分かる。 Tシャツが、バケツの水でもひっかけられたんじゃないかってぐらい湿っていた。 ふと、昔見たとあるCMを思い出す。 『パンツの中までびしょびしょだ』 冗談じゃなかった。体に触れている布という布が濡れていた。 こりゃたまらん、とバッグの中からタオルを取り出す。顔や首筋の汗を拭き取り、Tシャツの胸の中に入れる。これで少しは汗を吸ってくれることだろう。 っていうか効果無し。 怒涛の如く吹き出してくる汗に一枚のタオルはあまりにも小さかった。 こうなりゃ気を散らすしかない。暑いと思っているともっと暑くなる。別の物に気を向けなければ。 僕とばーやんさんはウォークマンを取り出した。音楽で気を紛らそうというのである。 しかし、僕のウォークマンがイヤホンなのに対し、ばーやんさんのMDウォークマンは不幸だった。ヘッドホンだったのだ。 ヘッドホンのスポンジ部分が汗を吸ってしまう。汗を拭いてから耳にかけても、再び汗が噴き出すため、どうにもこうにも気持ち悪くなってしまう。 結局、ばーやんさんはウォークマンを諦め、根性で眠っていた。 僕は、わるいなぁ、と思いつつもイヤホンから流れてくる歌に意識を傾ける。……良いぞ、大分楽になってきた。目を閉じ、もっと音楽に意識を向ける。体の感覚を無視する。 ついでに今度書く小説のことでも考えようか、と思考を開始した。 今度のタイトルは『瞬きの冬』だ。雪女がヒロインである。コカインは麻薬だ。麻薬と言えば煙草もそうだが何故か法律では禁止されていない。何故なのかわからないがそんなことはどうでもいい。次の五十八章の舞台は空中都市だ。翼を持つ民のヒロインが主人公を助けるところから物語は始まり、二人は温泉に入る。そこには何故かカバやサルやキジがいて、桃太郎は山へ芝刈りに行っているのだ。だから主人公は地球防衛組に助けを求め、地上を支配せんとする町医者の田中さんと最後の対決をする。辛くも地下施設を脱出したゲリラ兵の主人公は竪穴式住居に飛び込んだ。そこには十一人のサイボーグがいてヒロインのキムチ鍋を囲っていたりする。そして衝撃事実が明かされた。なんとシンデレラは浦島太郎だったのだ。しかし少女を人間にしたい彼は断固として叫んだ。昇るならカリン塔だ、と。しかたないのでヒロインは地球に下りて核戦争をおっ始めた。そこで出会ったのはなんと、かつて愛した人の息子の友達の恋人の知り合いの弟だった。感動のあまり彼は大声で言った。ペプシマーン。果たしてエアーズロックにたどり着いたジョーンズはかつて彼を虐めたヘレンに復讐するため、有機栽培されたバイオソルジャーをホップステップジャンプ。そして早口で呪文を唱え始めた。オッス、オラ悟空。やがて大きな山が見えてきて、その下からタマネギのように はうあぁッッ!? な、なんだ!? なんだなんだ!? 一体何の夢みてんだよ俺!? ……こほんっ。 いやいや、驚きのあまり少し地が出てしまった。僕は僕である。ええ、僕は僕だ。君は君だよ真士くん七海さんってな感じで。 それにしても壮大すぎる夢を見ていた物だ。熱さで頭をやられてしまったらしい。瞼を開き、焦点のぼやけた瞳を左腕に向ける。そこに巻き付いている腕時計は一時間の経過を表していた。 ふと、再びクーラーの方に目を向ける。あいつは今でもガガガ。頼むからファイナルフュージョンしてくれ。出来ることならあのクーラーの真下まで行って後転倒立する要領で蹴りをぶち込みたいところである。 さらにその向こうを見ると、車両の真ん中に扇風機があるではないか。あちらはしっかりと活動している。その下にいる人々は妙に涼しそうだ。くそぅ……席譲って上げるから場所変わって欲しい。だが、この人の多さではそれもままならない。 僕は未だ『まだまだ壊れてまーす。ていうか直りませーん。風ふきませーん。もっと暑苦しくなるような音もらしてまーす。思う存分汗をかいてくださーい。ていうか死ねやコラ』な音を吐き続けるクーラーを睨み付けた。 おのれクーラー。恨めしやクーラー。いつか絶対このおとしまえつけ……て……や……る…… そして再び僕の意識は闇に落ちていくのだった。 熱海に到着し、そしてヘヴンズ・ドアーが開いた。人々は光を(冷気を)求めて一斉に扉へ向かう。 ギラギラと太陽の照りつける外へ。 ──涼しかった。 何故だろう。太陽はあんなに眩しいのに。陽射しはこんなに強いのに。 涼しい…… 夏の気温がこんなに涼しいとは。僕とばーやんさんはしばらくその場に立ち尽くした。 ばーやんさんが言う。 「いやー、暑かったねぇ。駅で止まったときに開く扉から入ってくる外気だけが唯一の救いだったよ」 「え?」 僕は聞き返した。外気? そんなのあったっけ? 「あれ?」 ばーやんさんも聞き返した。 「外気、無かった?」 僕は頷いた。 「ええ……多分、ばーやんさんが壁になって届かなかったかと……」 「……あら?」 ぐはー! 今回一番つらかったのは僕かー!(号泣) 初めての旅行でこんなのあんまりだぁ(しくしく) さて、次なる目的地は東京である。 こんどの電車は順調。クーラーがよくきいており、湿った衣服が乾いていく。東京に近付いてきた頃、電車の中から東京タワーの先端を見つけ、大いに満足する(するなよ)。 東京に下りれば、人の多さに辟易する。というか僕らは浮いていた。大きな荷物をかついだ男二人。旅行者、あるいはお上りさん。同じ浮くなら超能力者兄弟っぽく浮けばいいのだが、それは無理である。ばーやんさんにトヨエツの代わりは出来ても、僕に武田真士の代わりは出来ない。 人の多い駅の中(というかアレは駅の構内だったんだなー、と今更思ったり。広すぎだって)を歩き回り、東京から新宿、新宿から池袋へと移動する。 ちなみに「自分はいま東京の地に立っているのだ」という実感はまるでなかった。いつもは来ない隣駅に降りたような気分だった。旅行している、というよりも、スケジュールを潰している、という感じだっただろうか。旅の情緒も何もあったもんじゃない。 と、池袋駅の黒磯行き列車のホームに立ったときのことだ。僕はふーやれやれと荷物を下ろし、その場に腰を下ろした。次の列車に乗ればもう半分は終わったことになるだろう。そう考えた矢先である。 「……やばいっ!」 唐突にばーやんさんが叫び、脱兎の如く走り出した。荷物を持ったまま。 僕は大いに仰天し、慌てて腰を浮かした。そして凄い勢いで階段を下りていくばーやんさんを荷物を担いで追いかける。 なんだなんだなんだ? 何故いきなり走り出したのだろう? 訳が分からない。 向こうの分かれ道でばーやんさんは一瞬立ち止まり、そのおかげで僕は追いつけた。 「ど、どうしたんですか? ばーや」 「ええいままよっ!」 僕の声を遮り、ばーやんさんは右の通路に。僕も急いでその背中を追う。 上がったのは一つのホームだ。すでに電車が止まり、扉が開いている。その中に飛び込んでいくばーやさんを追いかけて僕もその電車に駆け込んだ。 その途端である。空気の抜ける音と共に一瞬前に潜った扉が閉じた。 二人して肩で息を繰り返し、酸素を求めて喘ぐ。やがてばーやんさんが走り出した理由を説明してくれた。 「やばかった……まさか同じ時間に大宮行きの電車があるとは……」 どうやら黒磯行きとはまた別の電車が発車するホームだったらしい、さっきの場所は。 「ええ? ……すると、下手したら全然違うところ行ってたんですか?」 「ううん。一応青森には行けたと思うよ」 「あら? じゃ、なんで?」 「……新幹線に乗りたい?」 「は? あ、まあ、できれば」 「お金は?」 「勿論無いですよ」 「さっきの電車に乗ってたら、新幹線に乗るはめになってた──どう?」 血の気が引く思いだった。ただでさえ寒い懐が凍り付くところだったのである。 「……やばかったですね」 「でしょ?」 苦笑するばーやんさん。下手したらこの苦笑が冷笑になっていたかもしれないかと思うと、僕の肝はとてつもなく冷えた。 午後七時頃、黒磯に到着。すでに日は暮れかけており、空は紫色。もはや元気という元気を出し尽くした僕たちは晩飯すら忘れて電車に乗り込んだ。 四人席を二人で占領。足を伸ばして気前良く眠る。 マナー? 常識? くそくらえだ。 そして、福島へ到着。すでに日は落ちている。空は墨色、真っ暗だ。 「次の電車は三分後に発車する。急ぐよ!」 「はいな!」 ばーやんさんに気合いを入れられ、今度は心構えもできている僕は力強く頷いた。 電車の扉が開くと同時、僕たちは飛び出す。 そして走る。階段を上がる。回りを見ると同じように走っている人がいる。しかも複数。 こいつら全員席取りのライバルである。僕とばーやんさんは気合いを再充填し、通路を駆け抜ける。階段を下りる。そして停車している電車の扉を開き(そう、ボタンを押して開かないと行けないのだ)、中に飛び込む。 座るより荷物を置いた方が速いので、放り投げるように荷物を席の上に置いた。 ふぅ、と一息。 「あー……疲れた……」 「よーやく、これが今日の最後の一本だね。後は仙台で野宿して、明日の朝一で青森、と」 「つーかこんだけ乗っても青森に着かないんですねー」 「遠いからねー。流石に電車じゃ一日は厳しい」 「こりゃあ、向こうに着いたらたっぷりサービスしてもらわないとね。あはは」 「そうそう、報われないとかなりアレだね、ははは」 笑い合う僕とばーやんさん。まさか本当に過大なサービスを受けるとは露知らずの会話であった。後に話すが、僕たちは想像以上の優遇にたじたじする羽目になる。 仙台に近付くにつれ、車内が閑散としてきた。 仙台に到着する二十分ほど前に僕らは荷物をまとめて立ち上がり、扉付近へ移動する。今考えると、二十分も前に立ち上がるというのはかなり時間の感覚が狂っていた証拠である。だがしかし、荷造りせにゃあなーと思ってしまうのだよ明智君。 あと二十分しかないと。 暇になった僕たちは、人が少ないのを良いことに体操を始めた。屈伸、前屈、体をグルグル回す。 しかし、突然腕立て伏せを始めたばーやんさんには正直驚いた。まさかそこまでするとは…… 午後十一時頃。後一時間で今日という日が終わる時間。 仙台、到着である。 ようやく、ようやくであった。 長かった…… 今日という一日は、本当に長かった…… 十九年の人生で一番長く、そして苦しかったかもしれない。 あんなに暑かったのは特に。 それなのに。 それなのに、嗚呼…… なぜ雨が降っているのっ、こんな日に限って!?(涙) 神よ、あなたは僕たちにこの濡れた大地で野宿しろと、そう仰るのですか? そう仰るのですね。現に雨が降っているのですから。 くたばれこの野郎。 空腹が限界まで達していた僕たちは、何よりも晩飯を優先した。夜の街へ、重い荷物を担いで繰り出す。荷物が重すぎて遊ぶこともできやしない。 近くて安くてうまい店はないか? と探していると、あっけなく駅周辺にあった。 吉野屋である。 旅行に置いては全国チェーン店を信用するべきだろう。僕たちは吉野屋に乗り込み、腹を満たした。 どうせ暇だから出来るだけ店の中で時間を潰そう──ばーやんさんがそう提案してくれたにも関わらず、僕が野生全開で牛丼を喰い尽くしてしまったのは余談である。(申し訳ないっす) 結局はやばやと吉野屋を後にするしかなかった僕たちは、近くのコンビニに入った。ここでも「バキ」を読んで時間を潰す。ついでにサンデーが売っていたのでそれも購入。荷物が増える。 ばーやんさんは懐に紙幣が入っていない状況にも関わらず、なんと水二リットルを購入された。正直僕は「?」と頭を捻る。何故に水? しかも二リットル。しかし、僕は後に理解する。なけなしの金をはたいて水を買ったばーやんさんの真意を。 立ち読みに疲れた僕たちは仙台駅に戻ってきた。当然、駅ビルは閉まっており、構内に立ち入ることはまかりならん(変な日本語) 僕たちは駅とほぼ同化している交番を発見。ちょうどよくその側に屋根のある広い場所があったので、そこを今日の宿とした。嗚呼、貧乏ってつらい。 と、よく見てみると他にも寝ている人々がいるではないか。もしや『先輩』か? とも思ったが、違った。僕たちと同じように電車旅行をしている人達のようだ。中にはシートを敷いて寝ている人たちもいる。ちなみに女の子二人組。いいのかなぁお嬢ちゃん達、こんな所で寝ていると僕がいたず(ばーやんさんの拳による規制) ぶふぅ(吐血) さて、現在の時刻は午後一時半頃である。 この三時間半後には出発という、相変わらずハードなスケジュールだ。 もはや「寝よう」とは思わず、僕は先程購入した本を読み始めた。 ばーやんさんは鞄の中からタオルケットをとりだし、鞄を枕にタイルの上で横になられる。 こうして、地獄の一日目は終わりを告げたのだった。 |
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八月二十二日 青森到着、暴走する破壊の女神降臨の巻 |
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一冊の本を読み終え、ふと横で寝ているばーやんさんに目を向けた。 なにやら難しい顔(眉間にしわが寄っている)をして眠っておられる。そういえば僕の家で本を読むときもこんな顔をされていた。「難しい顔をして何を読んでいるのだろう?」と思って手元の本を覗き込んでみるとそれは「ラブひな」。あれはかなり笑えた。ばーやさんの顔は彫りが深いせいか、すこし表情を引き締めるだけで「むっつり」としているように見えるのである。 と、その時。ぱち、とばーやんさんが目を開いた。 僕はぎょっとする。 「お、起きてたんですか?」 僕の問いに答えず、ばーやんさんは上体を起こした。そして顔を横に向け、頭をさすりながらぼそりと、 「……蹴られた」 と言った。 「……は?」 ばーやんさんの視線を追うと、そちらには少し離れたところに寝ていた男性の姿が。その人はだらしなく足を広げており、その踵がちょうど先程までばーやんさんの頭があったところにある。 「あー……どうだろう、仙戯さん」 「はい?」 「ちょうどよく周りの人は寝ている。交番の人もそんなに警戒していない」 「はぁ……それが?」 「これから二人でこのオッサンの顔を潰して、ここ(陸橋の上)から放り落とすというのはどうだろう? いいアイデアだとは思わないかな?」 「…………」 僕はたっぷり一秒は沈黙しただろう。 調子を合わせて「いいですねー」というのはたやすかった。だが、ばーやんさんの声に冗談の気配はなく、僕は反射的に常識的な発言をしていた。 「……い、いや……それはやめておいた方が……」 「だよね。──あーもうまったく」 ばーやんさんはあっさり折れ、頭を蹴ったオッサンからさらに距離を取った。鞄を横にずらし、オッサンの足の攻撃範囲から脱出する。 あっさりと諦めたという事は、さっきのはやっぱり冗談だったのだろうか? いや、むしろそうだったと信じたい。 先程ばーやんさんの背中から感じた殺気はきっと気のせいだろう。 オッサンを見るばーやんさんの目がギラギラしているのもきっと気のせいだろう。 そう思いこもう。 この後、ばーやんさんは無理に起こされたせいか眠気が吹っ飛んでしまったらしく、寝るのを諦めて本を読み始めた。 すると今度は僕が眠くなりはじめた。流石にこのまま起きたままで青森に行くのはキツイかもしれない。そう考えて少し睡眠をとることにする。 ありがたいことにばーやんさんがタオルケットを貸してくれた。夏ではあるが、少し肌寒い。これは助かる。 だが、枕にした鞄が少し硬い。正直、眠れない。 もっと柔らかい物を、と鞄の中を探り、念のために持ってきた春物の上着を取り出した。それを丸めて枕がわりにする。 今度はかなり楽になった。すーっ、と眠気が体内に浸透していく感覚がある。 空は暗い。星が瞬いている。 硬く冷たいタイルの上で、僕は地獄に堕ちるように眠りに落ちた。 夢を見ていた。 白いイメージの夢だ。 真っ白な空間の中を僕は漂い、肩を揺すられ、ガクガクと 「おーい」 ……はい? 目が覚めた。目を開くと朝の仙台駅の風景が飛び込んできた。 「……あ?」 「そろそろ起きた方がいいよ。駅ビルあいたし」 言われて背後の扉を見てみると、鍵のかかっていた扉は開け放たれていた。 寝ぼけた頭を軽く振りながら、僕はばーやんさんに尋ねた。 「……僕、どれぐらい寝てました?」 「大体一時間半……ぐらい」 つまりは学校の一時限程度というわけである。このままでは本気で過労死するかも、という考えが脳裏をかすめた。 ばーやんさん曰く、あと一時間ほどで電車が来るので、早めに顔を洗って歯を磨いて置いた方がいいとのことだ。僕は鞄からハンドバッグを取り出して駅ビルのトイレへと向かった。 はずだった。 案内板の通りにトイレへ向かったはずが、何故か駅の改札前に到着。 イカン、まだ寝ぼけている。駅員さんにトイレの位置を聞くと、逆方向にあると言われた。 ようやくたどり着いたトイレで身支度。顔を洗ったり、歯を磨いたり、寝癖を直したり。 すっきりしてばーやんさんの元に戻ると、 「トイレの水で顔洗っちゃったの?」 「ええ。……それが?」 「言えば、このペットボトルの水あげたのに。たくさんあるから」 ガビーン! それならそうと早く言ってくださいよばーやんさん! 思いっきりトイレの水で顔洗ったり歯を磨いたり寝癖なおしたりしちゃいましたよ……(涙) 不意にここで気付く。昨夜、ばーやんさんは顔を洗ったり歯を磨くために二リットルの水を買ったのだ、と。 ふっ……僕もまだまだ修行がたりない、か……(←かっこつけてもトイレの水で顔を洗った奴) 荷物を担いで駅ビル内に入り、売店でパンと飲み物を求める。ちなみにばーやんさんの飲み物はやはり二リットルの水。ううぬぅ、すごいぜ水。最高の汎用性だ。 それから始発の一ノ関行きに乗り、一時間半後に到着。そこで盛岡行きに乗車し、二時間ガタンゴトン。ちなみに既に空は明るい。おてんと様がまぶしい。しかし僕たちは一時間程度しか寝ていない。そう考えた一瞬、何故か太陽がやたら憎らしくなった。 盛岡に到着し、僕たちは大きく息を着いた。次で、最後。次の電車で目的地の野辺地に到着するのである。 だが、青森行きの電車が発車するのは十一時半頃。現在九時半であるから、二時間ほどの空き時間がある。 この空き時間を使って、僕たちは銀行からお金を下ろすことにした。駅ビルの中を幽鬼のようにさまよい、ATMを探す。疲れていたせいか、すぐ近くにあったATMに気付かず、やたら遠くまで探しに行ってしまった。戻ってきてから改札のすぐ側のATMに気付いたのは、かなり間抜けだった。 お金を下ろしたら下ろしたで、空腹の虫が暴れ始める。駅ビルの中には飲食店が多数あり、それら匂いが僕たちを誘惑していた。僕たちは必死に食欲の衝動を抑えた。朝、パンを一つだけしか食べていない僕たちにはつらすぎる試練だった。金を使ってたまるか、と無料の茶を飲み、本屋で気を紛らわす。ちなみに立ち読んだのは噂の「バトルロワイヤル」。読んでいてかなり気分が悪くなる。某人物が「バトロワに比べたら改造人間なんて」と言っていたのを思い出し、納得する。こりゃかなわない、最高に気分悪いわ──と。ま、どっちが気分悪くなるのかなんて競うだけ無駄だけど。時間も足りなかったので、いくらか読んだ後、一気にオチに目を通した。なるほど、こういう終わりか──と納得して本を棚に戻す。 その時、ようやく僕は気付いた。よくよく考えてみれば昨日から同じ服を着たまんまではないか、と。あのサウナ電車のせいで大分汗を吸っているはずだ。こんな汚い格好で青森の人たちに会うのはかなり失礼な話である。僕はばーやんさんに断って、服を持ってトイレへと向かった。 服を着替えると、そろそろ電車が出る時間である。僕はばーやんさんを探し、一緒にホームへ向かった。 そして、最後の一本に乗車する。最後だけあって乗車時間は三時間。最後にふさわしい数字だ。 僕は電車の内装に軽く驚いた。単にシートを置いてあるのではなく、一定間隔毎に窪みがあって、そこに一人一人が座るようなデザインになっているのだ。地域が違うと電車も違う。この旅行でそれを学んでいたが、さすがにこういうのは予測していなかった。 親切すぎる。大阪じゃこんなの無いぞ? 荷物を棚に置いて腰を下ろした瞬間、僕の意識はイスカンダルに向かって飛翔した。 電車の中で熟睡する。 今思うと、我ながらよく寝たものだ。目が覚めると、二時間もの時が流れていた。ちなみに寝ている間に大層な迷惑をばーやんさんにかけてしまったが、その詳細はばーやんさんのHPにて。恥ずかしくて言う気になれない。 野辺地に到着するまで後一時間となり、僕はここまでの事に思いを馳せた。 昨日──否、一昨日の夜に家を出発。大阪駅で野宿し、翌日の始発で大阪を発った。途中、クーラーの壊れた電車で死にそうになりつつも、仙台に到着。到着したのはなんと夜の十一時頃。思い起こせばいろんな名所を駆け抜けてきたものだ。京都やら名古屋やら仙台やら。そういえば関ヶ原も通った。あの有名な戦場である。電車の床の向こうに血の染み込んだ地面があるのかと思うと妙な気分になった物だ。血と言えば僕は自分の血液型を知らない。大きな事故にあったら血液型を調べている内に死んでしまいそうである。死ぬと言えば僕はおばあちゃんの死に目に会えたので幸せと言えよう。僕もできれば死ぬときは孫達に看取られて逝きたいものだ。というかそのうち本当に死ぬのである、僕は。数十年後には間違いなく。無になる。できれば永遠に生きていたいものだがそうはいかない。あと事故死だけはまっぴらごめんだ。死ぬときは布団がいい。かといって病気で苦しみたいわけではなく、ぽっくり安らかにあの世へ飛んでいきたいのだ。そんな死に方あるのかって聞かれると困る。僕は医学には詳しくない。難しくて勉強する気にもならない。けど知っていて損をする学問ではない。むしろ知っていれば突然恐竜時代にタイムスリップしても生きていけるかもしれない。そもそもタイムスリップという考えは 思いっきり話が逸れてしまった。 というわけでいろいろと思索している間に電車は野辺地駅に到着した。 午後二時半頃のことだった。 僕と、ばーやんさんは、青森の地に降り立った。 ってかホームだけど。青森にもアスファルトがあったのだな、と感心したらそれは青森県民の皆様に失礼であろう。だから、ちょっと吃驚する(まて)。 荷物を担ぎ、改札へと向かう。階段を上り通路を歩くと、高い位置にある窓から遠くの方が見えた。 じん、と胸が熱くなる。 着いたのだ。やっと、野辺地に着いたのだ。 今、僕は大阪からはるか数百キロ離れた場所に立っているのである。 万感の思いを込めて、僕は言った。 「着きましたね……」 ばーやんさんも感慨深げに微笑を浮かべ、そしてどこか懐かしさを感じているような声で、 「ああ……着いたね……」 と言った。 二人して窓の外を見つめて、一秒ほど惚ける。 そしてその直後、ばーやんさんがこんな言葉を繋げた。 「まだ帰りがあるけど」 背筋どころか全身が凍り付いた。 その言葉は正しく冷水だった。僕の意識は飛んでけ大霊界、落ちてけ魔界村。危うく荷物を落としそうになる。 そう……まだ半分なのだ、この旅は。今日までの苦労がさらにもう一度あるのだ。 わ、忘れていたのに……言わなければ忘れていられたのにぃぃ……ばーやんさぁぁぁぁぁん……(号泣) どっと力が抜けていく体に鞭を打って、歩みを再開。 駅員さんに十八切符を見せて改札を出る。そしてすぐ側に荷物を下ろし、僕たちは辺りを見回した。 予定ではここにオフメンバーの一員、藤巻隼人さんが迎えに来てくれているはずなのだ。 ちなみにここで詳しくメンバーを言うと、ばーやんさん、さゆさん、藤巻さん、すずかさん、メリム嬢、そして僕の六人である。 狭い駅構内を見回しても、それらしい姿はない。というか僕は藤巻さんの顔を知らない。だから見つかるわけがない。 三段論法で不可能を証明した所で何がどうなることやら。 ばーやんさんに「いました?」と聞いても首を横に振られる。 まだ来ておられないのだろうか? ならば──と、僕は鞄の中から二冊の本を取りだした。タイトルは『グランドライン海峡横断部〜入部編〜』と『世紀末Seed伝スコール!〜魔界編〜』。どちらも同人誌である。内容はタイトルから推して知るべし。超絶おもしろいので死ぬ前に一度は読むべし。さもなくば斬る! やっぱりパンはモルボルパンで葉っぱ人間の怪は闇鍋だー!(無茶苦茶) というわけで(おい)。 僕とばーやんさんは藤巻さんとさゆさんが描いた同人誌を持ってその場に立ち尽くした。暑いので同人誌は扇子がわりにする。 と、ふと僕はある事を思い出し、PHSでメリム嬢に連絡を取った。 すっかり忘れていた。メリム嬢には「到着は五時頃」と伝えてあったのである。 騙すために。 ちなみにメリム嬢と僕はネット上での兄妹──つまりはバーチャルファミリーという奴である。何度もオフで会っており、基本的に現実の友達と変わりない。 さてそのメリム嬢。 「もしもし?」 『もしもし………………うぅん』 どうやら彼女は寝ていたらしい。 『どうしたの……? あ、今どこ?』 どこ? と聞かれたので、僕はにんまりと笑ってこう言った。 「野辺地だよ」 『…………は?』 「いや、だから、着いたよ。野辺地に」 『……五時に着くんじゃなかったの?』 「いやぁ、電車が渋滞に巻き込まれてさーあははは」 当然、電車に渋滞など無い。というかコレは遅れたときに使う言い訳だ。渋滞に巻き込まれて早く来る奴はいない。 『……騙したの?』 「うん」 僕は力一杯頷いた。 直後、長い長い長い沈黙が降りた。 ………… ……………………。 『………………ふぅ〜ん』 底冷えするような声だった。 僕の「にんまり」はカリカリに凍り付いた。 メリム嬢、怒っているようです。 少しの問答の後、 『じゃ、今から行くから』 と彼女が言って電話は切れた。 僕は数秒沈黙し、「どうだった?」と聞いてくるばーやんさんにこう答えた。 「……滅茶苦茶怒ってました。あはは」 笑い声が渇いているな──自分でもそう思った。 ばーやんさんの顔も少し青くなっていた。 だが、二人してこう思い直す。 "例の作戦のためだ。しかたない"、と。 例の作戦とは、名付けて『さゆさんを騙して刺激を与えようぜナナちゃんハキベンキスターズα大作戦』。 どうでもいいが「ナナちゃんハキベンキスターズα」というのは僕が昔入っていたキックベースのチーム名だ。本当にどうでもいい。 作戦の内容は、前もってさゆさんに僕たちの野辺地到着時間を「五時」と誤って伝えておき、しかし三時頃にいきなり押し掛ける。その時、僕とメリム嬢は一般客として、ばーやんさんは藤巻さんのメル友として、さゆさんの家が経営している料理店に侵入するのだ。名前を言わないのだから、さゆさんが僕たちに気付くはずがない。写真を送ってはあるが、さゆさんは人の顔を覚えるのが苦手なはず。まず大丈夫だろう。さゆさんは僕とメリム嬢を一般客として扱い、ばーやんさんを「藤巻さんのメル友」として扱うはずである。そしていくらか時間が経った頃、僕が店の便所に入る。それと同時にばーやんさんはさゆさんに正体を暴露。驚くさゆさんの前でばーやんさんは「仙戯さんも呼びましょう」と僕のPHSに電話をかける。すると着信音がすぐ側のトイレから聞こえてくる。そして僕は「はーいもしもしー、仙戯でーす」と言いながらトイレから出てくるのだ。 どうだろう? 単純な作戦ではあるが、やられる方にとってはたまったものではないだろう。 元々はメリム嬢もこの作戦のメンバーに加えられていたのだが、初期の作戦概要をさゆさんにリークしてしまったため、裏切りの代償として彼女もターゲットになったのだ。恨むなら自分を恨んでください、メリム嬢。 と、僕たちは待合い室の中にいる一人の女性に気付いた。手鏡を手に、髪型を整えたりしている。 僕は視線をばーやんさんに向けた。ばーやんさんは確か藤巻さんの顔を知っているはずだ。瞳で「あれが藤巻さん?」と聞く。 するとばーやんさんの瞳は「さあ?」と言った。 次の瞬間の僕らの行動は早かった。 待合い室にいる女性に向けて、二冊の同人誌をかざしたのである。 んが、女性は髪の毛をいじるのに必死らしく、なかなか気付いてくれない。 やがて見繕いを終えた女性が眼鏡をかけた、その瞬間。 女性が口を「あ」の形に開いた。 僕たちは確信した。 あの女性が藤巻さんだ、と。 ばーやんさんが同人誌を見せながら、軽く会釈する。僕もそれに倣った。 やっぱりと言うか何と言うか。藤巻さんは恥ずかしそうにこう言った。 「なんでそんな物を……」 そんな物とは同人誌のことである。やはり恥ずかしかったですか。いやぁ、持ってきて良かった。その顔が見たかったんですよねー。後でさゆさんにも同じ事をしなければ(こら) 午後四時頃、メリム嬢が到着。かなりご立腹な彼女の行動はとんでもなかった。 どれぐらいとんでもなかったかというと、スーパーノヴァってぐらいとんでもなかった。 涙、である。 メリム嬢は泣き出したのである。 これは堪らない。僕達はただただひたすらに謝った。平伏した。 彼女の人柄をよく知っている僕は「泣くかもしれないなぁ」とは思っていたが、本当に泣くとは思わなかった。 僕たち三人に、メリム嬢は涙声で言った。 「騙された……」 ぐさーっ! い、痛い……良心が痛い…… が、メリム嬢。これはあなたの自業自得なのだよ。こっちも悪いけどそっちも悪い。これにて一件落着。ちゃんちゃん☆ 「……騙された……ぐすっ」 ………… …………………… あああああ! はいはいはいすみません私がわるございました! 今度ピザでも寿司でもおごりますよおごればいいんでしょーーーーっ!! ってなわけでこれにて一件落着! 落着ったら落着! メリム嬢が来て、これで作戦メンバーが完全にそろった。先程まではターゲットだったメリム嬢を仲間に引き入れ、今度はみんなでさゆさんを騙すのである。 まず、僕はばーやんさんと藤巻さんに荷物を預けた。さゆさんの家──つまりは料理店に入るのに大きな荷物を持っているといかにも怪しいからだ。ちなみにさゆさんの家は野辺地駅を出て、前方すぐ二・三百メートルほどの場所にある。 ばーやんさんと藤巻さんは駅にて待機。 そして、僕とメリム嬢は店内に足を踏み入れた。 「いらっしゃいませー」 と声がし、店の奥の方には人影が三つ。 僕達はすぐ近くの席に腰を下ろす。用心のため、僕は人影に背を見せて座った。 「いらっしゃいませ……」 か細い声。目の前にお茶が置かれる。見上げると、白い顔。間違いない。この人がさゆさんだ。写真で見たことがあるから分かる。初めて見るさゆさん──あの天下の月下残影の作者である言紡師──は思ったより線が細く、身長が低かった。 あまり見つめてはばれてしまう可能性がある。僕はさゆさんの顔を一瞥し、すぐに視線を逸らした。 僕はカツ丼を、メリム嬢は玉子丼を注文する。ちなみに「あの天下の月下残影の作者である言紡師」はピンクのエプロンを着けていた。ものすごいギャップを感じたのは言うまでもない。 注文を受けたさゆさんが去っていくのを確認した僕は、ばーやんさんにPメール(PHS専用メール)でメッセージを送った。 『OK!』 一息吐いた僕は、目の前の湯飲みに手を伸ばし、茶を口に含んだ。 うまい。 久しぶりに水分を摂取した気がする。一気に飲んでしまった。 やがて、出入口の扉が開き、藤巻さんとばーやんさんが姿を現した。同時、僕は立ち上がり、しかし二人には目もくれずに背を見せる。そしてすぐ側にいたお嬢さん(のちのすずかさんと分かる)に、 「すみません、トイレはどちらに?」 お嬢さんはとてもいい笑顔で、 「はい、すぐそこですよ!」 と元気よく教えてくれた。そんな明朗快活に便所の場所を教えてくれるなんてなぁ、と内心で苦笑しつつ、トイレに身を移す。 薄いドアを隔てて、会話が聞こえてきた。 まずさゆさんの声。 「遅かったねー。あ、そちらがこの間言ってたメル友の人?」 続いて自信ありげな藤巻さんの声。 「うん。こちら、ばーやんさんね」 そしてばーやんさん。 「ども、大林です」 ちなみにばーやんさんの本名は大林さんだ。彼の人の「ぼやき」で本名が描かれていたのでこちらでもOKだと思って明記した。とはいえこんな隠しページを見ている人は希なのでまあ大丈夫だろう。むしろ名前が分かってなんだというのやら。僕の本名は國廣裕充である(爆) さゆさんの反応は大きかった。 「え? ……えぇえぇえぇっ!?」 にやりと笑う僕。おそらくばーやんさんと藤巻さん、そして密かに脇役なメリム嬢も似たような表情をしていたことだろう。 便所の中でにやりとしている僕だけが一人、間抜けだ。今思うと情けなくて泣けてくる。 さあ、計画も大詰めだ。 ばーやんさんの声。 「では仙戯さんを呼びましょう」 僕のPHSが震え出す。電話に出ると、 『もういいよー』 という生と機械の声が重なったバイリンガル(違)が聞こえた。 僕はPHSを耳に付けたまま、トイレを飛び出した。 「はいはーい!」 そして驚いているさゆさんの元へ。さゆさんは顔を真っ赤にして、両手で口元を多い、見開いた瞳で僕を見た。 そして、こう言ったのだ! 「あ、やっぱり」 そう、やっぱり! いよっしゃぁ! 僕たちはその台詞を聞くために来たんですよ! 入念に計画を立ててメリム嬢を泣かしてまで! 全てはその台詞「あ、やっぱり」を聞くため──はぁ? 「あ、やっぱり」ってなんですかぁ? 話を聞いてみると、原因は僕自体にあったらしい。詳しいことは言いたくない。 ここらへんはさゆさんのオフレポにたっぷり書かれている。 写真を送っておいたとはいえ、一目で見破られてしまうとは。 そして、全身に「仙戯」と書いているようなオーラを発しているとは。 いかにも「刹那の雪」や「改造人間」を書いていそうとは。 いや、自覚無いんですよ本人は! 後の大阪オフでもマイオーラのおかげでペテン師さんとあっさり合流できたのは、また別の話である。 ビバ、マイオーラ!(絶叫) この後、僕とメリム嬢が注文していたカツ丼と玉子丼はキャンセルされ、僕たちは二階の部屋に通された。どうやらさゆさん一家は僕たちを迎える準備をしてくれていたらしい。高そうな部屋に案内されて、カツ丼や玉子丼より遥かに高価な料理がテーブルに並べられる。ちなみにその部屋、知る人ぞ知る『突きの涙』──もとい『月の涙』のあとがきでミルイヒとランディが食事していた部屋である。 僕たちは改めて自己紹介を交わし、目の前の料理に手を伸ばした。 喰い終わった。 うわ速っ! と思ったそこのあなた。鋭いですね。そうなんです、滅茶苦茶速かったんですよ。 そして滅茶苦茶うまかったんですよ。 詳しいことはやはりさゆさんのオフレポ参照だが、すごくいい素材をふんだんに使った素晴らしい料理だった。 僕とばーやんさんは泣きそうになりながらそれらを食べた。 「うう、二日ぶりのまともな食事ですね、ばーやんさん」 「うん、うん。これはあのいなり寿司にも相当するね」 いなり寿司とは米原で食べたアレである。アレと同等という表現は、僕たちにとっては最高の賛辞であろう。 いやぁ、本当に美味しかった。というかトロなんて生まれて初めて食べたかもしれない。 僕たちの喰いっぷりに腰を引きつつ、さゆさんが言った。 「あの……昼は食べてらっしゃらないんで……?」 ばーやんさんが答える。 「ええ。午前五時にアンパン食べたのが最後です」 僕たち二人以外はその言葉に感嘆の息を吐いた。当然と言えば当然。常人の食生活では無いのだから。 食事が終わりに近付いた頃、すずかさんが言った。 「あ、ビール飲みます?」 「飲みます」 僕は即答した。気分はハイだった。ビールでも何でも来いってな気分だった。 ばーやんさんはビールを断り、変わりにメリム嬢がビールを飲むこととなった。彼女は未成年だが、まあ関係ない(あるって)。 喉を鳴らしながらビールを胃に流し込む。 「──ぷっはーっ!」 いい感じに親父な息を吐く僕。この瞬間、僕はこう思った。今、自分の苦労は報われている──と。大阪から鈍行電車を乗り継いで来た僕の苦労は今、一杯のビールで報われているのだ、と。 安い苦労じゃないか。ええ? たとえ食事中とは言え、僕は大阪の生まれである。 黙って飯を食うなんて事はしなかった。疲れていたのですこし回転は遅かったが、みんなでお喋りお喋り。さゆさんが後に語るに「仙戯さんとばーやんさん、漫才ばっかりしていた」そうな。ちなみに僕にもばーやんさんにもそんな自覚はない。 むしろ、いつもより失速気味なトークだったはずだ。疲れていたから。 多分、さゆさんがそう思うのは一方的に虐められていたせいであろう。初めてのオフで緊張するさゆさんに、僕やばーやんさんは話を振ったり、例の同人誌を取り出して朗読したりしていたのだから(鬼)。 あまつさえ、あの『月の涙』の暗唱までしてしまった(悪魔)。 「エルネラはけだものじみた叫び声を……」 さゆさんの反応は非常に楽しかった。 ……え? なに? ……最低? うわ、なんで暗唱したのが僕だってわかったの?(こら) しかし、いいのである。当初から計画していた作戦が失敗したのだから。しかも、僕のせいで。だから、それを挽回しているだけなのだ。問題はない。 作戦が成功していたらやらなかったのか? と聞かれた「ノー」と答えるだろうが(邪神)。 食事を終えた僕とばーやんさんは、何かの糸が切れてしまった。自分の真下に、畳がある。その事実が僕たちの脳にとある作用を及ぼす。 眠りたい。 そんな原始的な欲求が生まれた。なにせ旅が始まって以来、電車の椅子か硬いタイルの上でしか寝ていないのである。布団がなくとも畳があれば気持ちよく眠れる。僕たちはそんな状態だった。 「よかったら、晩御飯まで休みます?」 そう提案されて、僕たちは少し迷った。ただでさえ青森に滞在している時間は少ない。その少ない時間を睡眠にとられていいものだろうか? 決断は一瞬だった。 いいんだよ。 それは理性よりも本能の声だったかもしれない。理性は無理をしたがった。だが、体がそれに着いていけなかった。それが答えだった。 敷いてもらった布団に、吸い寄せられるかの如く倒れ込む。ふんわり、柔らかい感触。 天国だ──心底そう思った。 「ぅあー……布団ですよばーやんさん」 嬉しそうに言う僕。 「ああ……極楽だね……」 安らかな声で答えるばーやんさん。 そして沈黙が訪れた。 「「…………」」 僕たちの意識は暗い深淵と落ちていったのだった。 ここからはさゆさんやメリム嬢から聞いた話から再構成している。僕が夢も見ずに眠っているときに起こった出来事を箇条書きにしよう。 さゆさん、藤巻さんとすずかさん、メリム嬢を集めて緊急会議。 議題は『ばーやんさんと仙戯さんのハイテンションにどうやってついていくか』。 会議は混迷を極める。良いアイデアが思いつかない。 悩んだ末に、議長のさゆさんはとある決定を下した。 酒を飲みに行こう、と。 酒の力で関西人のテンションについていこうと言うのだ。 (ちなみにあのテンションに酒の力がいるのなら、本当のハイテンションになった関西人には酒の力も借りてもついていけないですよー、たぶん) やがて時間が経ち、彼女たちは僕たちを起こしに行く。何故かカメラを持って。 部屋に入ると、ばーやんさんは布団の上で海老ぞっていたそうだ。体でCの字を描いていたという。凄い寝相だ。写真を撮ろうとして、できなかったらしい。写真を撮るより速くばーやんさんが目を覚ましてしまったのだ。ここのところの感覚の鋭さは、流石はばーやんさんである。僕は完璧に熟睡していた。 だからして、完璧に熟睡していた僕は寝顔を撮られまくったそうだ。ちなみに、まるでファラオのようなポーズで寝ていたらしい。 体を揺すられて、僕はうっすらと目を開けた。 「起きた? 出掛けるんだって」 僕を起こしたのはメリム嬢だった。 思わず、 「あ、そう。行ってらっしゃい。おやすみ」 と言って再び夢の世界へ旅立とうとした。 瞬間、電光石火でメリム嬢の拳が僕の頭にヒット。目の前にひよこが三匹ぐらい浮かんで消える。まったく、暴力的なお嬢さんである。 寝ぼけた頭のまま、とりあえずメリム嬢の後をついていく。晩御飯だろうか? なら、先程食事をした部屋へ行くはずでは? そう考えている内にいつのまにか外にいた。 WHY? 訳が全く分からない。でもって訳が分からないままタクシーに乗せられる。 しばらくして落ち着いた僕は、車中にて口を開いた。 「あー……っと。何でござりましょう、この度のことは?」 隣に座っていたさゆさんが答える。 「ああ、大丈夫、大丈夫だから」 何がどう大丈夫なのかがわからない。何だろう、この気持ちは。昔、インフルエンザの予防注射を何度か受けたことがあるが、あの時と雰囲気がよく似ている。 「大丈夫、大丈夫だから」と言いながら、ものごっつい注射をされるのである。 「あの、すみません。降ります」 「「まてまてぃ」」 逃げようとしたらさゆさんとメリム嬢の二人に首根っこを掴まれた。嗚呼、僕の運命やタコに? もとい、イカに? さて、唐突ではあるが、ここでオフメンバーの詳しい紹介をしようと思う。本当に唐突だが気にしないで戴きたい。書いていて「あ、そういえば紹介していなかったっけ」と思い出したのだ。 まずはばーやんさん。彫りの深い顔のナイスガイである。広島弁が渋い。これでもてないというのだから不思議だ。年齢は二十歳。こんなに大人っぽいのに僕と一つしか違わないと言う。ある意味、詐欺だと思う(爆)。 次に、さゆさん。まず目に付くのはその肌の白さ。陶器のように真っ白である。年齢は二十二。だが、どう見ても高校生にしか見えない程若々しい。ネットではすごい人だったが、現実では大人しい人だった。目を覗き込むと目を伏せられる程の照れ屋さんなのである。 続いて、藤巻さん。目に付くのはその茶色の髪。メンバーの内髪の毛を染めているのはばーやんさんと藤巻さんだけなので、余計に目立つ。眼鏡をかけられており、知性的な顔立ちをされている。この人の書く漫画は絶品。是非読むべし笑うべし、そして泣くべし。 そして、すずかさん。さゆさんの妹君。流石は姉妹。さゆさんと同じく、やはり若く見える。聞くと、中学生に間違えられたこともあるそうな。そんなすずかさんは僕と同じ十九歳。同い年だが、僕なんかよりずっとしっかりした女性である。 最後にメリム嬢。年齢は十七歳だが、精神年齢はさらにその下を行くと思われる。涙腺が弱く、ちょっとしたことですぐ泣き出す感動体質。人間なのに時々「にゃあ」やら「うきゅぅ」やら「うぐぅ」と鳴く。ちなみに三つ目はパクリだと思われる。盗作はいけないよ、メリム嬢? 以上で紹介を終わる。 さて、訳が分からぬままタクシーで連れていかれたそこは、普通の人家が並ぶ通りであった。 こんな所で一体何をするのだろう? と思ったのも束の間、さゆさんが一軒の家の中に入っていく。ええ、そんな無造作に他人の家に? もしかして藤巻さんの家? その予想は大きく外れていた。 足を踏み入れたそこは、「どこだここは?」と思わせる和と洋が混合した内装の、薄暗い空間だった。 どうも飲食店らしい。辺りを見回すとテーブルやカウンター、それらの回りの椅子について食事している人々。 迷いのない足取りで奥の座敷へ向かうさゆさん達。どうやらこの店に予約を取っていたらしい。寝ぼけた頭でもようやく理解できた。ここは居酒屋なのだ、と。 僕も席に着こうと思ったが、突然、腹の辺りが苦しくなった。これはまずい、と思ってトイレに駆け込む。 どうやら、貧相な食事ばかり食べてきた胃に、いきなり高価な食事を放り込んだせいか胃が驚いてしまったらしい。僕はしばらくトレイに閉じこもらなければいけなかった。 出す物を出して、ようよう席に着く。結構長い間トイレにいたので心配されたかも、と思ったがそれは杞憂だった。気分は爽快、お腹すっきりである。じつにイイ表情をしている僕を見て、心配する人はいなかったのである。 さて、この居酒屋。さゆさんがどこで見つけてきたのかは分からないが、僕的に五つ星をあげたいと思う。なお、この店の詳しい紹介はさゆさんのオフレポにて。ここのマスターがまた凄い人なんですわ。 とにかくもう絶品の一言に尽きる。これほど酒やビールに合う、うまい食事がどこにあらんや(反語)。 さゆさんの家で食べた料理はそれ単体で最高級品。ゆえに酒はいらない。だが、この店の料理は酒との相性が考えられているのだ。 また、置いている酒も最高級。ビールを飲んだのは最初だけ。後はみなさん全部日本酒である。かねてよりメリム嬢から「これがうまい!」と聞いていた菊姫。また、僕自身がうまいと認めている越野寒梅。ほかにも良い酒が目白押し。 最後には僕以外の人は顔を真っ赤にしていた。 僕? ああ、僕は顔に血が通っていないんで、赤くならないんです。友達の話によると、酔ってくると目が据わるそうな。ちなみにバッチリ目は据わってました。(何がバッチリだ) とにもかくにも、青森最高!(万歳)。 さて、帰る段になり、会計をと財布を取り出す。 「三万円ぐらいになります」 とか言われてしまった。いや、「ぐらい」なんて言っていないのだが、細かい金額は覚えていないのでご了承を。 六人で三万円──である。 一人五千円という計算になる。 冷たい汗が僕の背筋を流れた。やばい。予算間に合うだろうか? 雑誌とか結構買い込んでしまったし、元々少ない予算が……というか、飲み代には三千円ぐらいしか用意していなかった。マジでやばい。 と考えていたその時である。 さゆさんが財布から三枚の一万円札を取りだしたではないか。 しかもそれをレジ係の人に渡した。 「……ぅえっ!?」 僕を含め、数人が声に出して狼狽した。 「ちょ、ちょっと、さ、さゆさん!?」 金を払おうとするさゆさんを止めようとしたが、しかし、 「あ、いいっていいって。あたしゃこれでも社会人だよぉ?」 と、高校生みたいな顔をしてこんな事を言うのである。すみません、顔と会話のノリのせいですっかり忘れていました。 って、それはともかく。 ここは男として、否、人としておごってもらうわけにはいかない。ただでさえ家にやっかいになろうと言うのだ。これ以上迷惑をかけるわけには── 「それに旅費でお金ないんでしょ?」 「…………あう」 見事に痛い所を突かれてしまった。僕とばーやんさんは同時に天井を仰ぐ。金は天下の回り物。それのない僕たちは無力である。情けなや、情けなや……(涙) 結局さゆさんの顔を立てる意味もあって、僕たちはさゆさんのご厚意を受けた。三万円がレジの中に吸い込まれていく。 誰よりも速く店を出た僕とばーやんさんは、他の人が出てくるまでに高速で密談を交わした。 「ねぇねぇばーやんさん、コレ(おごられたこと)、どうします?」 「無論どうにかするに決まっているさ、仙戯さん。わかっているね?」 「当然でございます、ばーやんさん。して、策は?」 「うむ。前提として、我々には金がない」 「地位も名誉もありませんけど」 「ええい余計なツッコミを。──しかし金の恩は金で返すのが筋だと思う。つまり……」 僕たちは声を揃えて言った。 「「明日、さゆさんにはお金を使わせないようにする!」」 そして二人してにやりと笑う。気分は悪代官と越後屋。そう、僕たちは報復に燃える狼だった。 作戦は明日から──ではなくその時からスタートしていた。 帰りのタクシーを降りる直前、またまたさゆさんが全額を払おうとする。なんとかしようと思ったが、酔いと、車内が狭いせいもあって阻止することが出来なかった。しかし、僕は挫けない。タクシーを降りると、いきなりさゆさんに詰め寄ってその両手を握った。 「……はい?」 妙に丁寧に疑問符を浮かべるさゆさん。 「受け取ってください。僕の気持ちです」 とか何とか言って、さゆさんの手に千円札を捻りこんだのは言うまでもない(笑) 「あ、ちなみにクーリングオフはききませんから」 念のために釘を刺しておく。さゆさんは苦笑しながらその千円札を財布にしまった。ふっ……まずは作戦成功(にやり)。 さゆさんの家に帰り着いた面々はふらふらの足取りで二階へ。そして最初に通された小部屋へ腰を下ろす。 さあ、二次会だ! みんなノリノリである。 『飲むぞぉ!』 とばかりに、どん、と目の前に置かれる四リットルの『大樹水』(焼酎)。それを割るためのウーロン茶とレモン水とライム水。砂糖。そして氷。 この時、僕は見た。 ひくりっ。 と、ばーやんさんの頬の筋肉が明確にひきつるのを。 それが何を意味するかは、言うまでもない。 宴が始まった。 酒の力もあってトークも加速度を上げ、一気に臨界点を超えてラグランジュポイントを突破する(意味不明) すずかさんとメリム嬢はやたらと意気投合し、二人の世界へ突入された。彼女たち二人を心の壁──ATフィールドが包み込む。触れることさえ出来ない絶対領域である。ちなみにATフィールドはアブソリュート・テラー・フィールドの略である。知っている人は知っている豆知識。 入り込む余地がないので、僕はばーやんさん、さゆさん、藤巻さんの三人の会話に耳を澄ました。 なにやら男性と女性の恋愛観の違いについて話し合っているらしい。引き合いに、月下残影、MY LITTLE LOVERが出される。どちらもオンライン小説、しかも前者はさゆさんが、後者はばーやんさんが書いた作品である。 なるほどなぁ。男と女の恋愛観の違いかぁ。それって結構相容れない物があるんだよなぁ。というか男の僕としては女心がよくわからない。だから恋愛話は書けない。というか書くのが照れくさい。 と、僕がもんもんと考えていた、その時である。 藤巻さんが暴走した。 キレた、とも言い換えられるそれは、とても凄い物だった。 すさまじい、という形容が生やさしく聞こえる程のものだったのだ。 今日のタイトルにもある『暴走する破壊の女神降臨』である。 雰囲気を例えるならこんな感じだろうか? 「男なんて、男なんて言うのはなー!」 ふ、藤巻さん? あ、あの、落ち着いて…… 「おう仙戯!」 へ? ってうわ、首をがっしり掴みましたね。ってか苦しい苦しい苦しいですってぐぇぇぇぇぇぇ 「あんたどう思う? おおう!」 ど、どう思うって、一体何の話を 「あたしの酒が飲めないっていうのかぁ!」 ひいいっ! の、飲みます飲みます、ごくごくごく 「あたしの酒を勝手に飲むなぁ!」 ぶふーっ! ちょっ、そ、そんな理不尽な!? 「おうこら、わかってんのか? 何であたしの酒を勝手に飲んだんだ? 理由言ってみろ」 いや、だからそれは藤巻さんが── 「言い訳すんなぁ!(右ストレート!)」 ぐはぁーっ!(吐血) なんなんだ一体ぃぃぃーっ!(号泣) という感じである。 あくまで『感じ』である。実際にこんなやりとりを交わしたわけじゃない──はず(爆) とにもかくにも僕は驚いてしまった。確か、藤巻さんはお酒に強いという話だったはずなのだが…… どうやら初めてのオフ会だったせいか、自制がうまくいかなかったらしい。そういえば店でも帰ってきてからもガバガバ飲んでられた気がする。確かにあれだけ飲めば流石に理性もどっちやらだろう。 さて、それでは藤巻さんが実際にはどんな風に暴走したか、それを記そう。 まず、管を巻き始めた。それはもう42.195キロはありそうな管だった。詳しい内容は流石にプライベートなので伏せておくが、聞いていて「人生色々だなぁ」と僕は思った物である。 次に、藤巻さんは女性の胸の大きさに関する話で燃え上がった。それどころか口だけでは飽きたらず、行動に出た。女性陣の胸を片っ端から触りまくり揉みまくる。僕とばーやんさんは対岸の極楽を見て、互いに顔を見合わせてため息を吐いた。かなり寂しい物があった。とはいえ男同士で同じ事をするわけにもいかない。そんなことをした日には自我が崩壊してしまう。 やがて僕たち男性陣も話に加わり、話が下の方へ落ちていく。 藤巻さんとばーやんさんで会話が成立し、僕とさゆさんは二人の会話に耳を傾け、すずかさんとメリム嬢は今でもATフィールド展開中。使徒は来ない。 僕はふと、「そういえばさゆさんとあまり直接的に話していないな」と思って立ち上がった。 ちなみに各々の位置は上から見るとこんな図式になる。
立ち上がった僕はばーやんさんの左斜め前に腰を下ろした。そして、おもむろにさゆさんに話しかける。 んが、しかし。さゆさんは未だ緊張されているせいかのか、俯かれてしまう。このへんはやはりさゆさんのオフレポを参照して欲しいのだが、かなりパニックに陥っていた模様。よく覚えていないのだが、僕はそんなパニックになっているさゆさんを見て楽しんでいたと思う(こら)。 とはいえ会話がなかったわけではない。とある共通の話題を振り、それについて話し合った。 はずなのだが、記憶が千々に乱れていてどうにも思い出せない。何を話したかなぁ…… 以下に、記憶の断片を記す。
いかん、本当にこれぐらいしか覚えていない。だがまあ、オフに参加されたかたなら分かってくださるだろう。多分、一部の単語にかなり笑っておられると思う。 パチンコのチューリップとか(爆笑) さて、さんざん飲んでさんざん暴走した後、唐突に藤巻さんがブレーカーが落ちるかの如く活動を停止した。机に突っ伏されてしまう。 誰もが思った。 とうとう潰れてしまった──と。机の上でだらりと突っ伏す藤巻さんは意味不明のうめき声を上げる。なんと、この状態でまだ喋ろうとしているのだ。 緊急退避、である。女性陣は藤巻さんを別室へと運んでいく。後に聞いた話だが、この後藤巻さんとメリム嬢は一緒に歯を磨いたそうだ。その時、藤巻さんは歯を磨いている途中で何度も眠ってしまったそうな。今思うと凄い話である。 時間も時間と言うことで、就寝することになる。時刻は既に午前四時を過ぎている。つい数時間前にも天国へ誘ってくれた布団に横になり、寝るまでにばーやんさんと二言三言話す。 まず、青森が涼しいこと。八月の下旬だと言うのに、クーラーをつけなくても窓を開けるだけで涼しいのである。これには二人とも大いに驚いた。カルチャーショックである。北なので気温は低いとは思っていたが、まさかここまでとは。 次に、悩み相談について。僕とばーやんさんの悩み相談を受ける場合のスタンスは、明確に違う。 ばーやんさんは相手の苦しみを受け入れ、まずは慰めることを優先する。相手は傷ついている。その事をまず念頭に置き、すこしでも心を癒そうと、そして刺激を与えないようにするのだ。そしてそれから解決案を模索していくのだ。 だが、僕は違う。相談は相談だ。相談されたからには解決できるように対応しなければいけない。よって僕は非常に現実的な事を言う。それがたとえ非情で冷酷な意見で、臆病で弱気な相談相手が出来そうにないことでも。そして、それが「できない」という人間には、「動き出さなきゃ何も始まらないよ? 口先じゃ何も変えられないよ? なにしてんの」と言うのだ。つまり、相手の悩みを一刀両断してしまうのである。相手を動くしかない状態に追いつめるのである。 前者と後者、どちらが正しいかは分からない。どちらでも救われる人もいれば、いつまでも悩みを抱え込む人はいると思う。僕的には前者の方が正しいかも──と思う。だが、僕には出来そうに無いとも思う。僕は他人の悩みに共感することは出来ない。何故なら、悩んだことをすぐに忘れてしまう前向き人間だからである。忘れた感情を掘り返すことは出来ない。よって悩んでいる人を見てもどこかドライに観察し、現実的なことを言ってしまうのだ。 悩みを相談する場合、心を軽くしたいのならばーやんさんの様な人、解決の光明を見せて欲しいなら僕のような人間に──という事だろう、きっと。世の中そんな感じだと思う。 と、こんな事をボソボソと話し合いながら、僕とばーやんさんは青森の涼しげな夜の中、眠りについた。 もちろん夢なんて見ないで熟睡した。 |
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八月二十三日 してやったり、だっちゅーの!の巻 |
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夢を見ない場合、寝ていた時間は一秒間ぐらいに思えるそうだが、本当にそうだった。まるで池に石を放り込んだかの如く意識が弾けて目が覚めた。 なんだよ今寝たばっかりなのに。本気でそう思って目を開けると、視界が明るかった。 「……ほへ?」 その時の僕は非常に間の抜けた顔をしていたことだろう。 なんだ、もう朝なのか……とぼんやり思いつつ、起きあがると、 「また撮っていったよ、さゆさん達」 と既に起きていたばーやんさんが教えてくれた。むぅ。人の寝顔──しかもこんな男の──を撮って何が楽しいのだろうか。謎である。 一階に降りて朝食。てっきり和食かと思いきや、意表を突いてパンである。なにやら今朝買いに行ったらしい。「パンダメな人用」におにぎりも買ってきてくれていた。ありがたやありがたや。本当にお世話になってます。いつか絶対お礼します。ええ、絶対。 写真を撮りながらの朝食を終えると、お出かけである。今日は青森の方に出て遊ぶ予定なのだ。 そんじゃ支度するかなぁ、と顔を洗って歯磨きをしていると、PHSが鳴った。 おや? なんだろう? と思ってみてみると、ばーやんさんからPメールが届いていた。 「アトサンプンシカナイス!」 アトサン、プンシカ、ナイス? アトさんのプンシカがナイスって意味だろうか? ばーやんさんも変なメール送るなぁ、どうしたんだろう──とか思いながら歯磨きシャコシャコ。 不意に気付いた。 ……あと三分しかない!? その時だ。 「お兄ちゃん、なにしてるの!」 突然現れたメリム嬢が僕の腕を引いた。前述だが、僕と彼女はバーチャルファミリー。メリム嬢は僕のことを「お兄ちゃん」と呼ぶのである。 「もうすぐ電車来ちゃうよ!」 野辺地は電車を一本逃すと次の電車が来るまではかなり間が空くのである。彼女の焦りも頷ける。 って落ち着いている場合じゃなくて! 僕は慌てて口を濯ぎ、上着をひっつかんで(夏なのに上着ひっつかむなよというツッコミは勘弁願いたい)上下家を飛び出した。二・三百メートル向こうにある野辺地駅に向かって走る。メリム嬢も僕の後を着いてくる。前方を見ると、野辺地駅の出入口あたりでばーやんさんとさゆさんが「こっちこっち」と手招きしていた。 到着すると、電車が来るまで一分と少し。急いで切符を買い、電車に乗り込んだ。 ガタンゴトンと揺られ、青森に降り立つ五人。 ちなみにばーやんさん、さゆさん、藤巻さん、メリム嬢、仙戯の五人である。残念ながらすずかさんは家の仕事を手伝わないといけないらしく、今回は見送りとなった。次回こそはすずかさんも交えて遊びたいものである。 青森駅を出ると、僕たちはすぐにファーストフード店に入って腰を下ろした。ここで待ち合わせをするのである。待ち合わせの相手はシホさん。僕やメリム嬢がよくネット上でお世話になっている女性だ。メリム嬢に至っては同じ学校の人間としてよく交流があるらしい。 メリム嬢が携帯でシホさんと連絡を取り合っている間、僕たちは各々コーヒーやらジュースを買うことにした。 ここで男性陣の目が光る。さゆさんが財布を持って立ち上がるのを見逃さない。素早く近寄って僕はさゆさんの財布を取り上げた。 「あっ?」 驚くさゆさんに、僕は自分の財布を渡し、 「あれぇ? なんで僕の財布さゆさんが持っているんですか? さゆさんの財布はこっちですよぉ」 と笑顔で言う。続いてばーやんさんも、 「おおっと、何故か私のポケットにさゆさんの財布マークツーがっ。はい、お返しします」 と笑顔で御自身の財布をさゆさんに渡した。 僕たちは、にたり、と笑顔をあくどい物に変える。してやったり。さゆさんはあたふたとしながら結局僕たちの財布のお金でジュースを買うのであった。 作戦、順調である。 僕はコーヒーを買って席に着き、メリム嬢にシホさんの到着時間を訊く。シホさんはもう少しで来るらしい。後、途中で知り合いと出会ったのでその人も連れてくるのだそうだ。 ちょっと不安になる。大丈夫だろうか? 僕はどんな初対面の人ともある程度のネタがあれば話すことが出来る。が、他の方はどうだろう? まあ、それはシホさんでも言えることではあるが、彼女の場合は僕とメリム嬢との付き合いがある。僕たち二人で仲介することは可能だ。だが、僕も知らない人との仲介は? 実は流石に不可能である。 そんなことを考えているとシホさんとそのご友人が到着した。 そして、僕の心配はある意味で無意味な物だったと判明した。 シホさんのテンションの高さたるや。マウンテン富士を通り越して遠く冥王星まで届いたことだろう。(まてまて) とにもかくにもそのエネルギーに一同は圧倒されてしまった。こうなってはそのご友人がいるいないは関係なかった。さすがの僕も疲れが抜けきっていないのも手伝ってか、どう話しかければいいのか躊躇してしまう。 まあそのうち何とかなるだろう、と勝手に結論づけ、メンバーのそろった僕たちは移動を始めた。 と、ここでアクシデントが勃発した。否、潜んでいた不安が爆発した、と言った方が正しいかもしれない。 朝から様子は変だったのである。元気はないし顔色は悪いし。電車の中でも何度かトイレに行っていた。 ファーストフード店でも元気なく俯いていた。もしかしたら、とは思っていた。 藤巻さんの体調がすぐれないのである。 その時の僕はてっきり「ああ、昨日よく飲んでたしな」と思っていた。が、真実は違った。後日、実は先日の居酒屋で食べたカキがあたったのだと判明する。藤巻さんは昔からカキに弱いらしい。何度も当たったことがあるそうだ。だが、今回こそは大丈夫だろうと思って口にされたらしい。 残念でしょうがなかった。僕とばーやんさんの第一目的は「よろこれの二人とオフで会うこと」だったのだから。藤巻さん! 今度は一緒にボーリングしたりカラオケに行きましょう! 女河村隆一、期待しています(笑) シホさんとその友人の方がまだ食事を済ませていないと言うので、お二人には先に食事に言ってもらい、残りの四人は議論の結果ボーリングへ行くこととなった。 青森を歩く。その街並みに、抱いていたイメージを壊される。これは、アレだ。大阪よりも凄いかもしれない。なのに人は少ない。僕としては理想的な街であった。 ボーリング場にたどり着いた一同は、まずメンバー表に名前を書き込む。本名ではつまらないので全員HNを書く。店の人は変に思うだろうが、気にしない。特に僕とばーやんさんは。だって地元民じゃないから。 登録を申請しつつ、レンタルシューズを買う。ちょっと離れたところでばーやんさんがさゆさんのシューズ代を払っているのが見えた。ナイスです、ばーやんさん。 ボールを選んでレーンにつく。ディスプレイを見ると、四人の名前が表示されている。ばーやん、めりむ、せんぎ、さわ。 ……さわ? 誰だそりゃ。と、もう一度確認する。ばーやんさんはOK、メリム嬢もOK、僕もOK。 ……さゆさんか。 「登録用紙、誰が書いたんでしたっけ?」 「はいな」 ばーやんさんが挙手する。 僕はおもむろに紙と鉛筆を差し出し、 「ゆ、って書いてみてください」 「うん」 ばーやんさんはさらっと紙の上に鉛筆を走らせた。一同、その紙を注視する。 『わ』 と書いてあった。 「「「「…………」」」」 いや、微妙に『ゆ』に見えないこともない。だが、限りなく『わ』に近い『ゆ』だ。どうも、ばーやんさんには独特の筆跡があるようだ。 ひとしきり笑って、僕たちはこの問題を解決させる(おい)。 僕たちはアダルトチーム(ばーやんさん、さゆさん)とヤングチーム(仙戯、メリム嬢)に別れて対戦することになった。無論、負けたチームには罰ゲームが待っている。 『恥ずかしいポーズを写真を撮る』 コレが背筋も凍る恐ろしい罰ゲームの内容だ。僕たちはそれこそ必死にボールを投げた。 ──天は我に味方した。 さゆさん、絶不調である。 グレート・ギャラクシィ・ガオガイガー(GGGGG──つまりは五連続ガーター)に加え、ボールを後ろに振り上げた途端、すっぽぬけて背後に飛ばすお茶目(お茶目と言っても、ばーやんさんに直撃していたら今頃このオフレポは存在していなかったかもしれない)。いいツボ抑えてらっしゃる。 相棒の穴を埋めようとばーやんさんが奮闘なさるが、ボーリングなら僕も負けない。ストライク合戦。さゆさんも妙な横回転ボールをあみ出し、三回に一回はストライクをとられるようになる。だが、意外な伏兵がいた。メリム嬢である。なんだかんだと目立たないがしかし、堅実なスコアをもぎ取っていた。最終的にヤングチームが勝利したのも、彼女がいてこそだろう。 さて、勝利した我々ヤングチームはボーリング場を出た後、アダルトチームに向かって血も涙もない罰ゲームを発令した。 『笑顔で「だっちゅーの!」してください』 お二人の顔に浮かんだその表情を、僕は忘れられないだろう。ばーやんさん、さゆさん、ごめんなさい。 でもルールだから仕方ないんです〜☆(←滅茶苦茶楽しそう) パシャッ★ なお、その時の写真は『これ』である。是非楽しんでください。 ……え? 見られない? そんな馬鹿な。 いいですか? まず、目を閉じて意識を集中してください。額にチャクラを集めるのです。そして祈ってください。大宇宙神様、大宇宙神様、どうかこの哀れな子羊にお慈悲を。Gストーンの力を。続いて、切り張りホッカイロを頭に 何も殴らなくてもイイじゃないですか。痛いなぁ、暴力的だなぁ、もう。 写真はきっと、あれですよ。オフに行った人にしか見えないんですよ。多分。まあ気にしないでください。あまり気になさるとばーやんさんとさゆさんが気の毒です。ふふっ。 だから殴らないでくださいって。痛いなぁ…… ボーリング場を出た僕たちは、すぐ隣のゲームセンターに足を踏み入れた。 ここはやはりばーやんさんの独壇場。DDRである。 ズダダダダダダダダダッ! 効果音はこんな感じだろうか。すさまじい踊り──というか足捌き。残像が見え、挙げ句には足が見えなくなってしまった。 ばーやんさん曰く、 「五万円で改造した脚だからね」 とか。五万円分DDRをしたという意味であろう。僕にはいろんな意味で到底真似できない。 神の領域まで登り詰めるばーやんさんを横目に、僕はパンチングマシーンで頑張る。踏み込んで、踵を捻って、腰を回して、打つ。 出た数字は百とちょっと。 へ、へぼい……我ながら非力だ。友達などは120ぐらい楽に出すというのに。だがまあ、それでも僕は男である。メリム嬢とさゆさんを誘ってみたが、二人とも二桁。うむ、女性はそれぐらいでちょうどよし!(偏見?) ゲームセンターを後にした僕たちは、今頃食事しているであろうシホさんと連絡をとった。話を聞くと、なんと、ちょうど今注文した料理が届いた所だそうな。それならば今から行けば僕たちも食事にありつける。そう思って僕たちは急いで店に向かった。 店についてシホさん達と合流する。シホさん達は既に食事を終えていた。が、待ってくれると言うことなのでウェイトレスさんを呼んで注文をとってもらう。僕はメニューとにらめっこした結果、鉄火丼を選んだ。カツ丼も捨てたがったが、値段が微妙に厳しかった。 驚いたのはばーやんさん。なんと注文したのは味噌汁一杯のみ。流石に栄養不足になるのでは、と心配したが、 「お金ないから」 と、まるで綾波レイの「肉きらいだから」のような一言。だが、さゆさんが料理を残され、ばーやんさんはそれで栄養補給をしたので問題はなかった。 会計では勿論、さゆさんには財布さえ出させない。 「『だっちゅーの!』の写真、ネットにアップしちゃいますよ?」 と笑顔で言って、さゆさんを凍り付かせる。この時、内心「ネガはさゆさん自身が持っていることに気付いてくれるな」と何度も天に祈る。果たして天は僕に味方した。 作戦成功。 食事を終えた一同は当たり前に何故かカラオケに。 個人的にはカラオケはあんまり好まなかったりする。何故って、音痴だからだ。音痴な歌を歌うのはかなり恥ずかしい。みんなは「気にしない」と言ってくれるが、その優しさが逆に痛い。 違う、違うのだよ。恥ずかしいのは人に下手な歌を聴かれることではないのだ。 人前で下手な歌を歌う自分が恥ずかしいのだ。 ……ん。微妙な違いを分かってくれるだろうか? つまりは誇り、プライドなのだよ。格好悪いと思ってしまうのだよ、自分が。それが哀しいのだよ。嫌なのだよ。 情けないのだよ。 なら歌うなって声が聞こえてきそうだが、カラオケは歌う場所。意地になって歌わないでいると場が盛り下がってしまう。それに、なんだかんだ言って歌を歌うのは気持ちいいのだ。 むぅ、アンビヴァレンツ。 結局は場に流されているだけという事だろうか? まあ気にしない。 そんな話よりも、シホさんである。とんでもない人である。まさかこんな能力を持っているとは思わなかった。 歌が滅茶苦茶うまい。 洒落にならない実力だ。本気になればプロでも通用するかもしれない。というかシホさんがCD出したら僕は買う。間違いなく買う。 他のメンバーだって負けちゃいない。ばーやんさんは渋く、さゆさんは色っぽく。メリム嬢は可愛らしく、僕は情けなく。……最後の一人はもう無視しちゃいましょう。 いくらか歌った後、シホさんとそのご友人はお帰りになってしまった。なにやら用事があるそうな。歌が聴けなくなるのは残念だが、用事があるのでは仕方ない。また今度期待していますね、と言ってお別れする。 さて、残った四人の顔ぶれを確認して欲しい。ばーやんさん、さゆさん、メリム嬢、そして僕である。 これでアニソン歌わず何を歌うか。 何も歌わねぇよ、とばかりにアニソン連発である。まあ、僕だけは最初からアニソンばかり歌っていたのだが(笑) と、そんな時である。 さゆさんとメリム嬢が『ラムのラブソング』を歌ったのは。 あんまりそわそわしないで あなたはいつでもキョロキョロ よそ見をするのはやめてよ わたしが誰よりいちばんっ 好きよ(好きよ) 好きよ(うっふん) ………… …………………… メインをさゆさん、コーラスをメリム嬢が歌っていたのだが。 何と言うべきか。 どう表現するべきか。 ええい、言ってしまおう。 すみません、微妙に変な気分になってしまいました。 おそらく男性の方が同じように二人の歌声を聞けば、僕に同意してくれるだろう。 なにせばーやんさんも共犯なのだから。 男二人して妙な気分になっていたのである。おそるべしはその声と言うべきだろうか。 あらかた歌った僕たちは、戯れにイントロクイズのようなゲームを始めた。 確か名前は『パネルでPON』だっただろうか。実にセンスのいい安直なネーミングセンスである。僕は非常に感心した。誰だって思いつくって。 ここでもやはりアダルトチームとヤングチームに別れて競い合う。が、結果はメリム嬢の一人勝ちのような物だった。ヤングチームの勝利ではあったが、僕は少しも役に立たなかったのだから。 カラオケボックスを出る頃には、午後七時を超えていただろうか。明るい内に入ったのに、外に出てみると真っ暗だった。 言うまでもないがここの会計でもさゆさんの動きを封じた。財布からお金を取りだし、レジにいるばーやんさんに渡そうとしたところを間に入って阻む。なんとかしてばーやんさんにお金を届けようとするさゆさんに、僕はこう言った。 「うちの先生は賄賂は受け取りません! お引きとりくださいな」 と。ばーやんさんを政治家の先生に見立てた洒落である。 もちろん爆笑された。そんでもって、うやむやの内にさゆさんが出そうとしたお金は再び財布の中へ。 作戦大成功。 夜の街を歩いて青森へ行く途中、 「あ、お土産」 「あ、そうだ。忘れてた」 僕とばーやんさんは、それぞれの地元に持って帰る土産を買うのを忘れていたことに気付いた。今からじゃ土産屋も開いていないだろうか。というか土産屋はどこにある? と、悩む僕たちの前に一軒のコンビニがあった。 なんと、土産物まで売っているではないか。コンビニもここまで来たか。偉い偉い。早速入って安くて量の多い土産を購入する。 りんごもち。それが僕たちの購入した土産だ。三箱千円という実にリーズナブルな土産である。 よし、これで三人分イケる。僕たちがそう思ったのは地元の人たちには内緒である。だって貧乏なんだから仕方がない。許して欲しい。 野辺地へ帰る電車の中で、暇なので「あっち向いてほいっ」なんてしてみる。最初はメリム嬢とやっていたが、続いてさゆさんと、そしてばーやんさんともやった。 全部負けた。 いいのいいの! ジャンケンで運を使うなんてもったいないから!(既に運が尽きているという説があるがそれは断固無視) さゆさんの家に戻ると、夕食とお酒を戴く。だが、さゆさんとばーやんさんは食事を辞退されていた。よほど疲れているらしい。なんか一人でばくばくご飯を食べている自分が格好悪く思えるが、それはメリム嬢も同じだ。仲間がいるから怖くない(まて) 途中、ばーやんさんが電話で抜けられてしまったが、例の小部屋でおしゃべりをする。いくらか話した後、僕とばーやんさんにとって待望のイベントが起こる。 さゆさんのマシンでネットをさせて貰えるのである。 家を出て、一体何日キーボードを叩いていなかっただろうか。実に久しぶりである。僕たちはこの時のために持ってきたFDを取り出した。中には「お気に入り」のデータが入っている。それさえ使えばいつも通りのネットサーフィンが出来るのである。 はずなのである。 なのに、できなかった。 何故かって? 持ってきた「お気に入り」のデータが壊れていたのである(涙) おかげであんなサイトやこんなサイトへ行くことが出来なかった。ああ、アレさえあればアクアやTODの継続もなんとかなったというのに…… だが落ち込んだのも束の間、自分のHPのリンクを使って──おお!? さゆさんの「お気に入り」から自分のHPを探そうとして仰天した。 な、なんだ、この大量のブックマークは!? フォルダなんていくつある!? ひぃ、ふぅ、みぃ……か、数えきれん! 僕の「セヴァリアースを探そう」と意志は一気に萎えた。探す気になれない。と、 「あ、仙戯さんのHPいくならうちのリンクを」 さゆさんが助言してくれる。 そんじゃま、久しぶりのネットサーフィンを、と。カコカコカコカコカコカコカコカコカコカコカコカコカコカコカコカコカコカコ── いきなり背後で驚きの声。 「……え? え、ええっ!?」 んん? 何だろう、何か起こっただろか? そう思って振り向くと、さゆさんが画面を見て驚きの表情を浮かべていた。その隣でばーやんさんが苦笑されている。 「そうそう、仙戯さんの家でも見たけど──すごいでしょ?」 ばーやんさんがさゆさんに聞く。さゆさんは何も言わずにうんうんと頷いた。 WHAT? 聞いてみると、SHIFTキーを押しながらリンクをクリックし、一気に十五個以上の窓を開いたことに驚かれたそうな。 「なんて凄いことを……不正処理で落ちたりしません?」 「ああ、たまにあってムンクになります」 とか喋りつつ、僕の指は忙しなく動く。こうやって一気に大量の窓を開く利点は、他のページを読み込んでいる間に他のページを読めて、時間を短縮できるところにある。僕は毎度リンク先を全て訪問して回るから(とはいっても流石に更新されていない場合は即刻窓を閉じるが)、こうでもしないと時間がいくつあっても足りないのだ。さゆさんとばーやんさんは二つか三つの窓でマイルドにネットサーフするそうだが、僕にはもうそれだけでは物足りないのである。なんといってもISDNではないのだ。56キロモデムなのである。タスクバーが二行以上になったことだってある。タスクバーの右の方にスクロールバーが出るのだ。あれを初めてみたときは我ながらバカだと思った物だ(阿呆) ネットを終えた後は、机の上にあった(というか机の上、本棚になってませんでした? 机として機能していなかったような気が……)『バキ』を発見。流石はさゆさんとすずかさん、最新巻まで揃えてらっしゃる。 遠慮無く読ませていただいた。やはりバキはおもしろいの一言に尽きる。続きが楽しみだ。 特にやることがなくなってしまい、んじゃそろそろ……という感じで僕たちは眠りについた。何だかよく分からないが僕以外の人たちはみんなフラフラしていた気がする。かなりお疲れだったようだ。 まあ、僕も泥のように眠ったわけだが。 |
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八月二十四日 帰り道はある意味お気楽極楽、腹一杯の巻 |
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体を揺すられ、目を覚ます。時刻は既に朝だった。 いや、だから一秒しか寝てないって。 そう思いながら寝ぼけた頭を持ち上げる。欠伸を一つしてから、洗面台を借りて身なりを整えた。 服を着替え、荷物をまとめる。 頭が徐々に冴えていき、体を覆う空気が張りつめていくのが分かる。 そう、今日は青森を発つ日なのである。これから再び電車を乗り継いで僕は大阪、ばーやんさんは広島へ帰るのだ。とは言っても今日中に帰られる分けがない。本日の目標地点は東京。そこに済んでいるばーやんさんの親戚の家である。 支度を終え、さゆさんの部屋に挨拶へ向かう。どうやら駅まで見送ってくれるらしい。 朝靄煙る外に出て野辺地駅に到着すると、僕たちは写真を撮り始めた。まだフィルムが余っていたのである。道行く人に頼んで集合写真を撮ったり、青森に来た証として『青森けいりん』という看板の下に立って撮ったり。ちなみにポーズは『う〜ん、マンダム』。もっとましな証拠はないのか、と思ったのは家に帰って写真を受け取ったときだ。 フィルムを使いきり、ついに別れの時が来た。 「「お疲れさまでしたー」」 「「「いえいえ、そちらこそ。帰り道、がんばってくださいね」」」 分かるとは思うが前者が僕とばーやんさん、後者が女性陣である。 ええ、がんばりますとも。 ここで堅い握手や熱い抱擁でも交わしておけばいいものを、寝ぼけた頭では思いつかなかった。今思い出しても口惜しい。結局、口々に別れを言ってそのまま僕たちは駅の改札を抜けてしまった。 「さあ、残り半分」 「地獄の二丁目って感じですか」 茶化した僕の言葉に、ばーやんさんは答えた。 「違うよ。奈落の底かな」 ──勘弁してくださいよぉ(涙声) さて、肝心の帰り道ではあるが。 実を言うと、全然覚えていなかったりする。 海を見たのは覚えている。行きの時にも見た日本海である。 ああ海か、そうかいそうかい、良いねぇ海、どうせ泳げないんだけどさ、ん、そんじゃおやすみ。 ってな感じで通り過ぎたのではあるが、今回も同じだった。 ふと気付けば東京である。 もちろん夜だ。 道中を殆ど覚えていないと言うことは、殆どめぼしいことは無かったのだろう、きっと。 懐がかなり寂しくなっているのが気になるが。 本日(と言ってももう夜だが)の予定では、上野駅でオフがある。僕は知らないのだが、ばーやんさんの知り合いの方で、HNをR48さんと言う。ばーやんさんが所属するエヴァ系サークルの人だそうな。 なんであれ人生において、多くの人と話すというのはプラスになりこそすれ、マイナスにはならない。どんな人だろう、と期待を抱きながら僕はばーやんさんの後をついていった。 そうして出会ったR48さんは、色々な意味ですごい人だった。 顔立ちは、穏やか。眼鏡をかけていて、実に優しそうな相貌。だが、その下の体は並ではなかった。身長こそ僕たちより少し低いが、その体つきは一言で言って、逞しい。かといって暴力的なわけではなく、とてもいい人だ。 縁の下の力持ち、という言葉がとても似合いそうではある。フォーチュンクエストのノルみたい、とも表現できるだろう。わかる人にしかわからないと思うが。 上野駅付近の喫茶店に入り、R48さんにお茶を御馳走になる。ありがたやありがたや。「他にも、ご飯とか好きな物を頼んで良いよ」と言われたが、流石に食べ物までは遠慮した。初対面の人だからというわけではないが、そこまで世話になるのは気が引けたのだ。本音を言えば世話になりたかったが、そこはそこ、19歳の矜持である。 ノートパソコンを取り出していただき、お二人のサークルで作成したCD−ROMの内容を吟味する。中にはばーやんさんの作品もあった。 と、僕はここでふと店内に走らせた。そして気付いた。 ウェイトレス二人がこちらを見て談笑している。否、談笑しているという表現は優しすぎる。 ウェイトレス二人が、僕たちを見て、笑っていた。 瞬間、死ぬほど頭にきた。脳味噌が沸騰して理性が蒸発した。 こんな所でノートパソコンを開いているせいだろうか。それとも僕たち三人の取り合わせがそんなにおかしかったのか。理由は分からないが、あれはどう見ても嘲笑だった。 大声で「店主を出せ」と叫んでやろうと思った。僕だけが笑われているならともかく、ばーやんさんとR48さんまで笑われているとなったら許せない。 立ち上がろうとして、やめた。そんな事したら二人に余計な迷惑をかけることになる。それは避けたい。 鼻息を荒く吐き、僕は腕を組んで目を細めた。 ウェイトレス二人を、睨む。 睨み付ける。 自分で言うのも何だが、僕でも睨みを利かせればそれなりに怖い。生まれつき鋭い目をさらにギラつかせるのだ。そちら系統に免疫のない人間にはそれなりの効果があるだろう。 ややあって、ウェイトレスの一人が僕の視線に気付いた。 すると、慌てて「あ、あたし掃除しなきゃ」って感じで箒を取り出して掃除を始めた。 もう一方も僕に気付いたらしく、慌てて「あ、あたし厨房いかないと」って感じで奥に引っ込んでいった。 いい気味である。掃除を始めたウェイトレスが近くに来たので、優しい声で、 「すみません、水もらえます?」 と言った。ウェイトレスの慌てようったらなかった。そう、僕は嫌な男だった(最低)。あまりにアレなのでばーやんさんとR48さんにはこの事は黙っておいた。わざわざ二人に不愉快な思いをさせることはないと思ったからである。 R48さんと別れる直前、名刺をいただいて、ばーやんさんと一緒に仰天する。あまり大声ではいえない、すごい職の方だったのだ。念のため、R48さんの名誉のためにも言っておくが、マルボウの人ではない。すごいと言うよりも『偉い』、どちらかというとかなり頭のいい職の方である。発明博士でなければ科学者でもないが。コレほどの肉体を持ちながら、逆にインテリジェントな職である。 ちなみに今も名刺は僕の財布の中に入っている。どうでも良い話だが。 ばーやんさんに連れられて、今夜の宿泊地へ。噂だけは、聞いていた。詳しい事はばーやんさんのオフレポ参照だが、なにやらばーやんさんの叔父さんという人物がすごいらしい。何が凄いかというと、喰わせられるのだそうだ。 『あ、こりゃ一杯食わされたわ』 という意味では、ない。 比喩でもなんでもなく、食料をとことん喰わせてくれるのだそうだ。通常、最低限のマナーを知る者ならば分かると思うが、御馳走させてもらう食事を残すのは失礼に値する。だから普通は全部食べる。否、全部食べなければいけない。 そこにドンとくる膨大な量の食料。 ──あなたならどうする? 旅に出る前から、僕たちはそれを食べる覚悟を決めていた。あとはもう食べるだけである。 深夜。駅に到着した僕たちは、ばーやんさんの叔父さんに車で迎えに来てもらう。お礼を言いながらかさばる荷物と共に乗り込むと、叔父さんに「来るのが遅い」と怒られてしまった。ごめんなさい。 叔父さんは、僕が受け取った印象としては『無口だが根は優しい人』という感じである。一見怖くて話しかけづらく、実際に話しかけてもつっけんどんな返事が返ってくる。だが、その中には温情がたっぷり詰まっている。そして、その伴侶である叔母さんは、その温情の出力装置と言うかなんというか、実に優しい人なのだ。最初からすごく優しく、叔父さんが「こうしとけ」ということもしてくれる。「こうしとけ」の内容はおじさんの意志であり、それを体現する叔母さんの腕。 僕たちの眼前にドンと料理が置かれた。(滝汗) まあ、しかし、朝からほとんど何も口にしていなかった僕たちである。なんとか全て平らげた。なかなかきわどい所である。気を抜けばミソが出てしまいそうだ。 と、その時。ばーやんさんの従兄弟の方が現れ、 「これでも飲みなよ」 とビールを差し出してくれた。僕はそれを喜んで受け取った。酒だ酒だ、一日ぶりの酒だー★ ──プルタブを開けてから死ぬほど後悔した。 どこに入れる? そんな自問自答。 『どこに入れるってあなた、もちろん胃しかないでしょう』 その通りだよ、僕の頭脳くん。 ──その飲酒は闘いとも言えた。僕は原則的に炭酸系の飲み物を飲むとゲップする。コーラやソーダ、もちろんビールも例外ではない。どれもこれも名前を間に間延びが入るが気にしない。きっと神様の法律で決まっているのだ。そうに決まっているのだ。今決めた。 一口含んで飲み干すと、ゲップが出そうになる。だが、 「……!?」 僕は慌ててゲップを押さえ込んだ。 ……やばい。このままゲップしたら、ミソも出る。 このゲップは危険だ。煌めく黄金の液体を散りばめ、僕は20世紀最後で最大の醜態を曝すことになる。無重力環境であればそのまま呼吸困難で死ぬ。ゲロで溺れ死ぬ。 そんなの最悪だ。ゲロで死ぬなんてそんな、笑い死ぬより間抜けじゃないか。 僕は体勢を微妙に変えた。背筋を伸ばし、胃と食堂を一本に繋ぐ。そして、 ゲップ。 ──うまくいった。ミソは出ない。たまった空気だけが吐き出される。 が、しかし。悪夢はまだ終わらない。缶の中のビールはまだまだある。缶の中にあるのはゲップ予備群だ。この黄金色の液体が、一度胃を通って、それはすさまじい匂いを持った黄金液に変わる可能性はまだ大きい。 僕は一口飲んでは背筋を伸ばして、ゲップ。これを何度も繰り返した。 こんな僕を、間抜けと笑いたければ笑ってください。弁解できません。 でも笑ったら怒りますからね。覚えておいてください。(どっちなんだお前は) 食事を終えた僕は、叔母さんからお風呂を勧められた。着替えがないので断ろうとしたが、なんと用意してるらしい。なにやら、従兄弟さんのために買ったのだが、全然着ないらしい。せっかくだから使いなさい、と。 僕はご好意に甘えることにした。ばーやんさんは風呂には入らないことに決めていたようで、すぐに寝床に入ってしまわれた。そして僕が風呂から帰ってきた頃には布団の上で熟睡されていたのだった。 濡れた髪のまま、僕も布団に横になる。 青森と比べればすこし暑いが、それでも東京の気候はすごしやすかった。部屋の隅で回っている扇風機の風が、実に心地よい。 僕は目を閉じ、涼しい風に意識を流した。 |
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八月二十五日 日本の魔都を見た、その名は秋葉原の巻 |
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明るい陽射しに全身に浴びて、僕は目覚めた。 爽やかに。 否。 だるそうに。 ってか暑い。 この季節の明るい陽射しを全身に浴びて爽やかな気分になる人間はまず存在しないだろう。 起きあがると、ばーやんさんに指差して笑われた。濡れた髪のまま眠ったせいで、寝癖が爆発していたのだ。うひゃあ。こりゃ恥ずかしいわと洗面台で寝癖を直そうとする。が、洗面台は小さく、頭を突っ込んで濡らす事が出来ない。仕方なく掌を濡らして、ぺたぺたと髪に水を塗りたくってねぐせを直した。 服を着替えて、予想通り大量な朝食をいただく。その後、やはり疲れが溜まっていたのか、ソファでうたた寝してしまった。まあ、十二時まで留守番する予定だったので、別に問題はなかったのだが。結局、出発直前まで僕はぐっすりと眠っていた。 叔父さん達が帰ってくると、僕たちは早速出発することにした。叔母さんに挨拶して、叔父さんに車で駅まで送っていただく。 これから向かうのは秋葉原だ。あの電脳の街と呼ばれる場所である。大阪の日本橋・でんでんタウンには何度も行ったことがある。人はよく言う。東の秋葉原、西の日本橋と。だが、この二つが実は比べものにならないことを、僕は今日知るになるのだ。 途中、渋谷に立ち寄ったときに僕はばーやんさんとこんな事を話した。 「渋谷って言ったらハチ公ですよね」 「うん、見に行こう」 というわけで見に行く僕たち。始めて見たハチ公像は意外と小さかった。 これが、あの有名なハチ公。死んだ主人の帰りをずっと待っていて、死んでしまった犬。あまりにもあまりにも可哀想な犬。 そんな犬でも壁一面に躍っていた日には感傷なんて吹っ飛んでしまうということを、僕は知った。(なんであんなにハチ公描いているのやら。価値が薄くなってしまうではないか) ついでに近くのオーロラビジョンを見上げ、 「うわ、意外と小さいですねー」 「テレビだとそれなりに大きく見えるのにね」 「あれじゃ目立たないですよ」 「うむ。なんで有名なんだろうね?」 「謎ですねぇ」 「謎だねぇ」 と謎な会話を交わして、今度こそ秋葉原へ。 まず人の多さに驚く。かさばる荷物をどこかに置こうとコインロッカー探し回るのだが、どこのロッカーも満杯なのだ。しかたなく広い秋葉原をさまよう僕たち。 「ロッカーなかったらどうします?」 僕が絶望的なことを口にするとばーやんさんは、 「もうコンビニかどこかで家に送っちゃおうか。どうせもう帰るだけだし、荷物いらないし」 「でも、余計なお金かかりません?」 「そこが問題だよ仙戯さん」 結局僕たちは駅の反対側まで歩いて、地下の空いているロッカーを発見した。これぞ天の恵み、とばかりにそそくさと荷物を詰め込む。 身軽になって、早速秋葉原の街並みに躍り出る男二人。 そして速攻店内で涎を垂らす男二人。 もう安いのなんの。どれもコレも喉の奥からマジックハンドをもった手が出てきそうになる。垂涎しながら秋葉原の街を歩き回り、携帯電話、SFCのソフト、HDD、メモリ、その他様々なものを見物する。 秋葉原は広かった。大阪のでんでんタウンなんて目ではない。でんでんタウンなんて所詮一つの通りである。日本橋だって、でんでんと比べて少し範囲が広いぐらいだ。裏の店が多いが、そう広くはないのである。それに比べて秋葉原の広さと言ったら。街丸ごと電家街なのである。どこまで行こうと電家製品店。日本橋が二つか三つは入るだろう。比べものにならない。秋葉原こそ日本一の電脳タウンだ。 しかし暑い。文面では涼しそうだが、じつは気温はかなり高く、二人ともそれなりに汗を掻いていたりする。人が多いのでなおさらだ。今度は春あたりにきたいものである。 しばらくして、これまたばーやんさんのサークルメンバーであるサイトウミツキさんという方と合流する。細身だが、どこか経験豊富そうなお兄さんである。そのサイトウさんに連れられて、かつてバイトされていたという店に連れていってもらう。 その店の名は『虎の穴』。 ここでタイガーマスクを想像した人はまだ甘い。そう、ここは同人誌の販売店なのだ。有名無名、幾千幾万の同人誌が秘められている。 見て回っていると、流石にみんな絵がうまい。どれもこれもプロになれるのではないかと思う。まあ、絵がうまいだけではプロはやってけないが。 ノーマルから十八禁まで軽く目を通し終わってばーやんさん達と合流すると、ばーやんさんは一冊の本を購入されていた。150円の本らしい。この店のものにしては珍しく安い。きっと、全般的にトーンを使ってないからこの値段なのだろう。僕も読ませてもらったが、その値段に納得がいった。というかこれにしか納得がいかなかった、と言っていい。他の同人誌は全て、薄っぺらいくせに千円以上するのだ。いくら上手くてトーンを有効に多用していても、洒落にならない。買えたものではなかった。 ちなみにばーやんさんの購入された本のタイトルは『ちょーていのやぼう』。おもわず溶けてしまうぐらい可愛い詠美ちゃんの出てくる一冊である。僕もおもわず萌えてしまった(爆) トーンを使わず、しかもクォリティの高い絵がよい。内容も良い。今度秋葉原に行ったら是非買おうと思っている。 三階の同人誌フロアから階段を一つ下りて、二階のフロアに入る。そこは、立体物──つまりフィギュアのコーナーだった。 舌を巻いたのは、宇宙刑事(?)のコスプレ衣装。そしてそれ以上に仰天したのが、アニメキャラの1/1スケールのフィギュアである。こんな物を創ってなにするんだ? と考えたが、その思考は即座に停止した。どうせ決まり切っている。こういう物が健全な目的に使われるはずがない(偏見)。何するのかって言えば、きっとナニするのだろう。わけがわからない文だが気にしないで欲しい。だがまあ、良くできているとは思った。触れてみると、ふにっと柔らかい。シリコンか特殊ゴムか。量産して通信販売しているという事は、鋳型を創るだけでも大層な費用がかかったろうに。人間の持つ創作意欲のすごさをまじまじと見せつけられた気分だった。 虎の穴を出て、再び秋葉原の街を彷徨く。しばらくして、ばーやんさんが先日お会いしたR48さんと連絡を取り、再び相見えることとなった。 駅の裏口あたりにて、三人で携帯電話のパンフレットを読みながらR48さんを待つ。すると、夕陽の向こうから見覚えのあるシルエットが。あの逞しい上半身。まさしくR48さんである。 十数時間ぶりの再開の挨拶を交わして、僕たち四人は喫茶店を探し始めた。オフ会では、落ち着いて話す事が重要である。そしてそのための場所と言えば、喫茶店なのだ。お茶さえ頼めば、ちゃんと場所を貸してくれるのだから。その分飲み物代が異様に高いが。 深いソファに腰を下ろすと、疲れがどっと吹き出すようだ。各々注文を済ませ、色々な話を──聞く。そう、僕は疲れていたためか殆ど口を動かさず、三人の会話をただただ聞いていた。しかし、これがまたおもしろい。三人とも経験豊富な方々ばかりだ。その内容は実に濃い。とても参考になった。特にサイトウさんの話が凄かったが、ここではオフレコである。ご了承いただきたい。 再びお茶を御馳走になり(ありがとうございます)、僕たちはお二人に別れを告げ、ついに帰り道の大詰めへと向かった。 品川駅から発車する夜行列車。ばーやんさん曰く、「この旅最大の難関」。 午後11時55分発の電車に乗るために、午後六時ごろにホームにて待機する。何故こんなに早くから待機するのかは、ばーやんさんのオフレポ参照。ぼくは体験談を聞いてゾッとした。 まだ人気の少ないホームに腰と荷物を下ろす。少ないとはいえ、やはりいる人はいる。みんなこの夜行列車のつらさを知っているのだろうな、と漠然と思う。 電車が来るまで先が長い。本を取り出したり、ウォークマンを取り出したり、僕とばーやんさんは思い思いの方法で時間を潰す。途中、駅構内の本屋で立ち読みしたり、ふと思い立って藤巻さんやさゆさんに電話で挨拶したり。 関係ないが、ばーやんさんが本屋で買ってきた村上春樹氏著の「アンダーグラウンド」はすごかった。おおまかな内容を言えば、地下鉄サリン事件の被害者の方のインタビュー記録なのだが──とにかくすごい。僕もばーやんさんも読んでいて鳥肌が立った。色々な意味でいい本である。お薦めしたい。 さて、六時間も待機してようやく電車がやってきた。その頃にはホームも人で賑わっている。当然僕たちは一番扉の近くに陣取っていたので席の確保は確実だ。 というかこれで席が取れなかったら僕たちは暴れる気満々だった。例えば、誰かが横入りしたり、例えば誰かが僕たちを押しのけて席を取ったり。そんなことがあればきっと血の雨が降ったことだろう。 人に揉まれながらも、なんとか席を確保。荷物を上の台に乗せ、一息吐く。 僕たちが座ったのは二人が向かい合う形になる、四人掛けの席だ。二人とも向かい合って窓際に座る。僕の隣には旅行中らしき大学生っぽい男の人。ばーやんさんの隣にはこちらも家に帰るサラリーマンな雰囲気の人が座る。 一言で言って、狭い。僕とばーやんさんの膝と膝の間は、10センチ程度しか空いていない。油断すると膝蹴り合いになる。 しかも背もたれの角度が厳しい。ほぼ直角九十度だ。ほとんど壁である。それなのにその狭さから深く座るしかなく、必然と背筋は伸びる。 こんな苦しい姿勢で六時間以上がんばれというのである。 地獄が、始まろうとしていた。 |
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八月二十六日 ようやく家に帰り着いたその日は誕生日だったの巻 |
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なんかやけにうるさい。 がやがやと騒ぎ声が聞こえる方に顔を向けると、それはすぐ横。隣の四人掛けの椅子の連中である。何の集まりかは知らないが(大学生のサークルか何かかな?)、開いた窓を通して外の人間と大声で話している。 実にうるさい。 雰囲気からして、あそこだけ浮いている。他の乗車客はみんなこれからのことを考えているのか、ピリピリした空気を感じる。もし悪意の流れが目に見えるとするならば、それらはすべてあの場所に集中して流れていたことだろう。 人様の迷惑を考えないといけないな、と教訓を得て、後は無視する。どうせ少しすれば静かになるだろうし、実際にそうなる事となる。 電車が、ゆっくり動き出した。 まるで、奈落の底へ向かう地獄列車の如く。 発車してから一時間。車内は静かなものだった。椅子に座れた人も、座れずに廊下に腰を下ろした人も、殆ど口を開かない。 しん、としている。 微かに聞こえるのは、誰かがやってゲームボーイの音楽だろうか。こんな時に音量をしぼらないなんてお茶目な人だ。 隣の人も、右斜め前の人も、そして眼前のばーやんさんも眠っている。僕も最初は眠ろうとしたが、椅子の硬さで少しも眠れなかった。というか既にあまりの不自由に体が悲鳴を上げている。全身の筋肉がギチギチいっているのがわかった。 所在なさに、ウォークマンを取り出して耳に填める。こんな時のために二時間テープを十本以上持ってきたのだ。とはいえ、行きの行程で半分以上聞き終えていたりするのだが。 音楽を聴きながら、流れ去っていく夜景を眺める。すると、どんどん意識が薄れてゆき、意識が夢と現の間をさまようようになる。 そして気がつくと、デンジャラスな状況になっていた。 僕の膝。その数センチ先で、ばーやんさんの頭が上下していた。 ひっじょーにやばい! ばーやんさんは完璧に船を漕いでいる。しかも体を二つに折って。そしてその頭が、ゆらゆらと僕の膝のすぐそこで上下しているのだ。 少しでもずれれば、哀ればーやんさんの額は僕の膝と激突。 血飛沫が舞う。 否、それだけならまだいい。気が立っている中、こんなことが起きたらどうなるか。ばーやんさんだって人の子。激怒する可能性は捨てきれない。僕は肉塊に変えられてしまうかもしれない。 僕は必死に腰を引いた。今考えれば揺すって起こせば良かったのだが、何故かこの時はそんな簡単なことが思いつかなかった。結局、僕はばーやんさんが目を覚ますまで必死に背もたれに体を押し付けていた。 幸い最悪の事態は起こらず、しばらくしてばーやんさんは目を覚まされた。 二言三言会話を交わして(というかそれぐらいしか会話する元気がない)、微妙に体勢を変える。お互いにスペースを空け合って、そこに互いの脚を乗せるのだ。そうすることで二人とも曲げたままだった脚を伸ばせるようになる。 しかし、伸ばした脚も一時間もすれば曲げたくなってくる。僕は途中何度も脚を下ろしたり上げたりを繰り返した。 沼津駅に到着すると、ばーやんさんが二枚の十八切符を持って飛び出していく。十八切符の更新にいかれたのである。僕は留守番。誰かが席を取らないように目を光らせるのである。 帰ってきたばーやんさんは、まるでサガ2の父親の様に窓から戻ってきた。わけはない。窓から入ろうとはしていたが、諦めて普通に戻ってこられた。普通とは言っても、寝ている人が溢れる細い廊下を通ってだ。腰を下ろすときは、 「ふぅぅぅ……」 と深い溜息を吐いておられた。 僕も豊橋で停車したときにこの苦労を知る。長期停車するというので、用を足しに降りたのだ。 なんと言っても足の踏み場がない。中には床に新聞紙を広げて寝転がっている人もいる。僕はそんな人を乗り越えて、トイレに向かった。途中、ぐにゃりと嫌な感触があったが気にしなかった。きっと、まんじゅうだ。お茶目な誰かが廊下にまんじゅうを置いたまま忘れていたのだ。僕はそれを踏んでしまったのだ。きっとそうだ。そうに決まっている。嗚呼、ごめんなさい。まんじゅう踏んでごめんなさい。きっと食べられなくなってしまったことでしょう。でも許してください。まんじゅうなんですから。けして手や足を踏んでしまったわけじゃないのですから。 トイレから帰ってくると、電車は再び終点・大垣に向けて発車する。 「あとどれぐらいなんでしょうねぇ」 僕はばーやんさんに尋ねた。ばーやんさんは指折り数えながら、 「後は名古屋、大垣。で、米原」 聞いていて、ふと気付く。駅の名前が、全て聞き覚えのある物なのだ。特に最後の米原なんかは、あのいなり寿司を食べたところではないか。 感慨に耽る。そうか……もうここまで来ていたのか……。 窓の外に目を向けると、空が薄紫に染まっていた。もう少しで夜が明ける。 午前六時三十分頃、ついに夜行列車の終点・大垣に到着する。ホームに降りて冷ややかな空気を吸うと、体の奥からだるさにも似た疲れがどっと出てきた。見回すと、他の乗客も僕と同じようにぐったりとしている。ばーやんさんも同じようにぐったりしていてが、その顔にはまだ余裕があった。流石は歴戦の勇士。 少しの間をおいて、あの思い出の米原へ。もはや苦が苦でなくなってきた。電車に乗っている時間がやけに短く感じられる。 米原に着いたら早速、腹ごなしをすることにした。よくよく考えたら、秋葉原でお茶して以来まともな物を食べていない。時計を見てみるとすでに午前八時。そう、あれから半日以上経っている。 米原と言えばアレしかない。そう思ってキオスクに赴くと、あろうことかいなり寿司を置いていなかった。なんと、もう売り切れてしまったらしい。 あなた、八時ですよ、八時。朝の八時にもう売り切れてるってどういう了見なんですか? 仕入れ悪いんじゃない? そう思ったが、これには理由があった。仕掛けは簡単だ。要するに僕たちと同じ様な人間がたくさんいた──それだけの事である。きっと、数日前に僕が買ったように、他の人が買い漁って行ってしまったのだろう。大垣あたりに。 仕方なく売れ残っていたサンドイッチを手に取る。誰がこんなことをしたのか、サンドイッチには強く掴んだ跡があった。うぬぅ、おのれ。見えない敵よ、ここまでするというのか。とかなんとかいないはずの敵に殺意を燃やして、サンドイッチと飲み物を購入。ホームにて頬張る。行きの時はおいしいいなり寿司だったのに、今は潰れたサンドイッチだ。かなりわびしい。 もそもそと食べながら、僕たちはこんな会話を交わした。 「今日で旅も終わりなんですねぇ」 「そういえば、さゆさんはそろそろ雑記をアップしているだろうか?」 「してるんじゃないですか? 考えてみれば、別れてから二日経過していますし」 「ちょっと見てみようか」 PHSを取り出してさゆさんのHPにアクセスするばーやんさん。 「……ねぇ」 「はい?」 「雑記のURL、わかる?」 「わからないです」 「……ダメだ、見れない」 ふぅ、と溜息。 「気になりますねぇ」 「どんな事書かれてるんだろうね」 「さゆさんのことですから、おもしろおかしく書いてくれてますよ、きっと」 「そうだね、きっとそうだ」 (注:実はこの時点ではさゆさんの雑記は更新されていなかったりする) 「どこらへんピックアップされますかね?」 「それはアレでしょ。一番最初に騙したところじゃないかな」 「あ、『だっちゅーの!』もいいんじゃないんですか?」 「くぅぅぅ、思い出させないで仙戯さん」 (注:もう一度言うが、この時点ではさゆさんの雑記は更新されていないのである) 「気になりますねぇ」 「楽しみだねぇ」 「あ、僕、家についたらメールで送信しましょうか?」 「お、そうしてくれると嬉しいね。楽しみにしているよ」 「ええ、期待していてください」 (注:最後にもう一度、この時点ではさゆさんの雑記は更新されていないのだった……) 米原に新快速が到着する。 乗り込んで開口一番、 「おお」 と僕は感嘆の声を上げた。 二人掛けの席がずらりと並んでいる。それらは全て、背もたれもちゃんと適度に傾いていて、前方の席との間も十分に開いている。 特等席だ。 直感でそう思った。 考えてみれば、いつも学校から帰るときに乗っている車両なのだが、この時の僕にはそれが最高級の車両に思えた。間違いなく夜行列車のあの硬いシートのせいだろう。 荷物を置いて、腰を下ろして、 僕は一瞬にして眠りに落ちた。 まるで王様の椅子だった。なんという素晴らしい座り心地か。そのまま目的地の大阪に着く十五分ぐらい前まで僕は眠っていた。 思い出してみれば、僕はばーやんさんに起こされてばかりだった。いつどこで寝ても、体を揺すって起こしたり、目が覚めて一番最初に見る顔はばーやんさんなのである。あちらも同じかもしれないが。 よくよく考えてみるとこの一週間、トイレと風呂以外は一緒にいたのではないだろうか。それがどんな作用を及ぼしたかは、後に大阪で僕ら二人にあったペテン師さんがよく知っていることだろう。 大阪に着くまでの十数分、僕はばーやんさんとこの旅最後の会話を交わす。 「次に青森に行くときは絶対に飛行機にしましょうね。電車は二度とゴメンです」 「あははは」 何故笑うのですかばーやんさん(涙) 「いやぁ、とにもかくにも、今回は本当にお世話になりました」 「大変だったね、お互い。でも、良い経験だったでしょ?」 「そりゃもう。タイルの上で寝たのは初めてでしたし」 「一度こなしたらもう大丈夫。もう仙戯さんも一人で青森行けるんじゃない?」 「行けそうですけど、行きたくないですねー」 僕が苦笑すると、ばーやんさんも苦笑して、 「やっぱり?」 どっ、と笑う。 「それじゃ、お疲れさまでした!」 電車が大阪駅に到着し、最後に爽快に握手を交わして僕はばーやんさんと別れた。 午前九時半。僕は一人、荷物を持って電車を降りる。間もなくしてばーやんさんを乗せた電車はホームを出ていった。 そう、僕の旅はもうすぐ終わるが、ばーやんさんの旅はまだまだ終わらないのである。広島まで帰らないといけないのだから。 がんばってくださいね、と僕は心の底から祈りを捧げた。 そこからは非常に楽だった。いつもの通学路なのである。大阪駅からJR環状線で天王寺へ。この間約二十分。天王寺の地下を通って、阿倍野橋へ。この間約五分。そして阿倍野橋から滝谷不動駅まで約四十分。 今までの事を考えればへでもなかった。むしろ僕の感覚では一分だ。ばーやんさんと別れて、一分で家に着いた。 久しぶりの我が家に入ると、家の中には誰もいない。そりゃそうだ。両親は仕事、妹はアルバイト、弟は遊びに行っているのだろう。むしろ開放的で良い感じだ。 肩の荷と一緒に一週間持ち歩いていた荷物を下ろして、自分の部屋へ。することは決まっている。まずはパソコンの電源を入れるのだ。 速攻マッハでインターネットに繋ぐ。 そう、電車の中でばーやんさんと約束したアレである。 さゆさんのHPをチェック。 が、前述の通り、未だ更新はされていなかった。僕はその旨をメールに書いて、ばーやんさんのPHSに送った。最後に自分のページを見て、パソコンの電源を落とす。 頭上を仰ぎ、大きく息を吸って、吐いた。 家の、自分の部屋の匂いである。 なんか幸せだ。 と思った瞬間、くらっ、と来た。 そうそう、そういえば自分疲れているんだっけ。睡眠時間も足りてないし。 ふらふらとベッドに向かう。 どっと倒れ込んで、そのあまりに甘美な柔らかさに僕は仏様に感謝した。神様には感謝しない | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||